第十五話 戦いの幕開け
「ガノン様」
出発の日、一人廊下を歩いていたら声をかけられた。振り返ると案の定ルカが立っていた。
「……よぉ。昨日はよく温もったかよ」
「ええ、お陰様でしっかりと芯から温まりました」
昨夜とは打って変わって流暢に喋る。顔を仮面で隠しているだけでこんなにも違うのだとガノンは改めて感心していた。
「……何よりだな。手前ぇはどんなことが出来んのか知らねぇが、それなりに期待してるぜ」
「ガノン様に期待をかけられるのは大変光栄です。必ずや期待に応えてご覧に入れましょう。……ただ」
歯切れの悪いルカの物言いに不安を覚える。
「……なんでぇ?」
「あの温泉での出来事は、その……」
「……そんなことか。ったく、誰にも言いやしねぇよ。もしそれが信じられねぇってんなら忘却魔法でもかけてみるか?もっとも、そんなもんがありゃぁだけどな……」
ガノンは鼻で笑いながら冗談交じりに返答する。
「記憶を消すなどとんでもない。ガノン様が他の方に言わないと仰るなら信用します。私はただ確認がしたかったというだけです」
スッと頭を下げた後、ルカは踵を返してさっさと立ち去ろうとする。その背中に哀愁を感じたガノンは条件反射で声をかけた。
「……おい」
ガノンの呼び止めにピタリと立ち止まる。
「……何か言いてぇことがあったら声かけろや。何の解決にもならねぇかもだが、話くらい聞いてやれるぜ?」
仮面の下を見て、ルカの秘密を共有したガノンだからこその提案。ルカは振り返ることなく「ありがとうございます」と一言言って廊下の突き当たりを曲がっていった。ガノンもその背中を見送ると出発の準備に部屋に戻る。
「はぁ……はぁ……」
ルカは廊下の突き当りの影で胸を押さえ、苦しそうに肩で息をした。いつもは心地良い隔たりが息苦しく、部屋の中でしか外すことのない仮面をそっと手に取った。
美少女の様な綺麗な顔立ちに脂汗を浮かせ、風邪をこじらせたような真っ赤な顔に縮小する瞳孔。動悸がルカを苦しめる。
気になる人は多くいた。直近ではアロンツォ、ゼアル、ハンターの様なイケメンが心にいた。正直ガノンは自分の趣味ではなかった。
岩を削って作られたような無骨な筋肉。迫力凄まじい険しく眉の無い強面。人間とは思えぬ膂力の怪物。
しかし蓋を開ければ、取っ付き易いナイスガイだった。そのギャップが彼の胸を抉り、心を鷲掴みするに至った。ルカの目にはもうガノンしか映らない。
そんなことを知る由もないガノンは、この旅の中でルカの熱い視線に気付くこともなく戦場までやってきたのだった。
*
「さぁ方々、私の同胞の仇を……ドワーフの仇と共に取らせていただきます。見ていてくださいガノン様!」
指揮棒に込める魔力が増す。この棒は自身の角を削って出来た魔力の結晶。削って出た水晶の欠片は粉末にして絵の具にし、人形の胴体に魔法陣を描くことで完璧な操作を可能にした。
苦悩と研究の末に辿り着いた究極魔法"物質操作"。文字通り身を削る魔法である。
「何じゃ?これは……?」
トドットはズラリと並んだ鎧の群れに困惑する。一糸乱れぬ動き、息遣いを感じない生気無き佇まい。経験上見たこともない存在に狼狽せずにはいられない。
「何にせよ、我らを狙っている様だな」
「おいおい……白の騎士団と会うのに、とんだ邪魔が入ったなぁ」
ロングマンの推測にジニオンが答える。
「あんたそれ本気で言ってんの?これは罠よ」
ティファルは面白くなさそうに吐き捨てた。テノスもその意見に賛成のようで、戦いに備えて魔道具の手を弄る。
