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第十一話 二対一

 ミーシャとティアマトの戦闘真っ只中、戦場で部下たちの前に立ち、戦いを繰り広げる(くろがね)

 体内で生成される特殊な金属を瞬時に加工し、武器とする特異能力を駆使してベルフィアとエレノアを牽制する。


(……駄目だ。勝ち筋が見えん)


 鉄は二対一の状況下、ほとんど攻戦に転じることが出来ず、防戦を()いられていた。中近距離の技しか持ち得ない彼に対し、彼女たちは遠距離攻撃も備えているので手数が倍近く違う。何とか攻撃に転じれても、寄ってくるのはベルフィアだけ。切っても切ってもキリがない。エレノアは鉄の間合いに入ろうとしないので攻守において隙が無さすぎる。


(どちらか一方だけでも無力化、もしくは俺以外の誰かが一方を引きつけて一対一に持っていかないと……)


 とはいえ、背後に控える部下の元まで下がり、吸血鬼の相手を擦りつけたとして、足止めにもならないだろう。それも当然のこと。魔王の力を無限再生する吸血鬼に搭載した悪夢の怪物。吸血鬼の最盛期であったおよそ百年前でも、ここまで面倒な奴はいなかったと記憶している。

 ならばエレノアはどうか?ベルフィアの援護に回って近寄らないので、そもそも背後の部下の元まで引きつけられない。


「……全部、俺がやるしかないな」


 鉄は自身の身長の三倍はある大剣を精製し、ベルフィアに向かって横薙ぎに振るう。剣圧が突風を生み、砂塵を巻き上げる。


「む?」


 ベルフィアの目の前に砂の霧が立ち込め、何も見えなくなった。エレノアを肩越しにチラリと見るが、エレノアもきょとんとした顔をしている。巻き上げた砂の層が厚くて二人して敵を見失ったようだ。


「ここにきて目くらましかい。下らん男ヨ」


 ベルフィアが吐き捨てる。確かに鉄がこのまま正々堂々戦っても勝ち目はない。最初から分かっていたことだ。いつ、どのタイミングで使用するか不明だったが、何らか小手先の技を使ってくるとは思っていた。期待すらしていた。だからこそ失望は大きかった。


 ほんの少し待つと、ボヤッと砂の陰に大剣が高々と振り上げられているのが見えた。目くらましと同時にベルフィアを真っ二つにしようと振り上げた可能性がある。


「?……馬鹿か?」


 見え見えの攻撃。目くらましの意味がない。

 ベルフィアは手をかざす。薄く引き伸ばした鋭利な魔力の斬撃が、容赦無く大剣に向かって飛ぶ。合わせて二十二に及ぶ複数の斬撃は砂塵を切り裂き、大剣を粉々にする。

 その時疑問が生じた。


「……奴はどこに?」


 柄を握りしめ、今振り降ろさんとする鉄の姿がそこにはあるはずだった。だが、実際は立てかけられた大剣があっただけ。刃がバラバラになり見る影も無いが、それよりも肝心な鉄の姿は見受けられない。消滅するほどの魔力ではなかっただけに首を傾げざるを得ない。


「ベルフィア!上!!」


 エレノアが叫ぶ。その声に反応して真上を見た。そこには探していた鎧の騎士が槍を担いで頭上に飛んでいた。


 ボッ


 槍は目にも留まらぬ速さでベルフィアめがけて飛んでくる。


 ドンッ


 ベルフィアの左肩に直撃し、あまりの威力に地面に足がめり込む。攻撃はひどく単調なものだ。普通の魔族ならこれでお陀仏だろうが、ベルフィアにとっては邪魔な槍が肩から生えた程度だ。痛みはあるが、簡単に死ねない体にこの程度の攻撃はビクともしない。

 鉄は空中でパンッと手を合わせる。次の攻撃に備えるために目を見張る。しかし追撃ではなく、ベルフィアの肩に突き刺さった槍に変化があった。


 ドロ……


 槍は突如溶け出した。鉄が体内で生成した金属は、武器に精製後も自由に融解させることが出来るようだ。


「!?」


 ビシャビシャ……と傷口から体内に侵入し、体の表面も金属で覆われていく。それはまるで水銀のようだった。


 ビキッ


 纏わり付いた金属はガチガチに固まり、ベルフィアの動きを阻害する。鉄はさらに槍を二本出して、一部を固定されたベルフィアに向かって投げた。


 バチッ


 一撃目は許したが、追撃はエレノアが許さない。こちらもかなりの速度を持って放たれたが、エレノアの電撃で二本とも難なく弾き飛ばした。


「チッ……」


 ベルフィアだけなら封殺できる。エレノアだけでも勝つ方法はあるだろう。しかし二体同時はやはり厳しい。後からやってきた竜魔人も、ヒューマンの少年少女とデュラハン相手に手こずっていて役に立たない。


 バリッ


 稲光が目の前で起こる。すぐ目の前には一歩とて近寄ることのなかったエレノアの姿があった。


(速……)


 バジジィッ


 雷撃が襲う。その衝撃は凄まじく、鉄の体を簡単に吹き飛ばす。ギュルっと体を反転させて、着地を完遂させた。だが、その体に与えられたダメージはかなりのもので、電気が身体中をバチバチと駆け巡る。


「これが……黒雲の……ぐぅっ……イシュクルの力か……!」


「違うよぉ、私の力だよぉ。魔力の性質は似通ってるから、同じエレメントがしっくりくるのぉ。親子だよねぇ」


 手に纏わせた魔力がパリパリと静電気のように走る。エレノアの近くに、先ほど金属で固められたベルフィアが並び立つ。


「ふぅ……ヨうやく自由じゃ」


「貴様……どうやって……」


「妾は普通とはかけ離れとル。例え金属が体内に侵入し、内臓を固めタとしても、そノ体組織を滅茶苦茶にすれば再生し直せル。全身を固められタら妾とて危なかっタかもしれんノぅ……」


 首をコキリと鳴らしながら跪く鉄を見下ろす。


(……不味い……)


 体が痺れて思うように動かない。このままでは為す術もなく殺されてしまう。

 たった一発、されど一発。強者同士の争いはその一発の競い合い。まともに受けた方が負けは濃厚となる。


 ふと、要塞が浮かぶ空にエメラルドと銀色の混ざった粒がイミーナの城めがけて飛ぶのが見えた。


「待て……竜胆……俺を助けるんだ……!」


 そんな囁きがティアマトに聞こえるはずもなく、彼女はそのまま城に向かっていった。万策尽きた鉄は目を瞑る。


「諦めタか。ふっ、じゃあ楽にしてやル」


 ベルフィアが手をかざそうと右手を持ち上げたその時、


「鉄様!」


 鉄の背後で控えていた魔族たちが居ても立っても居られず、エレノアとベルフィアに攻撃を仕掛けた。


「鉄様を城に!!」「鉄様ヲ城ニ!!」「早ク早ク!!」


 複数体で鉄を持ち上げて戦線を離脱する。


「なルほど、忠誠心ノ高い雑魚共。では、食事にしヨう」


「ブレイドたちももうすぐ片付くしぃ、こっちもハッスルしちゃおっかぁ」


 もはや戦争などではない。

 蹂躙し、虐殺し、鏖殺する。まだ始まったばかりだ。

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