第六話 過ぎたるは及ばざるが如し
──三日前──
『防備は整いましたか?』
「ええ、もうすっかり」
世界で二番目に大きいとされる大陸"グラジャラク"。その地に聳え立つ荘厳な城の中枢で、蒼と朱が語り合っていた。
「蒼玉様のお陰であの子の動きを看破し、無事にこうして備えることが出来ました。感謝に絶えません」
イミーナは椅子に座りながら会釈をし、形だけの感謝を述べる。
『もうその辺で。今や魔王の席も寂しくなりました。これ以上離席されては、権威の失墜。力の喪失は魔族にとっては命を失うことと同義。私も自分本位ですよ』
「ふふ……御冗談を」
二人で通信機越しにしばらく笑い合う。落ち着いた頃合いで蒼玉の目がイミーナから外れた。
『しかし、貴方もご参加いただけるとは思いませんでしたよ?鉄様』
その視線の先にいるのは第十二魔王"鉄"。フルプレートの鎧がインテリアの如く鎮座している。赤い目が兜の奥底で灯り、身じろぎ一つしなかった鉄の首が動いた。
「……奴らの奇行は目に余る。ここらで決着をつけようと思ってな……」
「何にしても、こちらとしてはありがたい限りです。相手が相手ですからねぇ」
世界一強い魔族ミーシャ。鏖という異名を駆り、大量虐殺を行った魔王の中の魔王。イミーナの裏切りでその地位は失墜したが、力は一切失われず死の淵から復活した。鉄の言うように、魔族を殺したり国から国に飛んで色々引っ掻き回したりと奇行が目立つ。何と言っても魔族のくせに魔王討伐数歴代一位とくれば、どれほど可笑しなことか分かるだろう。
「戦士五千、魔導師二千。我が国で鍛え上げた錚々たる魔族たちが加勢する。そう簡単には殺られまい」
「痛み入ります」
イミーナは鉄にも軽く頭を下げる。
『数ではあの子に勝てませんよ?』
しかしその加勢を無下にする。これには流石の鉄も蒼玉の顔を見た。
「貴様……加勢を拒むだけではなく、我が軍にケチをつけるつもりか?」
『ふふ、そうではありません。私が言っているのは何かしら戦略を練らなければ全て御破算。あの子の力の前に蹂躙されてしまうと言うことです』
蒼玉の懸念は尤もだ。一度力を振るえば、どれほど不利な状況でもひっくり返せるのがミーシャの実力なのだ。それを改めて考えれば鉄も黙る。
『それに、加勢は難しいと再三申しているではありませんか。私の国の真上を古代種の一体である鳳凰が旋回しています。万が一のことがあった折、私がいなければ帰るところが失くなってしまうことも考えられますから』
何日にも渡って休むことなく旋回する怪物。巣に戻ることなく延々そうしている様は不気味の一言だ。
「まぁまぁ、鉄様。それぞれに厄介ごとがあるのは当然のこと。ここには戦争、あっちには古代種。仕方なきことでございましょう。それに蒼玉様の秘書が竜胆様と接触されたと報告があります。前からも後ろからも挟み撃ちが出来ると言うこと。まさに好機。蒼玉様の加勢を待たずして滅ぼしてやりましょう」
「……勇ましいことだな。だが、あえて言わせてもらおう。貴様が当時奴の殺害に失敗していなければ、こんなことを考えなくて済んだのも事実。今度こそ抜かりなくな」
「ええ、分かっております」
イミーナはほくそ笑んだ。魔王三柱の挟撃。その上、大量の兵士が織り成す物量による圧殺。さらに戦略はすでに考えてある。これだけやって戦力差は同等。もう一割勝率が欲しいところだが、イミーナの狙いは他にあった。ミーシャを殺すのはもちろんだが、絶対に殺したい人間が一人いた。
(ラルフ……ただの人間のくせに強襲とは片腹痛い。ふふ、必ず殺してやるわ)
*
「どうやら貴様の策が図に当たったようだな」
単純な罠だ。相手は魔力砲の威力を過信し、戦端を開く。魔障壁の我慢比べかと思わせたが最後、イミーナの部下たちが大儀式を用いて生み出した巨大槍を要塞にぶつけ、一撃のもと破壊する。後は壊れた要塞に部下たちが蟻のように群がる寸法だ。
「単純明快。まずは拠点を落とし、ミーシャ以外の周りを片付けましょう。彼女にはちょっかいをかけ続け、魔力の枯渇を狙って滅ぼす……あ、まぁこれは古代竜の時に使った手と同じですが、こう言うのが一番効くんですよ」
「そうらしい……」
あの鈍い要塞に巨大槍を躱す手立ては存在しない。
「ふふふ、まず一手」
イミーナはスッと手をかざす。それが合図のように赤い槍は射出された。寸分の狂いなく要塞に向かう槍。トロトロと動く要塞には必中の速度。相手はどうしたら良いのかとてんやわんやしていることだろう。理想はこの攻撃で大半が死ぬことを望むが、悪運の強いあの男は何故か助かってしまうことだろう。
(ミーシャが居るから仕方がない。まず真っ先に助けるのがあの男だろうから……もしあの子が全力で逃げることを選べば勝負は振り出し。でもそうなれば他の部下は犠牲になる。どう出る?ミーシャ)
城で余裕の態度を見せる二柱。それとは対照的に槍の接近を嘆く要塞側。
「どういたしますの!?このままでは……!!」
エールーは騒ぐが、どうもこうもない。この軌道、要塞が突如機敏に動くか、軌道を逸らさない限り当たるしかない。こうなれば要塞から避難する以外方法はないだろう。空を飛べるものは空中でも良いが、とにかくここを離れないことには脅威は去らない。
「大丈夫だ」
ラルフは言い放った。
「ええ?!そ、その根拠は?」
「まぁ見てろ」
ラルフは誰より前に出る。おもむろに手をかざすと空間に穴が出現した。小さい。道具入れにはもってこいだが、これで何をしようと言うのか?
グワァッ
その時、誰も予期していなかった事象が起こった。ラルフの生み出した穴が、巨大槍に匹敵するほど拡張したのだ。
ガタッ
その光景を見たイミーナは驚きから立ち上がる。それを見た鉄も目を見開いた。槍が穴に吸い込まれているのを見て、何が起こっているのかを頭の中で整理しようとする。
無理な話だ。経験則にない事象はいくら考えたって答えが出ようはずもなく。
「小さな異次元の穴を大きく開けんのは、リヴァイアサンのところで履修済みだぜ」
ラルフはニヤリと笑う。
「じゃあ、お返しだ!!」
要塞に向かってきた槍は、その威力と速度を維持したまま方向転換を強いられ、魔族の頭上に現れた。
「バカな!?止めろぉ!!」
イミーナは叫ぶ。叫ぶことに意味はない。赤い槍は魔障壁を貫通し、惚けて見ていた魔族たちの頭上で赤々と光り輝く。
「嘘だ……」
それを真下で見ていたイミーナの家臣、子爵は自分の置かれた状況に現実逃避を図った。それがどれだけ無意味なことだったとしても如何しようも無い。
ズンッ
地鳴りが大陸を揺るがす。巨大槍は相当数の魔族を消滅させた。
「ああああぁぁぁぁあぁああっ!!!」
イミーナは頭を掻き毟り、ヒステリックに騒いだ。それを知ってか知らずか、ラルフは得意げに笑う。
「戦略は良かった。でも俺の存在は誤算だったろ?」




