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第二十三話 バランスブレイカー

「……どういうことだ?」


 ロングマンは敵の目の前だというのに視線を外し、キョロキョロと空を見た。その問に答える声はない。

 藤堂は諸手を上げてゆっくり左右に首を振る。


「俺への当てつけさ。異次元の扉を開いた俺には無間地獄こそ相応しいってな。ま、この何年かは退屈しなくて済んだがね……」


「なるほど、その鎖がお前を縛っているというわけか……」


 目を細めて鎖を観察する。パルスの放った斬撃が確かに藤堂ごと真っ二つにしたはずだったが、今は特にそんなことなど無かったように再生している。そんな分析を藤堂はご明察と言いたげにロングマンに指を差した。その動作に少し苛立ちを覚えたが、分が悪いと悟って刀を鞘に仕舞った。


「おや?珍しい。俺ぁてっきり巻き藁のように滅多斬りにされると思ったが?」


「無駄なことはせん」


「恨みはあるが、殺せんとなれば話は別ってか?面白い、新たな一面を見たって感じだ。この際、仲直りでもしないか?」


「それは無い」


「……そうか、そりゃ残念。パルスはどうだ?童話が好きだったろう?また聞かせてやっても……」


 ゴッ


 大剣がパルスの手から離れ、藤堂に向かって飛んでくる。藤堂の体を分断した後、パルスの元に自動で戻ってきた。まるで自由意志があるかのような動きだった。

 藤堂は勢いに押されて後ろに倒れるが、すぐに起き上がる。ただ押し倒されたかのような仕草にパルスもムッとした。


「おーい爺さん。あんたはどうだい?また酒でも飲んで……」


 トドットにも声をかけるが、一切の音を遮断しているかのようにピクリとも反応しない。


「かぁーっ……嫌われたもんだねぇ。この調子じゃ他の連中も期待は薄いなぁ……」


「裏切り者の末路よ」


「……俺は裏切ってねぇ、お前らとは相容れなかっただけだ。それを言うに事欠いて……」


「もう黙れ、不愉快だ。パルス、この男にあれを」


 パルスはこの言葉にコクリと頷いた。浮かぶ大剣をその手に収めると藤堂に切っ先を向ける。


「何をしたいのか分からんが、俺にばかり構ってて大丈夫か?」


 スッと振り返る。ロングマンたちはその視線の先に目を向けた。


「俺ぁよ、顔馴染みが死んじまうのは見ちゃいられねぇんだ。例え俺に悪感情を抱いててもな……だからって敵を助けるほどお人好しでもねぇ。昔のよしみだ、忠告だけはしとくぜ」


「何をほざく。相手も中々出来るようだが、我らを殺すまでは無理であろう。少しすればこの均衡は崩れ、我らの勝利が確定する」


 藤堂はチラッとロングマンを見る。


「そりゃ好きにしなよ。お前らにとっちゃただの裏切り者の言葉だ。信じるも信じないも勝手ってな」


「……パルス」


 パルスは目だけを動かす。ロングマンは特に彼女を見ることもなく鞘を握る。


「ここは任せたぞ」


「ロングマン。此奴の戯言を信じると言うのか?」


「そうでは無い。長引くのも面倒でな、ここで奴らに引導を渡す。トドットよ、お前も抜かりなくな」


 敵の言葉をまるっと信じるわけでは無いが、勝利を確実のものとするために自分が打って出ることにしたのだ。

 トドットに一抹の不安が過ぎる。藤堂はいけ好かないが、こういう時に嘘を言わない男だと思い出してしまったから。



「もう良い」


 ゼアルはジョーたちと少しの間、藤堂を探したが、どこにも見当たらないと見るや踵を返した。

 彼が藤堂の居場所に(こだわ)ったのは、気配の無さ故だ。能力を底上げされたはずの自分の索敵に引っ掛からないのは正直相当不味い。今後、敵に回られた時が怖い。

 とはいえ、そんなことはないと断じれるほど性格は良い。ルカとは違い、全てを(さら)け出せる気量を持っているからだ。

 杞憂だの取り越し苦労だのと言われる類の心配だが、慎重を期すのに越したことはないだろう。


「奴がこの場から逃げようと、既に敵地に居ようと関係ない。終わらせるだけだ」


 今度こそ魔剣を抜き払う。ゼアルは散歩に行くように気軽に歩き出す。次第に足早になるのは、気持ちを抑えられないからだ。

 無理もない。最早人類では並び立つものが居なくなった力を存分に振るえるのだ。


「いざっ……!」


 ガコッ


 踏み出した地面がゼアルの力で(えぐ)れる。それも地面が極小規模で隆起したような不思議な抉れ方だ。そしてゼアルの姿は消えた。


 その世界は不思議な世界だった。自分は走っている。風も感じるし、景色は一瞬で変わっていくのに、常に動き続けているルカの人形たちの動きがとても鈍い。

 脇をすり抜けてスルスルと余計な動きをすることもなく、ジニオンとドゴールとガノンの戦場に到着した。


 剣を横倒しにして突きの構えを取る。全てが鈍く感じる世界は速度超過(クイックアップ)のお陰だろうか?違う。ゼアルはスキルを発動させていない。

 神の力は自身の想像を遥かに超えていた。


(この状態でクイックアップが使えたら、どうなってしまうのだろう?)


 ゼアルは興味本位でスキルを発動させる。

 この力は危険すぎた。


 ボッ


 何もかもが止まって見える。元気よく戦っていた敵も、勇ましく戦っていた味方も、大軍勢の人形も、空中に舞う塵でさえ停止した。


(ん?この魔剣は術者の力によって能力が変わるのか?この空間で五感が研ぎ澄まされるのを感じる……)


 ゼアルは感心する。更に強化されたことに感激し、試し合いの場を作ってくれた全ての関係者たちに感謝を述べたい。

 翳した剣を真っ先にジニオンにぶつける。きっと簡単に刃物は通らない。相手は魔族ではないので、良くて切り傷、悪くすれば薄皮一枚。

 ゼアルの分析は正しい。彼が神から強化されていなかったとしたら、あまり大した働きは出来なかっただろう。


 ボッ


 ならば強化された今はどうだろう。全てが揃ったゼアルならどうなるだろう。


 ボトッ……


 それは即ち、ジニオンの硬い体をいとも容易く、まるでチーズかバターのように斬ってしまうということ。

 丸太のような巨大な左腕がゴロリと転がる。何が起こったか全く分からないジニオンは、左手の切り口をボケッと見ている。信じられないモノを見る目で、ただただジッと眺める。


「俺の……腕……?」


 やっと実感が湧いて来たのか、それとも血が噴き出した時か。ジニオンは完全に我に帰った。


「ぐがあぁぁぁっ……!!?」


 ブシュウゥゥゥッ


 噴水の如く噴き出す血液は、容赦なくジニオンの体から体温を奪う。力自慢の二人にすら無し得なかったことを、一人でやってのけた。

 ドゴールもガノンもゼアルの唐突な参戦に驚きを隠せず、さらにこの成果に度肝を抜かれて目を見開いた。


「……二人共、驚いている場合か?さぁ行こう。反撃開始だ」

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