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第三話 追加任務

「あ、あのぅ……い、如何でございましょうか?快適にお過ごしでしょうか?」


 初老の男性は手揉みをしながら、この街で一番の高級宿に居座る化け物のご機嫌取りにやってきていた。奥の間に一人座る獅子の如き髭の偉丈夫は、着物の胸元から手を出して立派な髭を撫で上げる。


「うむ、快適である。こうして街に身を寄せることで気付いたのだが、北の国を攻め落とした時に皆殺しにしたのは間違いであったと確信した。やはり知らぬ地でこうしてもてなされることは格別である」


 そうして愉悦を感じているのは八大地獄の頭目"ロングマン"。そしてこの地は西の大陸で唯一の人族の居住区"ジュード"。今ロングマンに相対するのは議長である。


 何故議長がこうして平伏し、機嫌を取るのか?それはこの大陸の事実上の支配者であるオークの領土から、まるでピクニックでもしてきたかのように無傷で国境に出現したからだ。いきなりやって来た八人に度肝を抜かれ、一時的に街は騒然としていた。

 今ではすっかり落ち着きを取り戻し、むしろ笑顔で溢れている。それもそのはず、この八大地獄を名乗るチームは、国境に来るなり「オークを滅ぼした」と言い出した。ジュードの上層部はその言葉を全く信じず、入国を最初こそ断ったが、調査団の派遣に同行して事実であったならば入国を許可する旨を伝えたところ、嫌がる様子もなく承諾した。後は結果が証明している。


 ロングマンは側に置いたデカンタを手に取り、コップに酒を注ぐ。コップを持ち上げ、光に掲げながら酒の色を確認する。


「……しかし、この酒は不思議な味がするな。何が入っているのだ?」


「はっ、それは穀物の蒸留酒でございます。他の国にもある製造法ではございますが、これ程の酒はここでしか飲めない一品でして……」


「なるほど穀物か。そうか……これが一番旨いのか」


 コップのフチに口を付けてちびちびと酒を舐めるように飲む。酒のあてにはチーズと思わしき白い塊が小皿に少量乗っかっていた。


「……も、もし他にもご所望でしたら仰って下さい。この街にあるものでしたらすぐにご用意致します」


「うむ、恩に着る」


 議長は眉を(ひそ)めた。この男の考えを読むことが出来ない。何せ表情という表情が無いのだ。

 何とかその腹の内を探るべく議長は必要以上に顔を覗き込み、ロングマンと目があった。


「あっ……えっと……」


 何かしら取り繕おうにも、何も思い付かず俯く。


「用はそれだけか?」


「え?……あ、ああっ、はい」


「なら下がれ。今は特に何も無い」


「か、畏まりました!」


 議長は急いで部屋を出ていった。しばらく扉の方を見ていたロングマンは窓の外に目を移す。外の景色を見ながら酒を飲もうとコップを持ち上げる。

 が、気が変わったように元の場所にコップを置いた。


「出てこい。そこに居るのは分かっている」


 ロングマンはそう言いながら正面を睨み付ける。

 何もない空間。だが、微かに確かにそこに存在する。


『流石頭目。感覚の鋭さは失っておらんようだな』


 甲高い子供の声で偉そうにしている。


「お前か……珍しいな」


 小皿から白い塊を一つヒョイっと取り上げると口に放り込む。乳製品特有の臭みを感じながらもごもごと寂しい口を満たす。


『こんなところで何をしている?()の役割は藤堂 源之助の討伐のはず……他の連中はどうした?』


 コップを手に取り、酒でつまみを飲み下すと一息ついた。


「そう一遍(いっぺん)に聞くな。そうだな……ここにいる理由は少し骨休めをしているところだ。彼奴のことなら心配せんでもすぐにどうにかする。他の連中はどこぞその辺をウロついていることだろう」


()は困惑している。箱庭がまた混沌に立ち返るやもしれぬと危惧しておるのだ。其らも目覚めたというに一向に好転しない。どころか吾らが作りし最強の獣たちも討滅されている始末……』


「カリカリするな。あの獣は今現在何匹生きているのだ?」


『……四体である』


「?……無敵という触れ込みだったはずだが?あれは魔王にも滅せぬと……」


 何かを考えているような間が空き、不可視の存在が声をあげた。


『今世に単騎で守護獣(ガーディアン)を潰せる存在がおるのだ。サイクロプスを殴り殺した魔族……最悪の一言である』


「ほう、あのデカブツをな……」


『そのような存在が出しゃばっている現状は、吾らにとっては言葉では言い表せないほどに危険極まりない。こうなれば形振り構わずに行かねばなるまいて』


「どうする気だ?」


『其らに追加任務を与える。藤堂 源之助討伐の後、その足で魔族を討伐せよ』


 ロングマンは鼻で笑う。


「だろうな。我らに頼る他ないと思っていたところよ。まったくマクマインといい、お前らといい……」


 くつくつと笑いながら空になったコップに酒を注ぐ。


『引き受けるであろう?』


「……どの道、我らに拒否権など存在しない。それで?その魔族の情報は?容姿や性別、名前もしくは異名。何も分からんでは話にならんからな……」


 その時、突如光が収束していく。徐々に形が形成され、見知った顔が姿を現した。


「此奴は……」


『これはミーシャと呼ばれる史上最強の魔王。吾が集めた情報によれば、ラルフという人間と共に各地を荒しまわる連中らしい』


 ミーシャの隣にラルフの姿を浮かび上がらせる。


「フハハ!こいつはお笑いだ!」


 普段感情を表に出すことのない男が大きく高笑いをした。


「お前らが箱庭というだけはある。世界はこんなにも狭い」


 気持ちのままに酒を掲げる。同時に光が霧散し、ミーシャとラルフの姿はかき消えた。


『後は任せる。しかしあまり待たせるな?吾は早い決着を望んでいる』


「ああ、そのようだな。時に聞かせてくれぬか?他の連中はどうした?」


『……好き勝手かき乱しているようであるぞ。吾の気持ちも知らずにな』


 ロングマンはいつもの無表情に戻ると「そうか」と一言。その時、凄まじい速さで迫る気配を感じた。その気配の主はノックをすることもなく部屋に飛び込んだ。


 バンッ


 転がり込むように体を反転させながら着地した。


「騒々しいな、パルス」


 小柄な少女は部屋中をキョロキョロと見渡している。


「……居たよね?」


「ああ、居た。急いで逃げたようだが……」


 パルスは背中に下げた大剣をロングマンの首元に這わせる。その速度は目にも止まらない。今にもザクっといきそうな距離感の中、変わらず酒を呷った。


「慌てるな。いずれ何某(なにがし)連中とも決着をつける。機を待て」


 しばらく見つめていたが、大剣を離して背中に下げる。胸ポケットで震えていた妖精オリビアがソロっと顔を覗かせた。


「……それで……何の用?」


「変わらん。藤堂 源之助の討伐、ラルフというヒューマンとその仲間たちの殲滅。我の見立てではもうそろそろマクマインから連絡が来る。みんなにすぐにも動ける準備をするように伝えよ。分かったなオリビア」


『は、はい!』


 パルスの胸元でピッと背筋を伸ばして良い返事をした。そしてその見立ては正しかった。マクマインからの連絡で念願だった藤堂 源之助との邂逅を約束される。

 目指すはヴィルヘルム。八大地獄の面々はもう一泊し、ゆっくりと居住区”ジュード”を後にした。

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