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第九話 地上殲滅戦

 バシュッ


 ブレイドの放ったガンブレイドの魔力砲は魔族の顔を容赦なく吹き飛ばした。本来、簡単に死ぬはずのない魔族たちは、一撃のもとに亡骸にされた仲間を見て動揺する。その一瞬の心の隙を突いてデュラハンの剣が襲い、近くにいた同胞たちも致命傷を負わされた。


「……なんて奴らだ……!」


 竜が襲ってくるのに合わせた攻撃は魔族の意表を突き、反撃の(いとま)を与えない。


「ドウスル?!」


「どうするもこうするも無い……!奴らに気を取られればドラゴンに()られる!」


 (くろがね)の部下である戦士(ウォリアー)デーモンは大剣を振り回して竜の攻撃を弾く。竜は猛禽類のように爪で襲ったが、剣圧に押されて一旦空に舞い上がった。


()くなる上は後方に下がって距離を取るんだ!ウィザードの魔法で遠距離から疲弊させ、勢いに乗って攻撃を仕掛けるぞ!!」


 子爵等の指揮系統が一網打尽に消滅させられ、戦線が瓦解するかと思いきや、新しい指揮官がその場で誕生して乱れた戦線を立て直そうとする。元から知能の低いバーバリアンやその他腕力だけの魔族たち指示待ち兵は、すぐさまその指揮に応じて後退する。空で戦っていた羽の生えた魔族たちも状況を即座に理解し、竜を牽制しつつ距離を取る。


「やはりそう簡単には行きませんわね……」


 メラは舌打ちしながら追撃を諦める。全力で後退する兵を追えば、敵地のど真ん中に放り出される状態に陥る。誘い出されるも同じこと。


「大丈夫ですよ!遠距離の攻撃なら私が魔障壁を張って攻撃を防ぎます!」


 アルルは槍を握りしめて勇ましく掲げる。ブレイドも魔力砲を撃ちながら口を開いた。


「これは想定済みです!奴らが後退し、ひと塊りになったところを空から魔力砲を撃って追い詰める!そのために俺たちが正面、母さんとベルフィアさんで左右に分かれて追い立ててるんですから!」


「それは分かっています。さっきまであれだけ慌てていた彼らの回復が目覚ましいと少し驚いただけですわ」


 まず無理なことだが、もしかしたらこのまま殲滅させられるかもしれないと心の内で意気込んでいただけに、少しガッカリしたのが本音である。


「メラ姉様、欲張りはいけません。こちらは指示通りに着々と追い詰めて一掃するのみですよ」


 すぐ傍でエールーが釘を刺す。メラは口を噤んで左を見た。

 稲光が戦場を駆ける。地上で雷鳴が轟き、バチッと明滅する度に魔族が吹き飛ぶ。エレノアだ。第一魔王”黒雲”が得意とした、雷光の化身となりて光速の攻撃を可能とする能力を用い、下々の魔族たちを瞬殺する。

 右を向けば、ベルフィアが大暴れだ。生まれながらの身体能力に加え、第六魔王”灰燼”をその身に取り込んだ彼女は、灰燼が使用していた数々の攻撃方法をその身に宿し、敵を寄せ付けない。

 圧倒的。その上、竜の群れが命を惜しまず襲撃し、背後にはミーシャが控えている。


「……もう魔王様でも出てこない限り、こちらの勝利は揺るがないと見て間違いありませんわ」


 姉妹の一人や二人は消滅の憂き目に遭うかと思っていたこの戦い。蓋を開けてみれば、そこまで追い詰められることもなく善戦している。余裕に加え、安心感すら生まれ始めた。

 が、その余裕もここまでだ。


 ズンッ


 空から降ってきた黒い鉄の塊。その姿に目を見張る。


「あれは……」


 全身を刺々しい真っ黒な鎧で包み、兜の奥底で赤い瞳が煌々と燃える。第十二魔王”(くろがね)”がとうとう大地に降り立った。


「鉄様?!」


「……やはりティアマト様が内通していたのは明らかですわ。しかしどうやって……?」


 姉妹間でティアマトの動向を考える。昨日まできちんと食卓に出てきてたし、だいたい引き篭もっていたので外出するのを誰も見ていない。いや、特に誰も気にしてなかったのが真相であることは各々が薄々気づいた。


