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第八話 予定外、予想外

 空に突如現れた竜の群れ。神々しくも荒々しいその姿は、天変地異をそのまま具現化したように思える。

 強さとは何か、恐怖とは何か、憧憬や羨望を一身に受ける完璧な姿は世界を魅了し、頂点であり続ける。


「……こんなことがあり得るのか?」


 (くろがね)は驚愕の眼差しでその光景を食い入るように見る。イミーナは先のカウンターのショックから立ち直れずに、しっかりセットした髪をぐちゃぐちゃにしながら荒んだ目でそれを見ていた。鉄は肩越しにイミーナの姿を確認して質問する。


「……俺は下に降りる。貴様はどうする?」


「……」


 質問に答えず呆然とする彼女に諦め気味に舌打ちをした。


「……貴様の国だぞ?」


 部下を見殺しにするのか?滅ぼされてもいいのか?このまま何もしないつもりか?などの言葉がその質問に全て集約されている。

 しかし、イミーナは動かない。推測だが、一番自信のあった戦略が潰されて頭が真っ白になったのだろう。あれを起点に派生した戦略は組んでいても、無に帰された場合の戦略は考慮にすら無かったと見える。


「なるほど……元より貴様には才がない。こうならなくてもいずれ破綻していたな……」


 吐き捨てるように呟いて、鉄はバッと城から飛び降りた。


『ふははっ!言われたなイミーナよ』


 野太い声が響き渡る。イミーナはさらに肩を落として振り向いた。


「あなたは……この件に関しては出てこないはずでは?」


『試したのだ。貴様が我の要望に添えるだけの働きをするかどうかな……結果は概ね予想通りだったな』


 つまり何も期待していなかったということ。アトムはその失敗を楽しんでいるようにくつくつと笑った。


「……何が面白いのですか?これはあなたにとっても重要な作戦だったはず。少しでも奴らの力を削いで抵抗の意思を削ぐのが今回の目的でした。それが何か分からない力に捻じ曲げられ、今こうして窮地に立っている。悔しくはないのですか?」


『悔しい?それは貴様個人のことであって我とは関係ない。それより今後どうするかによって貴様をこのままにしておくかどうかを迷っている。貴様の展望を聞こう』


「……」


 アトム、こいつは本当にタチが悪い。イミーナもアトムも同じ穴の狢だ。何度ミーシャ側に煮え湯を飲まされたか考えるだけでも腸が煮えくり返る。本来なら手を取り合って一緒に打ち倒すことを考えるべき案件だが、失敗を促し、粛清することで自身の失敗を打ち消そうとしているのが見て取れた。こいつに憑かれていることは貧乏神に憑かれているのと変わらない。


(何が創造神よ!ふざけるな!!)


 反抗心がふつふつと湧き上がる。だが無駄だ。こいつは言葉の力で全てを操る。殺そうとしても、それを悟られればどれほどの力を持ってしても簡単に防がれてしまう。仮に殺せても、この体は単なる借り物。不可視の存在を殺すことは不可能。すぐに答えを出さねばすぐにでも何かされそうなこの状況で、イミーナは怒りを押し殺して質問する。


「……そこまで仰られるならばアトム様。私に使用されている言葉のお力で奴らを殲滅すれば全て丸く収まるのではありませんか?何故私のような使えぬ者をお使いになるのか理解に苦しみますが……」


『今そこに気づいたのか?鉄という魔王にも指摘されていたが、貴様にはあらゆる面で才がない。それが出来るのならばここには居ないと、そう思わないのか?』


 アトムは機嫌悪そうに吐き捨てる。そんなことだろうとは聞く前から思っていた。イミーナなりの皮肉だ。あえて指摘しなかったことをこれだけ上から棚上げされるとちょっと笑ってしまいそうになる。


「これは失礼しました。それではアトム様、すぐにもお逃げくださいませ。奴らは何が何でもここを目指してやってきます。その特技が奴らに通じない以上、安全地帯など存在しません」


