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第三話 動く

 アルパザより少し北に位置する高山「ヒラルドニューマウント」。そこの火口に鱗が剥がれた竜が休んでいた。竜の周りに剥がれた鱗が飛び散り、左前足の四本の指の内、右から二番目の指が無くなっている。右後ろ足の太股部分の肉が削れ体に幾つも切り傷が出来ている。六枚あった背中の羽は三枚千切られ、元気に飛んでいた時を忘れさせる。

 既に血は止まっているが、その痛々しさは酷いでは到底言い表せない。未だ取れぬダメージを寝る事で回復させていた。その竜の上から、光が射した。竜は光を眩しく感じ、目を覚ます。天を衝くこの高山は、雲すら抜けて聳えている。その為、曇る事はないが、まだ日の射す時間ではない。不思議な現象に目を眩ませていると声が聞こえる。


『派手にやられたな……痛みは引いたか?飛竜』


 その声は竜の海馬から記憶を呼び起こした。


(いや……まだだよ……まさかここまでやられるなんて夢にも思わなかったさ。君は何をしていた?)


 光に答えるように思いを綴る。その光は暖かく、竜の全身を(つつ)んだ。傷口にしみていく感覚があるが、痛くはない。むしろ痛みが引いていく。


『君たちの戦いを見ていた。まさか君を敗るとはね……恐れ入ったな……いずれ近いうちにまた再戦してみては?』


(……馬鹿言わないでくれ、二度とごめんだよ。彼女はこの世界の理を壊す存在だ。早急に手を打たなきゃ君だって危ないよ?)


『わかってないな飛竜。君はこの世界が誕生した時から何も変わらない。視野を広げなよ。きっと多くを見れるから』


 光は竜の体を完璧なまでに治した。剥がれた鱗は再生し、指と羽が生え、体中至る所にあった傷という傷が消え去り、痛みと気怠さも消えた。


(他の仲間にも伝えた方がいいよ。下手をすれば死んでしまうから……)


『それも運命さ。どうだろう?君も盛大に敗北したし、いっそ彼女の下に付いてみたらどうかな?』


(……君のからかい癖も生まれた時から変わらない。いいさ、勝手に言ってなよ……)


 竜は光の声に不貞腐れ、体を丸める。また寝ようとしている体勢だ。


『そうブーたれずに、少し話をしよう。久しぶりだし彼女との戦いでも聞かせてくれないか?』


(本気で言ってるなら趣味悪いぞ……傷を掘り返すなんて……)


 火口の中で竜は光と語らう。久しぶりの旧友との再会に、話が盛り上がり、竜は孤独と傷ついた心を会話で癒すのだった。――


「本当ですか?!」


 エルフの調査団、その指揮官であるハンターは自分のテントで通信を受けていた。


『巫女が観測した……間違いない。一刻も早く情報が欲しい』


「しかし……今のまま進んでいては、時間がかかります。とてもじゃないですが早急というわけには……」


 現状、十二人での移動のため遅々として進まずハンターとしても難色を示さざるを得ない。足の遅いグレースや遠出になれていないメンバーを差し引いても、経路の問題もあり、どうにもならないのだ。


『何もかも手遅れでは不味い。……限定解除せざるを得ないな』


「は?それはどういう……」



 緊急召集があった。休んでいたエルフのチームは眠い目を擦り、指揮官のテント前に集合した。


「こんな時間に申し訳ないですが、緊急事態ということで、容赦して下さい。陛下より通信があったのでお知らせします」


 一拍の間を置いて、耳目が集まるのを待つ。


「先程、”天樹の巫女”が、また新たな情報を観測しました。より早く、正確に情報を伝える為、少数精鋭での行動を余儀なくされます」


「えぇー」「なにそれー」など比較的若いエルフからはヤジが飛ぶ。老齢のエルフでさえ、突然の事に危機感が生まれ、内心穏やかでない。

 ざわざわしている中に一人だけ別の事を考えているエルフがいた。グレースだ。彼女はみんなの気持ちとは裏腹に歓喜していた。より速い移動を余儀なくされるという事は一番足が遅く、運動音痴な自分が選ばれる事はないからだ。その上、ハンターとは幼馴染。幼馴染である以上、ある程度の事は分かる。グレースはハンターにとっても現状の任務に不向きである事は参加前から理解していたし、推薦と言う事も在って良くしてきたのだろうがハッキリ言ってお荷物だったろう。


 ハンターと関わる以外であれば、みんなも優しいし帰るのなら行きより気持ち楽に帰れる。彼には悪いが、先に勤務から解放される気持ちでいた。


「グレース、君と僕の二人での移動になる」


 それを聞いた全女性陣の顔が青ざめる。老齢の研究者も疑問を持つ。


「何故、彼女なのですか?彼女はまだ若い。私達の中からでも良いのでは?」


「そうですよ!何もグレースさんでなくても!私とかどうですか?」

「そんなのズルい!それなら私だって!」


 チーム内が騒然とする。それらは全てグレースの代弁である。グレースはハンターの言った台詞がちゃんと頭に染みてなくて固まっている。バッという音と共にハンターは手をかざす。その行動に皆注目し口を閉じる。その手を口許に持っていと、人差し指を口に当て、静かにとジェスチャーする。その仕草に女性陣はうっとりする。珍しい行動を目の前で見たというレア体験に喜びを感じた為だ。ため息すら聴こえる程に。

 いちいち面倒な行動を取る幼馴染みに苛立ちを覚えるが、言及しない。出来ない。何故なら何よりもショックの方が大きいからだ。「何でウチなの?」という前にハンターは口を開いた。


