第二十六話 すり合わせ
一方のグラジャラク大陸は、戦いとは決して呼べない大虐殺の渦に呑まれている。
魔王が……それも上から数えたほうが早いレベルの強さを持つ三柱が肩を並べて進行する。ラルフ側の損害は皆無。この戦力の差にラルフ自身が驚くばかりだった。
アスロンはラルフと肩を並べて視線を下におろす。
「これは……当初予定していた魔力砲を撃たずに済みそうじゃのぅ」
「言っても飽くまで予想でしかないし、準備はしといてくれ。それと屋上にもホログラムは出せるかな?」
「うむ、出せるが?」
「何かミーシャが遅いんだよね。よかったらここに戻ってくるように伝えてほしいんだけど」
「承知した」
アスロンが目を瞑って集中している時に、イーファが何かに気づいた。
「ラルフ、あれを」
その声と視線の先を見たラルフは、そっと顔を覗かせるミーシャを発見した。
「あ、ミーシャだ。アスロンさんやっぱいいや。引き続き警戒を頼むね」
「うむ」
ラルフはミーシャの元へ駆け寄り、ミーシャはラルフの元へと浮遊しながら近寄る。
「よぉ、お疲れ。結構かかったな」
「うん……どんなものか遊んでたら逃しちゃった」
「やっぱりな。んなこったろうと思ったぜ」
戦争の真っ最中だというのにまるで緊張感がない。そこにイーファが近寄る。
「それで、如何しますかミーシャ様。下の方もあらかた片付きましたし、このまま一気に攻めれば城は陥落するでしょう。私としてはここで立ち止まるより、潰してしまうのが宜しいのではと愚考します」
「そうなんだけどね……イミーナとティアマトがいるのよ。部下は大したことなくても、あいつらは面倒かな。尤も、どっちも私の敵じゃないけど」
ミーシャはラルフに視線を向ける。
「ん?あっ、俺は行かねーぞ?怖いとかそんなんじゃ……いや、怖いってのもあるけど、俺が出るとイミーナの超巨大槍がまた来た時に対処出来ねーからな。そうだろう?」
一理ある。ラルフは要塞の防衛に回して、ミーシャを含めた魔王たちで行くのが良いだろう。現在まだ残っている魔族たちを一掃するのはブレイドたちに任せる。結局のところ、布陣は変わっていないが確認は大切である。
「じゃあ私は降りるけど、何か他には?」
「あるぞ、一つな」
ラルフは勿体ぶったように一拍置いて口を開く。
「気の済むままに思いっきりやって来い。ぜーんぶ終わらせて飯にしようや」
ミーシャの顔はパァッと輝いた。
「うん!」
*
「朱槍!」
バンッと大きな音で扉を開ける。ティアマトは遠慮なしにズカズカと玉座の間に入った。だだっ広い玉座の間には静寂だけがあり、ティアマトのよく通る声を響かせた。目だけで周りを観察した後、また名前を呼ぶ。
返事が返ってこない。今度は首も左右に振りながら視界を広げ、気配を探りつつ玉座に向かう。全く気配のないことから、今この城の全員が戦いに参戦しているようだ。国の存続を賭けた戦いだ。当然と言えば当然だが、そうなるとイミーナも戦場に出ているのだろうか?
いや、そういうわけでもなさそうだ。というのも玉座のすぐ側に小さいテーブルが設置され、その上には酒瓶とグラスに注がれた酒が鎮座していた。そして玉座の目の前にはホログラムが外の様子を映しているのが見て取れた。
「なんて奴なの……!自分はのんびり鑑賞ってわけ?!」
こうなってくると少し席を外したように見える。すれ違いを確信したティアマトは玉座まで歩くと、酒が注がれたグラスを手に持った。ふっと息を吹きかけるように小さな火を吹くと、グラス内の酒を燃やす。その火の点き具合を見てアルコール度数が強めであると分かった。
「……現実逃避?」
ミーシャから奪った国は半年と経たずに崩れ去る。自分が頂点となり、ようやく体制が整ってきた頃に起こった戦争。それもミーシャが復讐にくるという大惨事。暗殺が上手く行っていれば、逃してしまった後にもきちんとトドメをさせていられれば……様々な「もし」が鎌首をもたげてはミーシャの存在に叩き潰される。その裏事情を思えば彼女のこの行動にも一定の理解は出来る。
がしかし、起こしてしまったのはイミーナ本人。今更殺されたくないは筋が通らない。
ティアマトはグラスを握り潰す。パリンッピキピキッと甲高い音が手の中で鳴った。酒が手を伝ってこぼれ落ちる。苛立ちを物にぶつけて発散していると、入り口付近で物音がした。
「朱槍!!あんた今までどこに……!」
この忙しい中で呑気に戻ってくるのはイミーナだけだろう。そう思って怒鳴りつけたが、そこにいたのは鉄と彼を抱えて侍る部下たちだった。
「鉄?あんたも参戦してたの?」
「竜胆……そうか、貴様は知らなかったのだな?ならば仕方あるまい……」
エレノアの攻撃を受けた直後にティアマトに見捨てられたと内心思ったが、早とちりだったようだ。その問いに疑問符を浮かべる彼女の顔を見てフッと鼻で笑う。
「そんなことより、朱槍はどこ?あの女どこをほっつき歩いて……」
「……何だ?ここに居ないのか……となると奴は逃げたようだな」
「は?逃げるはずないでしょう?ここはあの女の国なのよ?」
ティアマトはホログラムに目を向ける。目減りしていく朱槍の部下たちを見ていると、不安だけがティアマトを支配した。
「そうよ……逃げるはずがないのよ……普通」




