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第五話 開戦

 すぐにも戦端が開かれそうな現状、カイラは走ってティアマトの寝室にやって来た。ここまで休みなくひとっ走り、人間なら大きく肩で息をしていることだろうが、デュラハンである彼女はケロッとした顔で扉に向き直る。

 急いではいるが、相手は魔王。上司に無様な姿は見せられないと装着物に乱れはないかを確認する。最近戦闘が無かった為にピカピカに磨かれた鎧が廊下の明かりを薄っすら反射していた。


 確認も一通り終わり「いざノックを」と手を出した時に違和感を感じる。


(?……おかしい)


 何も感じない。部屋に誰か居る気配がない。


(もしかしてすれ違い?)


 そんな訳はない。この廊下は一本道。となれば外からわざわざ飛んで回り道する必要がある。とにかく開けてみなければ居るか居ないか分からない。ティアマトが息を殺して引きこもっている可能性だって無くはない。


 コンコンッ


 何にしても先ずはノックから。今にも戦闘が始まろうと言うのに悠長この上ない。そして返事もない。


「ティアマト様?」


 名前を呼びつつ続けて二回ノックするも身じろぎの音一つない。


「開けますよ?」


 そう言って三秒の後、カイラは扉を開けた。



「さぁゆくぞ!」


 アスロンは大声で勢い付く。彼岸花の花弁が赤く色付き、上方に向かって魔力砲を幾重にも飛ばす。ドシュシュシュ……っとまるで花火を打ち上げるが如く飛び出した魔力砲は、重力に負けるように下に向かって降り注ぐ。蠢く魔族たちにこれを避ける手立てはない。降り注ぐままに消滅することだろう。人知れず消滅したマーマンの国のように。

 しかし事態はそう甘くない。


 バジジジジジジ……


 降り注いだ魔力砲は不可視の壁に阻まれた。魔障壁だ。ドーム状に形成された魔障壁は雨を弾く傘のように魔力砲を防いだ。


「ま、そりゃそっか……」


 人間の国、要塞の防壁等にも使われているのだ、魔族の国で使われない訳が無い。その上かなり防御力の高い魔障壁だ。ちょっとやそっとでは破壊出来そうもない。


「でもこれだけ強力な魔障壁を張れば中からも出てこられないよ?魔障壁を解除したら魔力砲の餌食だし、解除しなかったら無駄だし……なら、あれだけの数を集めたのは何のためだと思う?」


「こっちにも魔障壁がある以上、魔力砲同士のぶつかり合いになれば……先に枯渇した方の負け、ということになりませんか?」


 ブレイドは顎に手を当てて考えるように自身の見解を述べる。


「ということは、こっちが撃ち落とされた時に一気に物量で襲うという魂胆だと見るべき?」


「うむ、それで決まりじゃろうなぁ。あちらは地上で魔力を湯水の如く使っとる。対して灰燼の設計した無限エネルギーは枯渇こそせんが、浮力や魔障壁等、他のことに魔力を割いとる。質量が違えば、こちらの魔障壁はいずれ射抜かれる。ジリ貧じゃのぅ……」


 アスロンは腕を組んで唸る。対してベルフィアはふと策略を思いついた。


「黙って待つ手は無いぞ?こノまま要塞には魔力砲を撃タせ、地上と空中ノ二手で奴らノ隙を伺う。要塞が破壊されル前に後退させ、相手ノ魔障壁が解かれタところを見計らって挟み撃ち。どうじゃ?こノ手は」


「……悪くねぇ、それで行こう。それじゃ地上部隊と空中部隊に分かれて……」


 ラルフが部隊編成をしようと手を上げた時、ティアマトを呼びに行ったカイラが慌てた様子で帰ってきた。


「大変です!!ティアマト様がいらっしゃいません!!」


「……なに?」


 ミーシャは眉間にシワを寄せてイラついた表情を見せる。


「便所……ってわけじゃねぇよな。どこに行った?」


 しょうがない奴だと頭を掻いていた時にふと嫌な考えが()ぎった。大群の待ち伏せ、魔障壁のジリ貧合戦。まるで全て知っていたかのような動きである。


「まさか……」


 ラルフはバッとイミーナが居るであろう城を見る。そこに赤い魔力が収束していくのが見えた。徐々に形成されるそれは、城を覆い隠すような凄まじく巨大な赤い槍。


「イミーナの槍だ」


「そいつは……やばいな……」


 イミーナの槍は魔障壁を無効化する独自の術式を組んである。ミーシャを殺すためだけに作った特製の術式。それを天を衝くほど巨大な槍にして要塞にぶつける。となれば一撃だって耐えられない。これほど用意が良いとなれば答えは一つだ。


「ちっきしょー、ティアマトの奴……俺たちを売りやがったな?」



 ティアマトは要塞を離れ、空中で高みの見物を決め込んでいた。


「ふふふ……ドレイク様の仇を今こそ……」


 ニヤニヤと一人ほくそ笑む。


「全く悪いお方だ」


 すぐ側に控える血の騎士(ブラッドレイ)はため息交じりに呟いた。それに対してウェイブは安堵した顔でティアマトに語りかける。


「しかしティアマト様が囚われていたお陰でこちらは助かりました。このままではこちらの勝利は薄いと気に病んでいたところです。仇敵の要塞にて今日までお勤め、お疲れ様でした」


「……蒼玉の秘書だったかしら?そっちのと比べるとずいぶん貧相だけれど、戦えるの?」


「いえ、私は……」


「そう。それで?私の部下は?」


「は、こちらに向かっています。それほど時間は掛からないかと」


「ご苦労」


 ティアマトは視線を落として要塞の行く末を見る。イミーナの城に収束する魔力の槍は凄まじいまでの質量を持って射出の時を今か今かと待っている。


「魔障壁を貫通するという槍……あの子娘が作ったと考えると多少不安ではあるわね」


 それについてはブラッドレイが答えた。


「……大丈夫です。私は一度イミーナ様の戦いを近くで拝見いたしました。あの威力は本物です。魔障壁が意味をなさずにすんなり貫通していましたから」


「ふんっ、それを聞いて安心したわ。第二魔王”朱槍”。その槍が突破口になるならば、その真価を見せてもらおうじゃない?」


 虎視眈々と狙っていた復讐の時。ようやく巡り合ったティアマトは黒き炎を目に宿し、じっと成り行きを見守る。この手でミーシャの心臓を握り潰すその時を幻視し、期待と喜びに身を打ち震わせていた。

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