『ふんっ、我は死なん。この身体が朽ちるだけよ。それに我が逃げたとして、貴様はどうする?策があるというのか?』


 鉄が失望し、見限ったイミーナの姿はそこにはない。


(才がないですって?ふっ……自分が何も出来ないのに(かこつ)けて、他者を貶める小物が言いたい放題言って馬鹿みたい。こいつは単なる踏み台。必ず後悔させてあげましょう)


 荒んだ目に活力が生まれ、アトムを見据える。


「……ええ、私に考えがあります」



 竜の群れを放ったアンノウン。召喚したドラゴンズゲートと呼ばれる巨大な鏡から、今もわんさと竜が生み出される。鏡から出た竜はすぐさま飛び立ち、下の戦場に赴く。空を飛ぶ魔族たちが数体集まって一匹の竜を相手に戦いを挑んでいる。群がる魔族に撃破されているのを見れば、竜の強度はそんなに無い。しかし、終いには戦場を埋め尽くす勢いで増え続けるのを見れば、あの勢いも時間の問題だろう。


「これは……やりすぎたかな?」


 アンノウンは半笑いでゲートを見た。物量に物量をぶつける考えは当然のことなのだが、竜は強すぎたかもしれない。舐めた態度だが、そう思って(しか)るべきレベルで凄まじい戦力だった。下ではブレイド、アルル、ベルフィア、エレノア、デュラハン姉妹の六人の計十人が、竜の侵攻に合わせて攻撃に移っている。制圧は時間の問題だろうと思われたその時——


 ズンッ


 アンノウンの体に衝撃が走る。


「……え?」


 背後から攻撃を受けた。それが分かったのは腹から生えた一本の腕だった。


「随分と舐めた真似をしてくれたわね」


 その声に首だけを動かして目の端にいるその存在を捉える。


「……ティアマト」


 空で静観していたティアマトは二進も三進も行かない状況にしびれを切らしてアンノウンを攻撃した。


「竜胆様と呼びなさい。自分だけ安全だと思ったら大間違いよ。下の連中も私の部下が到着した際は、あなたと同じ末路を辿ることになる。先にあの世に逝って仲間の到着を待つのね」


「はは……なるほどね。どこに行ったのかと思ったら空で高みの見物か……てっきり既にあっちの魔王と合流しているのかと思った」


 アンノウンは震えながら体を貫いたティアマトの手首を掴んだ。鋭い爪だ。どんなものでも貫通しそうなほど研ぎ澄ませれた武器。これが天然で生えているのだから竜魔人とは恐ろしい。


「……随分と余裕だこと。ところでこの鏡はあなたを殺したら失くなるのかしら?」


「うん、まぁ……私が消すか、私を殺すかの二択……かな」


「そう。死ぬ前に何か言うことはある?」


 アンノウンはコクリと頷いた。


「……どうやってイミーナと連携を取ったの?」


「それ?死ぬ前に?ずっと監視者がいたのよ。あのゴブリンはその存在にいち早く気づいてたけど、言葉を持たないのは難儀なものよね。私が「何でも無い」って行ったら安心して誰にも共有しなかったわ。単純で愚かな虫よねぇ」


 腹の底から可笑しいと、堪え切れない笑いが漏れる。


「へぇ……そうなんだ。ところで子供を騙して悦に浸るなんて、それこそ愚かだと思ったことはない?」


 アンノウンの言葉にスッと感情が抜け落ちる。


「……死ね」


 ティアマトは貫いた手を思いっきり横に振り抜いた。アンノウンの体は裂けて、見るも無残な姿へと変わる。


「?」


 そこで違和感が生まれる。手応えがまるで感じない。まるで粘土のような作り物感を感じた。この女が特別だったのかどうかは定かではないが、鏡が消えてないことを見ると死んでいないのか、嘘をつかれたのかどちらかだと気づく。


「どうなってるの?全く……」


「それはこちらのセリフよ」


 声が背後から聞こえる。ハッとして振り向くと、そこにはミーシャの姿があった。


「なっ……!?」


 バッと瞬時に戦闘態勢に入る。


「やらかしたわねティアマト。そんなにドレイクの元に逝きたいなら、すぐにも逝かせてあげるよ」


 その言葉にカッと頭に血が上った。


「ここで殺してやる!!ミーシャァ!!」


 要塞の屋上で魔王戦が開幕した。

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