「なーる。私達を殺そうと呼び出したってわけだ」
ノーンも呆れ顔でそれを肯定する。
「じゃが、殺気の一つも感じんぞ?これから共に戦争に行くための軍隊とは考えられんかのぅ?」
トドットは殺気立った仲間にクールダウンを求める。ヒューマンとのいざこざは、後々のトラブルを招きかねないとも考られる。マクマインとの交渉がここで破綻することを恐れてのことだ。
「ロングマン。あいつはなんて言ってたんだよ?俺には騙し討ちにしか見えねんだけど?」
テノスは事前に知らされていないこの状況に、マクマインの裏切りを仮定する。
「藤堂 源之助を我らと引き合わせる。それに白の騎士団がついてくる。と要約すればそんなところだ」
「野郎がこの軍隊の中にいるならあながち嘘じゃねぇってことか……」
ジョーカーは凶々しいダガーナイフを抜いた。冷静な判断を求めていたトドットも、やれやれと言いたげに杖を構える。この中で敵対意識を持ってないのはパルスだけだった。
ピシィッ
ティファルの黒鞭が地面を叩いて亀裂が入る。ペロリと舌舐めずりをしながらニヤリと笑みを浮かべる。
「それじゃやっちゃいますか」
そう声に出してからの行動は早かった。シパッと空気を切り裂く音が鎧の軍団に伸びる。隙間を縫って巻き付いた伸縮自在の鞭は、その形状とは裏腹に、刃物のような鋭利さをもって鎧を真っ二つに切り裂いた。
噴水のように噴き出す血を想定したが、赤い液体はおろか、それに変わるものすら見ぬままに崩れ落ちた。
「あら?」
あまりに想定外で間抜けな声が出る。手応えの無さも相まって、拍子抜けしてしまう。疑問が判断を鈍らせたその時、軍団が突如走り出した。先の犠牲に恐怖の一つも感じない。
「何よこいつら!?」
パァンッ
一気に五体の頭を叩き潰す。しかし、頭を砕かれたはずの兵士は意に介することなく長槍を構えて突撃する。
「な、何で?!」
止まることの無い不死身の兵士に混乱した彼女は、相手のことが分からず伸ばした鞭を手元に引き戻す。槍の穂先は彼女を目指して突き出されるが、それをジニオンが阻んだ。
ティファルの目の前に出てきて、槍を自慢の腹筋で防ぐ。
ガィンッ
金属同士がかち合う音が鳴り響き、槍は突き出された勢いと腹筋の硬さにへし曲がる。
「手応えのねぇ!そんなもんかよ!!」
ゴッ
ジニオンの鉄拳は嵐のように突風を巻き起こし、兵士を吹き飛ばす。
シャリンッ
刃を研ぐような音が響く。ゴドッと小間切れになった兵士が転がる。
「これは……作り物?人形か」
ロングマンはその中身を確認し感心する。このような魔法を見たことが無かったので、戦場の真っ只中だというのにマジマジと観察してしまう。
そんな八大地獄を遠目で観測した藤堂は目を丸くして驚愕の顔を見せた。
「本当に……生き返ったんか?」
話を聞く限り、自分の記憶の人物と一致する点が多かったが、正直半信半疑だった。百聞は一見にしかず。この目で見たものを信じないわけにはいかない。
ゼアルはそんな藤堂を横目で見つつ、剣を抜き払った。
「流石にあれでは勝てないな。そろそろ行くとしよう」
ザッと前に出るゼアルをガノンが制した。
「……おいコラ、出しゃばんじゃねぇ……リーダーは俺だ。っしゃ!手前ぇら!やんぞコラァ!!」
ガノンの声がけがスイッチとなった。ドゴール、ルールー、ハンター、正孝の順に飛び出した。
「……だぁっ!!俺より前に行くんじゃねぇ!!」
白の騎士団と八大地獄の戦いが本格的に幕を開けた。