 バリィッ


 電撃が鉄の前に出た。


「久しぶりぃ」


 エレノアは手をフリフリしながら挨拶した。


「……貴様。ここであったが百年目。円卓を裏切り、(みなごろし)につくとは言語道断だ」


「勘違いしないでぇ。私は息子と共にあるの。そう、つまり息子のもとにミーシャが居ただけだよぉ」


「詭弁だな。貴様が黒雲を殺したのが発端だろう?(てい)の良い言い訳を手に入れて、罪を帳消しにするために古巣に仇なす。覚悟は出来ているのだろうな?」


 鉄の開いた手からドロドロとした液体が流れ落ちる。それが地面に落ちると、ジュワッと音と湯気が立った。突如流れ出たそれは溶けた金属。何かを握るような仕草をすると、溶けた金属は瞬時にロングソードに変化した。


「黒影には聞いてたけどぉ、直接見るとすごいね。それ」


「俺の質問には答えぬか?もう良い。問答は無用」


 ズッ


 二本のロングソードを構えてエレノアを見据える。


 ズババッ


 その時、魔力の刃が真横から鉄を襲った。鉄はすぐさま後ろに下がり、薄く引き伸ばされた魔力の斬撃を避けた。


「むっ!?」


 ギョロッと目を見開いて飛んできた方向を見るとベルフィアがニヤニヤ笑ってそこに居た。


「吸血鬼めが……」


「エレノア、妾も混ぜろ」


「うん、好きにしてぇ」


 鉄は二柱の魔王に囲まれた。自身も魔王ではあるが、ミーシャほどの超越者ではない。二対一の状況は不利以外の何物でもない。


「上等だ。まとめて片付けてやる」


 地上での魔王戦。背後で見ていたブレイドたちは固唾を飲んで見守る。


「これは……凄いことになりそうですわね……」


 ある種、観客のような立場に置かれた状況に興奮が抑えられない。


「メラ姉様!背後から何かが迫ってきます!」


「え?……何ですって!?」


 しかしここは戦場。観戦などしていられない。

 背後から迫るはティアマトの部下。生まれながらに上級魔族の地位が約束された灼赤大陸で最強の生物。硬い鱗と立派な尻尾、優れた身体能力と魔力を備えた竜魔人だ。ティアマトのため、グレートロックで死んでいった同胞たちのためにこの戦争に馳せ参じたのだ。


「ザッと見ただけで二十は下らない……。俺たちはこいつらの相手をしなければならないようですね」


 グラジャラクの魔族たちとの挟撃で叩くはずだった竜魔人の面々は、走りながら戦況がかなり不利になっているのを悟る。陥没した地形、戦線を後退させた朱槍軍、強者と思われる少数での睨み合いと、こちらを注視する敵と思われる集団。竜魔人は一斉に足でブレーキをかけた。


「ティアマト様は?」「いらっしゃらないな……」「城の中じゃないのか?」


 口々に質問しあっている。考えても埒があかないことを悟ると、敵に直接尋ねることにした。


「お前らが敵で間違いないか?」


 間抜けな問いだ。違うといったらどうなるのだろうか?少し気持ちを抑えてその質問に返す。


「ああ、俺たちはお前らの敵だ」


 ブレイドの堂々とした敵宣言。戦場に今やってきた竜魔人たちは敵の姿を完全に認めると、臨戦態勢に移行した。


「なるほど、ならばここで殺されても文句は言えまい?」


 闘気が湧き出る竜魔人たち。今すぐにも飛びかかってきそうなその姿を鼻で笑う。


「やれるものならやってみるといいですわ。絶対後悔しますから」


 メラはそう言いつつ武器を構える。同時にブレイドもアルルも臨戦態勢に入っていた。対して、完璧な存在である竜魔人が二十数体。数の差では多少負けているが、絶対負けないという意思の元、竜魔人の前にブレイドは恐れを知らずに正面から見据える。


「……ここで完膚なきまでに叩きのめす……行くぞアルル!!」


「うん!」


 鉄 対 ベルフィアとエレノア、竜魔人 対 ブレイドたち。

 舞台は整った。すぐに始まる命の奪い合い。


 ともかく二組は走り出し当然の如くぶつかった。両者が奏でる金属同士の打ち合う音が、グラジャラクの戦場に響き渡る。

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