第二十一話 腕力 対 腕力
力とは何か?
火力、水力、電力、風力……。元素になぞられた数多くの力がこの世には存在する。それを利用し、生活の基盤を固め、より豊かにしたのは人間の英知だと言えよう。
更に人間は世界の構成物質を精霊の恩恵を受けることで使用出来る。この力を俗に魔力と呼んだ。魔力は様々な力へと変換可能で、自然に抗うことも想いのままだった。
だがここに、もっと単純でおおよそ誰でも使用可能な力がぶつかる。
その力の名前は”腕力”。
「オラァッ!!」
ギィンッ
金属同士がぶつかるけたたましい音が辺り一面に木霊する。斧と大剣が轟々と嵐の様に音を立てて振るわれ、ぶつかっては自慢の武器が甲高い悲鳴を上げる。
ドゴールはドワーフ特有のずんぐりむっくりの体を十全に活かし、自作の頑丈な斧を叩き込む。
ガノンは長身な自分と同じくらい長い大剣を、まるで小枝でも扱うように振り回す。
ジニオンはそんな二人の攻撃を捌きつつ、無骨な斧を振り翳す。
二対一の戦い。三人の力自慢は互いに競い合うように一進一退の攻防を続ける。
「退がれガノン!俺の斧の錆になりたいか!!」
「……うるせぇっ!!手前ぇこそ邪魔だ!真っ二つになりたくなきゃ俺の前に出んじゃねぇぞ!!」
二人がジニオンの首を取り合って口喧嘩を始める。口論をしているというのに全く手は休めない。ガノンが剣を振るうとドゴールが横に避け、避けたと思えばその勢いを保って斧を振る。逆にドゴールが斧を振り下ろせばガノンが背後に回り、大剣の切っ先でジニオンの体を貫こうと突きを放つ。交互に前に出てはそれぞれの得意な型で斬撃を繰り出し、絶妙な共闘を見せる。
この攻防、実はお互いが傷つけないように気を使っているという訳ではなく「巻き込んでも恨みっこなし」と本気で振り下ろしてくるのを必死で回避しているに過ぎない。お陰で隙がない。
ジニオンからしてみれば、自身の持つ鋼の肉体に傷をつけられる強者に休む間も無く攻勢を仕掛けられるのは、さぞ肝が冷えることだろう。
「はっはぁ!!もっとだ!もっと仕掛けろ!!んなもんか?!ぬるいんだよ雑魚ども!!」
大喜びで迎えていた。
「ええいっ黙れ黙れ!!図に乗るなよ小僧!!」
ドゴールは無防備に懐に飛び込む。
ジニオンの懐。両者の身長差と力量差を見れば、まるで車とカエル。その重量に押し潰され、無様に無残に死ぬことは確約されたも同じ。
それはジニオンも思うところで、ドゴールは安い挑発に乗ってその身を危険に晒したのだと確信する。
「馬鹿がっ!!」
ドラゴンでも真っ二つにしそうなほどの勢いを持って斧が振り下ろされる。体重と腕力、そして重力まで上乗せされた斧は空気を割りながらドゴールに迫る。ドゴールはそこでさらに地面を蹴った。
(何っ!?さらに内側だと?!)
斧はドゴールの頭を叩き割る軌道を描いていた。しかし、小柄な体が功を奏し、振り下ろされるより早く懐に深く飛び込めた。
ガスッ
斧を振り下ろす腕に斧を振り上げ、勢いも相まって斧が筋肉に食い込む。血が刃を伝って滴り落ちるのを目の当たりにする。擦り傷程度だったジニオンの肉体に目に見えるダメージを与えるに至った。
(これでも少し刃が食い込む程度……化け物め!!)
完璧なタイミングのカウンターだった。腕を切り落とせると期待しての攻撃だったが、硬すぎて簡単には刃が通らない。それはそうだ。ガノンが最初に放った大振りの大剣を顔で受け、頬を少し切るくらいだ。これでもまだ刃が通った方なのだ。
ドゴールに気を取られていたジニオンに向かって、ガノンが大剣を振り上げて迫る。その殺気に気づいたジニオンは振り下ろした斧をかち上げ、ガノンの振り下ろした大剣に合わせて攻撃を弾く。ドゴールがぶら下がっていようが御構い無しだ。ジニオンの筋力はこの戦場……いや、世界全土を見渡して一、二を争うほどの強さ。例えドゴールの体重が300kgあっても難なく上がったことだろう。
ズンッ
ガノンを退けた後、腕に斧ごとぶら下がるドゴールに思いっきり前蹴りを食らわせる。
「ぐぉっ……!!?」
蹴られる瞬間、咄嗟に斧から手を離して腕で防御した。腕には鉄甲が嵌められ、ちょっとやそっとではダメージがないはずだが、ジニオンの蹴りは異常なまでの威力を有している。
ミキミキ……
鉄甲が拉げ、中で守られる予定だった腕が軋む。至近距離で大砲を受けたような壮大な吹っ飛び方にガノンは思わず受け止めた。
ズギャギャギャギャッ
思い切り足で踏ん張って威力を殺す。受け止め切ったガノンの腕の中に腕をブルブルと震わせるドゴールの姿があった。
「……折れたか?」
「ぐぅ……いや、罅だ」
手をぐっと握りしめて痛みに耐える。
「……回復薬はあんのか?」
「ああ……大丈夫だ。常備している」
「……へっ、ならさっさと下がって使え。手前ぇが居ねぇと話にならん」
ドゴールを降ろして前に出る。
「……すまん」
拉げて使い物にならなくなった鉄甲のベルトを外し、傷ついた腕を露出させる。回復薬を懐から取り出すために痛みに耐えながらゴソゴソと探す。
「……謝罪は受け付けねぇ。俺に感謝しな」
ガノンは背中越しにキザったらしいセリフを吐き、ドゴールの失笑を買った。
ジニオンは腕に刺さった斧を引き抜き、筋肉に力を入れて止血する。古傷だらけの体に新たに傷が増えただけで、さしたる問題もなさそうだ。ドゴールの斧を片手で弄ぶと、チラッとガノンに視線を送る。
「そらっ、忘れもんだぜ?」
ブンッ
振りかぶって投げた斧は、回転しながら凄まじい速度でガノンに向かって飛ぶ。
ガシッ
ガノンは持ち前の動体視力と身体能力で持ち手を掴む。バランスを崩しそうになったが、全ての筋肉を総動員して踏み止まった。
「あれを取るのか?やるねぇ。俺の戦ってきた中で確実に上位に食い込めるぜ」
「……手前ぇの順位付けなんざ知らねぇよ。それに俺が手前ぇを今ここで殺すんだ。つまりは手前ぇの中で最も強いのは俺になるって寸法だ」
ドゴールの斧を後ろに放り、ガノンは剣を正眼に構える。
「テメーが?それは面白い。俺を殺してみろよ。口だけなら何とでも言えるぜ?」
ジニオンも自身の斧をチラつかせる。ドゴールの回復を待つガノン。すぐにも叩き潰したいところだが、人類最強を自負する部隊に在籍しているにも関わらず、この怪物に勝てる映像が思い浮かぶことはない。
このままで勝てるのか?そう思える。ドゴールが復活すればまた仕切り直しの二対一。
そんな二人を見兼ねてか、ゼアルが立ち上がる。
「頃合いか……私も打って出る」
腰に提げた剣の柄を撫でながら前に出る。人類最強がとうとう動き出す。




