第二十話 下手の考え休むに似たり
「どうだトドット」
ロングマンは意外に戦える白の騎士団に感心しながらトドットに尋ねる。
「ふむ……この軍勢は全て人形じゃ。等活の精神感応をまるで意に介しておらん」
「ほう、人工知能というやつか。魔法はそこまで進化しているとでも?」
「いや、人工知能とは違う。魔力の糸が儂には薄っすら見えるわい。手繰り寄せた先には必ずこれを操る術者がおる」
考えたものだ。これが一般化すれば、戦争で死ぬ事はなくなる。相手の強さも測れる上に、対抗策も生み出せるというもの。
「まぁ儂らには無用の長物じゃて」
トドットもこちらと意外と戦える白の騎士団に感心している口だ。自分たちの方が圧倒的に有利であると信じきっている。どれほど数を揃えても、どれほど地の理を利用しても、人間には絶対に負けない自信がある。その自信は自分たちがこの世界の人間ではないことから来ていた。
異世界から呼び出された”守護者”と呼ばれる転移者たち。その者たちの特徴に、未知の能力付与が挙げられる。身体能力の向上、特異能力の覚醒。この世界の住人たちにそんなものはない。箱庭で生活していた彼らには元々必要のない能力だし、魔力があれば普通に生きていけたからだ。
それを壊したのはエルフの連中である。エルフの傲慢さが生み出した奴隷階級の構築。これが全ての元凶だったのだ。
昔々、遥か昔にエルフたちの人攫いが横行した。その横暴に反発した被害人種に住処を追われ、今のエルフェニアを建国。奴隷としての人を攫うことが困難となったエルフたちは、神との交信に利用していた”天樹”を別の形で使用出来ないかと画策した。
”天樹召喚”はその時に開発され、転移者を自分たちの奴隷として呼び出し、元の世界に返すことを条件に働かせていた。結局は破綻し、奴隷たちが謀反を起こして国外に出て行ったのだが……。
つまり、この世界に召喚されるのは全て被害者なのだ。付与された特別な能力は、被害者たちがこの世界で不自由がないように、一人で生きられるように取り計らった神からの贈り物なのである。
「……ふっ、確かに……既に十分に過ぎるほど力を得ている我らにとっては、な」
ロングマンはため息交じりに戦場に目を向けた。
「こいつを食らいやがれ!!」
ゴォ
正孝の手から発射された火炎放射は、テノスの小さな体を包み込むほどの大きさで襲った。テノスは右手に纏わせた魔道具を変形させる。前面を包み込むような盾を形成し、炎を真正面から受ける。
「バカがっ!そんなことしたって熱からは逃げらんねぇぞ!!」
手から放射される炎は温度を増して敵を焼き尽くそうとする。ルカの人形たちが加勢するために周りを囲むが、あまりの熱に手を出せない。凄まじい豪炎が周りを赤く照らす。正孝は手応えを感じてニヤリと笑った。
「バカはお前だ」
その声にハッとする。聞き覚えのない幼い声は十中八九テノスのものだろう。いつ、どうやって回り込んだのか定かではないが、既に炎の先に奴はいない。すぐさま放出を止めて振り返る。
ゴッ
振り返ったと同時に顔に衝撃が走る。テノスの裏拳が炸裂していた。
横回転しながら地面に転がる。顔がズキズキと晴れ上がり、痛みで口もろくに開けない。テノスの方を見ると、右手を魔道具と思われる金属が液体のように包み込んでいくのが見えた。魔道具は取り外し可能のようだ。義手だと思っていたためにそんな器用なことは出来ないだろうとタカを括ってしまっていた。
ビキッ
立ち上がろうと体に力を込めた時、首筋に妙な痛みを感じる。ムチウチである。これほどのダメージを受けたことのなかった正孝は、顔と首の痛みで今にも泣きそうな情けない顔を晒していた。
テノスはそんな正孝を見て呆れ返る。
「……何だその顔は?もうギブアップかよ。さっきの威勢はどうした?」
自分より三つは年下に見えるテノスにイキられ、正孝の怒りは再燃した。このまま倒れるわけにはいかない。痛いのを我慢して一気に立ち上がる。