「皆の不満は尤もだよ。ここまで来たのにとんぼ返りなんてあんまりだよね。でもこれは陛下の意思であり命令なんだ。僕には抗えない。残念だけど……」


 それを聞くと口を閉じざるを得ない。陛下の命令なら、無理筋でない限り背く事など出来ないからだ。


「申し訳ないですが、荷造りをして下さい。明朝、帰宅組と遠征組で別れます。帰りの組は副官にお任せしますので、必ず無茶はしないよう心掛けて下さい」


 副官はこれまた男前だが、ハンターに比べたら見た目も能力も一段劣る。


「それではここで解散とします」


 それぞれの思いを秘めて、それぞれのテントに戻る。


「ねぇ、ハンターさん。今晩空いてる?」


 若いエルフの女性はそっとハンターに近づき、こっそり抜け駆けを試みる。


「ごめんね、今からグレースと話し合いをしなきゃいけないんだ。グレース!」


  放心状態のグレースは「はっ」として意識を戻される。若いエルフはただただガッカリとした顔でハンターから離れる。グレースの前に行くと舌打ちをしてテントに戻っていった。


「……何でウチが……」


 項垂れているとハンターが寄ってきた。


「ごめんねグレース。これも国の為と思って我慢してよ。帰ったらお酒でもなんでも奢るからさぁ」


 奢りとかはどうでも良かった。帰れるのであればそれこそ何でもするのに……。


「あんたさっき早くとか何とか言ってなかった?それじゃまるっきりウチは足手まといなんだけど……陛下にはそのこと言ったんでしょうね?」


 その声には呪詛も詰まっていた。


「当然さ。君だけじゃないよ?足の遅い子を上げ連ねて一応伝えたんだけど、推薦の上、シード権の合ったグレースに調査の依頼をされてね……」


 他にも権威あるエルフが旅に同行していたのに、上司のせいで一縷の望みも絶たれた事実に怒りを覚える。


「そう不貞腐れないで、実は皆には内緒だけど平野での移動ができるよう限定解除が発令されたんだ。だから君の嫌いな歩行での移動はもうお終い。明日から騎獣での移動になるからそのつもりでいてね!」


 笑顔と左目を閉じるウインクで気を紛らわそうとしてくるがグレースには逆効果だ。もう一刻も早く寝たかった。気持ちの高低差が激しすぎて眩暈を起こしかけたからだ。


「ああもう、仕方ないわ。奢りの件、覚えてなさいよ」


 グレースは吐き捨てるように言ってその場を立ち去る。ハンターはその後ろで小さくガッツポーズをした。彼は幼馴染であるグレースに好意を抱いていた。最近は遠征ばかりを担当し、全然会えていなかったのにこの遠征でまさかの二人きりになれる機会と、里に帰宅した後のデートの約束まで取り付けた。


 陛下に感謝さえしている。ハンターは鼻歌交じりにテントに戻った。


 その同時刻ーー。


 安全を確保しつつ中隊規模の軍が開けた大地で野営をしていた。かなりの規模になるテント群の中央に一際大きなテントが立っていた。その中に(しか)めっ面で、今にも剣を抜きそうなほど怒りを湧き上がらせた偉丈夫が座っていた。


 ジラル=(ヘンリー)=マクマイン公爵。


 最強の軍事国家イルレアン国の事実上の支配者であり、黒曜騎士団を率いる彼は現在、無茶な行軍で兵を疲弊させていた。


「失礼いたします」


 そのテントに横幅が広く、厳つい顔をした男が入ってくる。鎧に覆われているが、きっと筋肉の塊であることが容易に想像できる。


「マクマイン様。明日の行軍に関してですが……」


「どのくらいだ?」


「は?どのくらい……と申しますと?」


 公爵は立ち上がって納刀されている剣を杖のようにして地面に突き立てる。ザクッと小気味良い音を鳴らした後、屈強な男に対し、怒りの声を上げる。


「今はどのくらい移動したか聞いているんだ!それ位分からないのか!!」


「!?……大変申し訳ございません!」


 屈強な男は頭を体ごと下げる。横から見れば90度曲がった形で深々と。公爵は普段この程度で怒りはしない。先日あった事態に心が追い付かず、未だ気持ちの整理が出来ていなかったからこそだ。

 ここに黒曜騎士団団長ゼアルがいなかった事も気持ちの乱れに起因した。”白の騎士団”の一員でもある彼は、強さもさる事ながら、相手の表情の機微にも敏感で、まるで心を見透かされているかの如く会話をする。

 ゼアルなら先の質問にもすんなり答えたのだろうが、この男はゼアルではない。強者ではあるが、この程度の猛者は五万といる。


「移動距離は行程の半分程度かと思われます」


「何故こんなにも遅いのだ!!これでは奴らに逃げられてしまう!!」


 公爵の怒りも尤もだ。出立自体は早かったが、魔獣の出現や荷馬車の故障など行軍は遅々として進まず、未だ行程の半分で留まっていた。


「今すぐ編成をし直せ!部隊を分けて移動速度を速める様にしろ!明日は強行軍で一気に進む!!言い訳はもう聞きたくないぞ?」


「はっ!すぐに編成してまいります!」


 即座に踵を返し、テントから出ていく。それを見送ると、公爵は懐からネックレス型の通信機を触って起動する。ゼアルに渡した通信機に発信するも、呼び出しの一定時間が過ぎて発信が切れてしまう。その様子を見た公爵は怒りと焦燥感で目の前が真っ赤に彩られるが、心を落ち着かせるため、瞑想に入った。


 その時ふと()ぎる。この世界で最も忌むべき存在の顔が。


(……ラルフ!)


 ギリッという歯軋りの後、公爵の動きは停止する。公爵はアルパザの方角に腰を据え、その時を待つ。この手であの男の首を(くび)り切るその時を……。

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