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第二十五話 敗走

 ゼアルの剣はジニオンの体を切り裂いた。

 胴を抜き、足を斬り、斧を持つ手がズルリと離れた。一瞬の斬撃は、ジニオンを絶命に追い込む。パックリ開いた傷から血が溢れ、口からもゴボゴボと泡を立てながら血を吐き出す。


 ドシャア……


 自らの血の池に浸かるジニオンはもうピクリとも動かない。


「先ずは一人……そうだったな、ドゴール」


 ゼアルは亡きドゴールに話し掛ける。腕と言わず、脚と言わず、先に首か心臓を斬るべきだった。自分の実力を測るため、試しに腕を斬ったのがドゴールを死に至らしめたのだ。

 哀愁を帯びた目にガノンが詰め寄り、マントの襟首を捻り上げた。


「……手前ぇ……何で助けなかった?」


「助ける?貴様一体何を言っているのだ。まさかこいつを生け捕りにでもしようと思ったのか?」


「……違う、ドゴールのことだ。こんな野郎死んで当然だ」


「何を……?貴様もあの場にいたではないか。ドゴールを説得していれば私も消し炭となっていた。強いて言うなら技を使わせたのが不味かった。私が最初の一撃で仕留めていれば、こんなことには……」


「……言いたかねぇがそれもある。だが俺の言いてぇのはそこじゃねぇ」


 ガノンはぐっと目と鼻の先まで顔を近づけた。


「……手前ぇならあの場でもドゴールを抱え込んで逃げれたはずだぜ?クソ野郎をぶった斬った速度……どうやったかは知らねぇけど、手前ぇなら救えたはずだろ?」


 ゼアルの目が見開かれ、すぐに視線をそらした。思っても見なかった問い掛けに困惑し、ギュッと固く拳を握る。

 ガノンの言っていることには正しい。確かに今の実力ならドゴールを救う手立てはあった。最も簡単な方法が脇に抱え込んで共に逃げることだっただろう。しかしそれをしなかった。出来ないと思い込んでいたとか、あえて助けなかったとかそんなものではない。


(そんなこと……考えても見なかった……)


 戦死など戦場ではつきものだし、何よりも自分の命を優先した結果、ドゴールを置いて逃げることを選択した。団員が死地に飛び込み、戦死していくのを何度も見ている。今までも助けられる命とそれ以外の命は天秤にかけてきた。この場合は戦況を見誤ったドゴールにこそ責任があるが、自らの命という代償で十分過ぎるほど贖っただろう。

 しかし、こと今回に限っては話が違う。万能の力を手にしておきながら、ここぞと言う時に発揮できていないではないか。答えられずに黙ってしまったゼアルをガノンは面倒臭そうに突き放した。


「……強くなんのは一向に構わねぇ。けどよ、品性は捨てんな。手前ぇは俺たちの良心なんだからよ」


 ゼアルに言い聞かせながら大剣を手に取った。その瞬間、悪寒が走る。ガノンの背後にいつの間にか男が立っていた。


(……殺気)


 敵に真後ろを取られ、完全に無防備な背中を晒している。ガノンは腐っても白の騎士団。敵に背後を取られようと逆転出来る自身はある。

 だが相手は八大地獄。全員が同等以上の強さを誇るなら、二対一で勝てなかった化け物が死角にいるということ。

 逆転の目は限りなくゼロに近い。


 ギィンッ


 金属同士がぶつかり合うけたたましい音が背後で聞こえる。


(……なっ!?攻撃された?!)


 バッと振り返る。そこで見たのはゼアルがガノンの背後に立ち、刀を抜いたロングマンと対立している状況だった。

 ロングマンの攻撃をゼアルが防いだ。殺気は感じたが、動き出しの音などが一切聞こえなかった。ガノンだけなら……いや、誰と組んでいようが関係ない。この場はゼアルと一緒でなければ致命傷、もしくは死が待っていたことだろう。


「……礼は言わねぇ」


「不要だ」


 二人の関係性がよく分かる一幕だ。ロングマンはそんな二人を無視して、倒れるジニオンに目を向けた。


「ふむ、よもや我らの方から犠牲が出るとはな……」


「……ああ、こっちも仲間が死んだ。手前ぇ覚悟は出来てんだろうな……」


 相手の動きもろくに知覚できないというのに、やる気だけは満々と言ったところ。そんなガノンを無視してゼアルに語りかける。


「最期の挨拶をしたいのだが?」


「止めはしない」


 ゼアルは横にそれて道を開けた。ロングマンは悠々と歩き、二人の合間を縫ってジニオンだったものに辿り着いた。


「防御能力も、腕力でも我らの中で一番だった。それがこんな無様な姿に……」


 ロングマンとてショックは隠しきれない。長年連れ添った仲間を亡くしてしまったのだ、無理もないだろう。ロングマンは死体に両手を合わせ、ゆっくり目を閉じた。少しの間、黙祷をすませると、キョロキョロとその場で何かを探し始め、大焦熱地獄が転がっているのを見つけ出した。

 重そうな金属の塊も彼には軽いようで、無骨な大斧はスッと軽々持ち上がった。


「……その斧をどうするつもりだ?」


「ただ回収する。我らはここを離れる。言わば敗走だな。喜ぶが良い」


「……喜ぶ?何に対してだ?」


「我らが敗走するなど、歴史上初の行為。その栄光に浸るが良い」


「……偉そうに……。逃げられると思ってんのか!?」


 大剣を上段に構えて、頭から真っ二つにしてやろうという気概を感じる。ロングマン自身も心の中で少々ウズウズしていた。強者と戦えるのは武人の(ほまれ)。やり合いたいのは山々だが……。


「思っているとも」


 ロングマンの姿が忽然と消えた。転移魔法。脳裏に浮かんだのはまさしくそれ。


「……ちっ……卑怯な……」


 ガノンはしょんぼりしたようにその場でいじけ始める。

 ジニオンが倒れて間もなく、八大地獄の人間は即座に消えた。全員が示し合わせたかのように消えて無くなった。あまりに簡単に、あまりに軽薄に。今までの戦いが何だったのかと鼻で笑いたくなった。



「全員勢揃いだなぁ」


 藤堂の前に八大地獄の面々がトドットの転移で帰ってきた。全員の眉間にシワが寄る。やはり仲直りは期待薄だったと認めざるを得ない。


「言ったろ?俺なんぞに構ってる暇はねぇってな」


「黙れよ。裏切り者が」


「おいおい、お前もかテノス。誤解だってば、裏切りじゃなくてだな……」


「どうでも良いわよ。パルス。とっととやっちゃって」


 パルスはティファルの言葉に頷く。剣を翳し、軽々と真上に放り投げた。大剣は空中で停止。その異様さだけが際立つ。


「……何をしようっての?」


 パルスはバッと藤堂に指を差す。


「……閉じ込めて……阿鼻」


 ゴオォォンッ


 除夜の鐘が鳴るような荘厳な音がこの場に鳴り響く。何をされそうになっているのか、藤堂の背筋に冷たいものが流れた。そして、為す術もなく暗闇が藤堂を包んだ。


「ふっ、終わったな。流石は阿鼻と言ったところ……よし、撤収するぞ」


 ロングマンは踵を返して歩き去る。

 第一目標の完全沈黙を以って戦いは終結した。

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