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第十話 余裕綽々

「反撃がねぇな……もう終わりか?」


 ラルフは要塞の上で下の戦況と、イミーナが引き篭もっているだろう城を交互に見つつ警戒する。


「油断できませんわ。貴方はいつもそう楽観的で困りますね」


 戦場に赴いた姉たちの無事を祈りつつ、イーファはラルフに指摘する。「あ、はい……」とバツが悪そうに返答すると背後で忙しなく走ってくる音が聞こえた。


「おお、アユム」


 肩越しにその人物を確認すると軽く手を振った。それを見た歩も手を上げて挨拶を返した。


「ラルフさん、アンノウンさんから連絡です。そろそろ下に降りようかと思ってるそうです」


 ラルフは頭を横に振った。


「アンノウンはドラゴンに集中してもらわなきゃだから要塞で待機。出るんなら身代わりを行かせろって伝えて」


「分かりました、そう伝えます。……あの、僕は良いんでしょうか?」


「ん?何が?」


「戦いに行かなくて……一応強いんですけど……」


 両手を軽く前に出して拳を作ると二の腕に力を込める。特に筋肉が盛り上がるということもないが、歩の考える精一杯の強さアピールだった。ラルフはその力を疑っているわけではない。


「アユムはアンノウンの本体を守ってもらわなきゃいけないからな……ところで一緒に守ってるリーシャとアイリーンは今どうしてる?」


「変わりありません。ただ、個室だと外の様子が分からないので、不安ばかりが掻き立てられるというか……お二人もピリついてます」


「気持ちが分からねぇわけではねぇけど我慢してくれ。せめてミーシャがティアマトを片付けるまでは持ち場を離れないように頼む」


 ラルフの発言に対し、歩は不満と諦めが混じったような複雑な表情をした。しかしどう思おうと納得せざるを得ない。「了解しました。部屋に戻ります」と言って振り返ることなく走り去った。


「元気なもんだぜ。俺なら戦わなくてラッキーくらいに思うけどなぁ……」


「手持ち無沙汰なのが嫌なのでしょう。ミーシャ様が降りてこられたらアユムを外に出してみては?」


「うん、まぁ考えとく」


 ラルフはイミーナの城を眺めた後、そっと上を見た。この要塞の屋上では、今ミーシャがティアマト相手に一戦やっている。イーファに気づかれないようにそっと小さくため息をついた。


(遊んでやがるな?あいつ……)


 ラルフの何かに呆れるような表情に気づいたイーファは、疑問符を浮かべながら小さく首を傾げた。



 ドンッ


 空に爆音が響き渡る。空に衝撃が走り、漂う雲が吹き飛ぶ。

 その戦いには流石のドラゴンも割って入ることは出来ない。ゲートから出たドラゴンたちはその戦いを見るや、尻尾を巻いてグラジャラクへと降りていく。そんな負け犬同然のドラゴンには目もくれず、エメラルドと銀色が混じった人間大の弾丸がミーシャに向かって飛んでくる。


「オオオォォオォオッ!!!」


 ティアマトは渾身の力で攻撃を繰り出す。鋭く発達した爪が肉を抉り出そうと振り下ろされる。ミーシャは顔を狙って振り下ろされる右手の手首を左手で()なしながら掴み、一本背負いの要領で空に投げ飛ばした。攻撃の威力を殺され、吹き飛ばされたティアマトは空中で体勢を立て直し、高速で横回転しながら移動し、ミーシャに蹴りを入れる。


 ゴォッ


 思い切り蹴り込んだ踵での攻撃はすんでのところで躱され、風圧が辺り一面に暴風となって吹き荒れた。続けざまに振り上げた左手を振り下ろし、攻撃を仕掛ける。だがこれも空振り。見事な足さばきで後方に下がり、これまた紙一重で躱す。攻撃が避けられた一瞬の間でティアマトは分析する。


(ただ強いというわけではない。技量もそれなりにあって無駄がない)


 怒りや復讐心といった熱く滾る血潮の中にある冷静な自分がミーシャという存在を評価している。亡き夫の直接の死因であるミーシャ。こうして本気で戦えば分かる。ドレイクが返り討ちにあったのは当然のことだった。


(……一人では厳しい。イミーナか(くろがね)と共闘し、囲んで袋叩きするのが得策ね)


 相手に攻撃をし続けながら次の手を考えている。速すぎて人間の目で追えないティアマトの攻撃速度を、難なく全て躱すミーシャ。ティアマトと戦っているミーシャも思うところがあった。


(動きが直線的すぎる。これじゃ避けてくださいといってるようなものだね)


 第四魔王”紫炎(しえん)”ことドレイクの攻撃と照らし合わせながら避け続ける。ミーシャは思う、ティアマトは圧倒的に経験が足りない。威力や強さは本物でも、ほとんど同等の力を持つ敵に対しては通用しない。カタログスペックが誰も寄せ付けないほど高くても、それを振るう者がこれでは話にならない。


 ズンッ


 腹部に拳がめり込む。溜め込んだ空気を全て吐き出させられるような威力。この戦いで初めてのダメージ。


「ガハァッ!?」


 その攻撃でダメージを負ったティアマトは、華麗なバックステップで距離を開ける。


「ぐっ……クソ」


 連続で攻撃を仕掛け続けたティアマトより、ミーシャの一撃が重い。


「当たらなきゃ意味ないぞ?」


 ティアマトは痛みで腹を抱え、恨めしそうに睨みつける。たった一発。ミーシャのボディブローが優勢や拮抗を叩き潰し、一瞬にしてティアマトは不利になった。その時、頭にチラつく”最強”の文字。


「お前さえ……お前さえ居なければっ!今もドレイク様は生きていたんだっ!!」


 バッと要塞からジャンプして離れる。そのまま浮遊魔法を使用したのか、空中で停止した。


「最強の魔王はドレイク様よ!お前を殺し、その称号を取り返す!!」


「え?取り返すも何も……もう死んでんじゃ……」


「黙れっ!!」


 ゴォォオォオッ


 魔力消費なしの特異技能。口から火が出るというだけだが、その炎は超高温で触れる者全てを炭化させる。ミーシャには魔障壁が出せるのでこの程度の攻撃は簡単に防げる。だがティアマトの真意はそこにない。魔障壁と炎の隙間から見たのは、彼女が尻尾を巻いて逃げた姿だった。

 ミーシャは手を振るって炎をはねのけると、ティアマトの動向に注目する。彼女はイミーナの城に逃げ込んだ。戦ってみればどれほどの実力なのか測ってみたい衝動に駆られ、遊んでいたのがこの結果を招いた。一瞬「ラルフに怒られる」と悲観したが、よくよく考えてみれば、倒すべき奴らがひと塊りになっているではないか。これは(すなわ)ち……。


「……好都合、ね」

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