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第二十四話 鬼と騎士

 受けた傷は数知れず、古傷の痛みは既に忘れ、掠り傷など意にも介さない。体が頑強であるということは、自分が外的要因で死ぬなどと夢にも思わない。

 だからこそどんな危険な場所にもその身を晒してきた。常人なら死んでいる攻撃や状況で生を実感し、その興奮に明け暮れた。

 勝利し続けることに何の疑問も持たなくなった時、人は緊張感を失う。余裕は「もしも」を殺し、過信は「まさか」を奪う。


 左腕の欠損。

 これはジニオンの慢心から来たと言っては過言である。


 ガノンとドゴール、二人の力自慢をして切り落とせない腕。それを一刀のもと断ち切ったゼアルこそが異常なのだ。


「あががっ……あ、ありえねぇ……お、俺の腕が……腕がぁ……っ!!」


 ズンッと膝を折って地面に伏す。歯ぎしりをし、口の端から泡を吹きながら痛みに耐える。


「……手前ぇ一体……」


 ガノンはジニオンとゼアルを交互に見ながら絶句する。信じられないものを見る目は、まるで死霊や怨霊を見たような目だった。


「勝機っ!!」


 ガノンの恐怖を無視してドゴールが前に出た。先ほどまでの如何しようも無かった戦いは完全にひっくり返った。左腕を庇って睨みつけるジニオンの姿は、断頭台に固定された囚人のようだ。

 ここから始まるのは戦いなどでは無い。蹲る相手に一方的な暴力を仕掛ける。私刑(リンチ)だ。


「……っざけんなぁ!!」


 ボワッ


 ジニオンの覇気は暴風を伴って周囲に振りまかれる。ドゴールは砂の混じった風に顔を隠す。「ぐぅっ!」と唸って腕の隙間から敵を見据えると、斧を振り上げ巨木のような二本の足で地面にしっかり立っていた。


「大焦熱っ!!全てを消し炭にしろ!!」


 無骨で巨大な斧が赤く光る。ジニオンはその健脚で飛び上がる。斧を上段に構えて着地と共に斧を振り下ろした。


業火炎天(ごうかえんてん)っ!!!」


 ガスッと地面に突き刺さった斧の周りがブワッと一瞬水蒸気に包まれる。三人はルカの人形と共に為す術もなく包まれた。


(あち)っ!……何だ?おい、何かヤベェぞっ!!退がれドゴール!!」


 ガノンは危険を察知してドゴールを呼び戻そうと試みる。しかし、彼は止まらない。


「先ず一人だガノン!!先ずはこいつを殺して奴を引っ張り出す!!」


 無二の親友(アウルヴァング)を殺した男、その名もロングマン。最初からジニオンなど放って置くかガノンに任せ、ロングマンという目標に向かってひた走っても良かったのだが、ドゴールとて馬鹿では無い。本当なら一対一が望ましいのだが、相手がとにかく強すぎる。真正面から戦えば自身の確実な死。まして一人で戦うなど論外だ。正気の沙汰では無い。

 ジニオンを滅ぼすことでロングマンを(おび)き出し、得意な地形と大人数で袋叩きを画策していた。図らずもゼアルのお陰で今にも倒せそうだ。ここでジニオンが倒れてくれないと、せっかくの策略が無駄に終わる。


「退がれっつってんだろ!!」


 ドゴールの元に行こうとするガノンをゼアルは肩を掴んで制止した。


「何だゴラァ!!」


「貴様まで行ってどうする?危険に気づいたのなら直感に従え。……逃げるぞ」


 言うが早いか、ゼアルはバックステップで霧の外を目指す。薄情な奴だと吐き捨てたその時、足元が急に覚束(おぼつか)なくなった。

 その原因は至極単純なもので、水蒸気に囲まれた区画はあまりの熱量に地面が溶け出したのだ。熱に加え、斧を振り下ろした際に超局地的な地震を起こし、液状化現象を誘発させた。地面が噴火前の山のような様相を呈している。本来ありえないことだ。

 命の危機を察したガノンもすぐさま逃げた。その背後でジニオンの技が発動する。


 水蒸気内に火花が散る。次の瞬間、水蒸気だったものは全て業火へと代わり、(うね)りを上げて天を衝く。芸術と見まごうほどに美しい火柱は、範囲内全てを燃やし尽くした。

 範囲内にいたドゴールとルカの人形たちは残念なことに影も残さず消滅した。さらに地面は溶岩のように溶け出し、侵入者を拒む。


「……ドゴール……つ!!」


 間一髪のところで火柱から離れることが出来たガノンは奥歯を噛み締め、悔しさに暮れる。

 相手は規格外の化け物。こうなることはむしろ必然ともいえよう。

 ジニオンの周りは溶岩で囲まれ、攻撃が来ないように計らいながら、欠損の痛みを何とか克服しようとしている。現に肩で懸命に息をしているのを周りは見ていた。

 ここまで追い詰められたこと、”大焦熱”の能力を使用など、どちらも稀も稀だ。強大な力故、戦闘を楽しむためには使用しないように心がけている。ドワーフ最強の男も、かの業火の前には形無しだったようだ。


「はぁ……はぁ……ぐっ……血を出しすぎたか……」


 ジニオンは相当苦しそうにしている。大焦熱の炎は所持者には効果がない。精々蒸し暑くなった程度。腕を取られたショックが大きすぎて、いつまでも切り口を眺めてしまう。


「範囲攻撃は厄介だな……」


 いつものゼアルはここで様子見をするのだが、今日は違った。


「しかし、ここで引いては黒曜騎士団団長の名折れ。私がこの手で葬ろう」


 神の力を使用するためだ。感情のこもらない顔に苛立ちを覚えたのか、痛みを超えて怒りがジニオンを支配する。


「まだ生きてやがったか……!?俺の炎に焼かれて消し炭になりゃ良かったのによぅ!!」


 斧を持ち出してまっすぐ溶岩の上を歩く。その様は正に地獄からやって来た鬼。

 ゼアルは腰を落として突きの構えを取る。カウンター狙いの自身最強の技。

 鬼と騎士。二人の決着が間近に迫る中、ジニオンに武器が飛んでくる。


 ブンブンッと空気を切り裂き、回転しながら迫ってくるのはガノン愛用の大剣。ジニオンの苛立ちはこの時、ピークを迎えた。


「あぁ!?オメーなんぞに用はねぇんだよ雑魚がっ!!」


 ギィンッ


 飛んできた大剣をいとも容易く弾く。空中に彷徨う大剣は所有者を失い、放物線を描いて落ちる。


 その瞬間、勝負は決した。気を取られたジニオンにやって来た"死"という名の刃。ゼアルの斬撃はジニオンに繰り出される。


 ザンッ


 斬撃はジニオンの急所を捉えた。 

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