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第四話 その頃のラルフたち

 その日、世界は一変する。

 グラジャラク大陸に現れた一輪の花。その花を見た魔族は口々に呟く。


「死ダ……死ガヤッテ来タ!」


 雲霞(うんか)のように土地を埋め尽くす魔族たちが恐怖を感じ、荒波のように揺れ(うごめ)く。これから起こるであろう事態に震え上がっているのだ。


「皆の者!!恐れるなっ!!この戦争は魔族存続の要!!我らの敗北は(すなわ)ち魔族の敗北っ!!必ず勝利して栄光を掴めっ!!」


 勇ましく吠える若き貴族。最近グラジャラクの地で出世したこの男は自領とイミーナの為なら命をも惜しまない。そんな貴族からほんの少し離れた魔族はビクビクしながら呟く。


「バカ言ッテルぜ……アレニハ(みなごろし)ガ乗ッテンダゾ……!」


 どれほど強い言葉を使おうと、どれだけ数を集めようとも変わらぬものがある。それは力。個にして絶対無敵の存在。現在この大陸を支配する"朱槍"など霞むレベルのぶっちぎりで最強の魔王。


 彼岸花を模して建造された様な、複雑怪奇な要塞に立つ人族と魔族。ここに来たのは他でもない。戦争だ。

 だが下で黒黒としている魔族の群れと相対することになるとは思っても見なかった。何故なら強襲作戦と題してやって来たのだから。


「うわぁ……こりゃ一体どういうことだよ……」


 ラルフは下を見て戦々恐々としている。


「既にバレていタと見ルべきじゃな。第一に、こノ要塞ノ カモフラージュ機能を失っタノが痛い」


 ベルフィアはアスロンを見ながら涼しい顔で指摘する。


「面目次第もない……」


 アスロンはしょんぼりと肩を落とす。

 クリムゾンテールにてアスロンとベルフィアはこの要塞の修理をしていた。カモフラージュ機能の故障をいち早く解決し、安心安全で快適な空の旅を実現させようと躍起になっていたが、これは叶わなかった。

 それというのもアスロンの記憶というバグが、灰燼の完成された魔法陣を妨害していることに気付いたからだ。一から魔法を再構築していくことは可能だが、その場合はアスロンを消す必要がある。

 当然アルルとブレイドは即座にこれを拒否。ラルフも加担して”アスロン消去”の案は完全に却下された。


「もうその話は終わったでしょ。蒸し返さないの」


 ミーシャは腕を組んで鼻を鳴らした。ベルフィアはサッと頭を下げて「失礼致しましタ」と謝罪した。


「……ミーシャ様、如何いたしましょうか?このままではあの軍団と正面からぶつかることになりますわ。強襲作戦が失敗ということであれば一旦離れるのも手では?」


 メラは姉妹を代表し、戦略的撤退を進言する。


「いや、このまま行く」


「し、しかし……」


 ミーシャの頑なな態度に狼狽える。


「12シスターズ ノ戦歴ニハ、ブッツケ本番ト言ウ概念ハ無イノ?魔王様ガ「コウ」ト決メタラ、ソレニ準ズルノガ部下ノ務メ。ミーシャ様、オ供シマス」


「うむ」


 ジュリアは従順にミーシャに迎合する。メラは苦々しい顔でジュリアの横顔を見ながら「もちろんわたくしたちも」と肩を並べた。


「私はどっちかというとさっきまでのメラさんに賛成だけどね。一から戦略を立て直した方が面倒は少なく済むと思うし?」


 アンノウンは一考の価値ありと議論を蒸し返す。だが、すぐにラルフが声を上げた。


「そりゃ俺も考えた。でも攻めるなら今しかないとも言えるぜ」


「何で?」


「俺たちの進行方向だけで戦争を予見したんだとしたら、そいつは大当たりだったわけだ。この大群を見れば一目瞭然だよな?……けどよ、だからってここで俺たちが下がったら向こうだって戦略を立て直せる。今はグラジャラクの連中だけが周りを固めているかも知れねーけど、次に来た時には他の魔王とその軍勢が加担するかも知れねぇ。当初の作戦は失敗だが、このまま行くのが得策かもよ?」


 ラルフは腰に下げたダガーナイフと異空間に仕舞い込んだアイテムを確認し始めた。どうやら本気のようだ。


「だ。大丈夫なんですかね?あんな軍勢、一度だって見たことないんですけど……」


 歩は不安そうに呟いた。ブレイドはそんな歩の恐怖に(おのの)く顔を見て肩に手を置いた。


「俺もです。もし危うくなったら俺のところに来てください。出来るだけ援護します」


「……行かないって選択肢は……無い、よね……?」


「ええ、今はできる限り戦力が欲しいので、そこは諦めてください」


 歩は「はは……」と苦笑いしながら肩を落とした。


「ブレイドもぉ、危なくなったら私のところに来てよぉ。絶対守ってあげるからねぇ」


「私も後方支援を頑張ります!回復も可能ですので、皆さん怪我したら我慢せずに後退して下さい」


 エレノアもアルルも頼もしい限りだ。


「カモフラージュこそ失敗したが、この要塞で攻撃を仕掛ける。それを皮切りに魔族掃討を開始してくれい」


 バグによりカモフラージュ機能が使用不可になっているとはいえ、防御と攻撃に関しては問題なく稼働している。それも相当な威力だ。一度放てば相当数の魔族が消滅することも期待できる。


「ねぇラルフ。私は手筈通りでいいの?」


 アンノウンは手を上げて確認する。


「ああ、そうだ。目一杯強そうなのを召喚して戦場をかき乱せ。みんなも、全力で攻撃して危うくなったら順番に後退。アルルに回復を頼んでくれ。特にエレノアとベルフィアとティアマトは思いっきり暴れて……ティアマトはどこだ?」


 ラルフはキョロキョロと見渡す。みんなも振り返ったりしながら確認しているが、一向に見つからない。


「おいおい、こんな大事な時に……シャーク、ちょっと部屋行って呼んで来い」


「は?何で私が……」


 こんな時にも反抗的なシャーク。側で聞いていたカイラはため息をついて踵を返す。


「仕方ない、お姉ちゃんが代わりに行くわ」


「おう、頼んだ」


 カイラの背中を見送った後、一同はイミーナの待つ城を見据える。ミーシャを殺そうと隙を伺い、後ろから撃った卑怯な裏切り者。ミーシャの顔に血管が浮き出、ニヤリと邪悪な笑みを見せる。


「……ここで決着だ。イミーナ」

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