「痛っ……!」
しかし単なるやせ我慢にも限界はある。立ち上がっている方が面子は保てるが、蹲って傷を庇っている方が痛みが和らぐ。寝転んでいれば首も安定するし、もう倒れてしまいたい衝動に駆られた。
「はぁ……ちょっと小突いただけだぜ?もうちょっと俺を楽しませろよ」
この発言に嘘はない。テノスが本気で殴れば先の一撃で首がへし折れていた。どころかあまりの威力に体と泣き別れになっていてもおかしくはない。それを知らない正孝は強がった発言であると認識し、血管が浮き出るほど怒りを露わにする。
ブチッ
殴られ、内出血した膨れ上がった頬の内側を噛みしめる。口内が切れて口の端から血が溢れ出た。その後、首を捻ってミキミキ音を立てつつムチウチの痛みを慣れさせた。
「……ありがとよ、今追いついたぜ……」
頬を噛み切った痛みと鉄の味で冷静さを取り戻した正孝は、鋼のような視線でテノスを睨む。
「遅ぇよ、鈍間野郎。とっとと掛かって来い」
テノスは魔道具の手で、指二本を内側に握るように二回動かす。クイッと音がしそうなこの動きは「こっちに来い」というジェスチャーに他ならない。
ゴンッ
正孝はそんなテノスの行動に苛立ったのか、地面を殴りつけた。
(癇癪持ちか?八つ当たりなんて意味ねぇのに。バカはすぐに手玉に取れるから助かるぜ……いや、俺もああいうところがあったらマズイ。こいつは良い反面教師って奴だな)
テノスは正孝を見てダメなところを観察する。行動が単純で単調すぎて戦いの参考にはならないが、日常生活においてやってはいけないことを見るには丁度良い。第三者目線から似たタイプを観察するのはまたとない機会だとほくそ笑んだ。それもこれも正孝の行動から生み出された余裕である。
ビッ
だからこそ正孝から突如放たれた拳大の石に一瞬対応出来なかった。
「なっ!?」
サイドスローから投げられた拳大の石が目の前に迫ったところでようやく行動に移せた。右に首を捻りながら右手で石を弾く。石を弾いた後で正孝もすぐ目の前まで迫っていたことに気づいた。
石をサイドスローで投げながら、自身もその勢いを殺さぬままに近寄る。身体能力が極限まで高められていないと出来ない芸当だ。それもテノスの視界を石で奪い、その陰に隠れるように迫れる戦闘センス。躱したはずの右頬に正孝の左の鉄拳が突き刺さった時に侮っていた自分に後悔した。
ズギャッ
あまりの威力に地面で一回跳ねながら威力に押され、ゴロゴロと転がった。
「これで終わりかコラ?もうちょっと俺を楽しませてみたらどうなんだ?ん?」
意趣返し。
何が反面教師か。自身の余裕、傲慢を恥じるばかりだ。いや、それ以上にドス黒く覆ったのは顔面を殴られたという憤り。
「テメー……!!生きて帰れると思うなよっ!!」
ドンッ
思いっきり地面を蹴って正孝に肉迫する。正孝は拳に炎を纏わせ、接近戦を仕掛けるテノスに応じる。拳や蹴りの応酬は火花を散らせ、近接格闘を美しくも激しく彩る。
テノスと正孝。経験の差でテノスが有利ではあるが、正孝には類稀なる戦いのセンスが光る。一歩も譲らぬ両者の攻防は熾烈を極め、どの戦闘より熱く燃え滾る。
「テノスは相変わらずといったところかのぅ」
「あの戦いぶりではいずれどうにもならなくなる。もう少し学習能力を身につけて欲しいものだが……それよりどうだ?この人形どもは御せるか?」
「儂にはこれ以上進ませぬことしか出来んのぅ。後は術者を直接叩くくらいじゃが、等活では難しい……」
トドットは杖を光らせながら唇を尖らせる。自身の及ばぬ魔法に多少の苛立ちを感じていた。
「ふむ……ではもう少し様子を見るとしよう」
ロングマンは少し下がって同じ岩に座る。パルスはじっと戦闘を見据えるだけで動こうとしない。そんなパルスに声をかける。
「パルス。準備は出来ているか?」
「……うん」
パルスはただ、小さく頷いた。




