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第二話 パペットマスター

 その劇は荘厳で可憐で華麗で煌びやかな人形劇。十数体に及ぶ人形たちは、まるで生きているかのように動き回り、その存在感を示す。

 オーケストラの奏でる豪華な音は背景に溶け、劇をより一層盛り上げる。

 相乗効果が織り成す絶妙な調和(ハーモニー)は観客を圧倒し、そして魅了する。


 この劇場のチケットは本日完売。隅々まで満席であるのは二階のボックス席からよく見えた。


「どうやって動かしてんだ?」


 正孝は隣に座る美咲に声をかけた。


「多分……糸でしょ?」


「いや、無理くね?あんな動きしたら速攻絡まっちまうだろ……」


 時にはクルッと空中回転したり、ワルツを踊ったりと頻繁に人形同士が交差している。一般的な操り人形であれば糸が絡まってすぐに動かなくなってしまうことだろう。


「魔法ですよ」


 その疑問にハンターが答える。


「確か人形の腹部に魔法陣を書き、念じることで思いのままに動かすと聞いたことがあります。魔力消費が激しいのと、思いのままに動かすのにはかなりの修行が必要なんだとか。我らエルフも取り入れようとしましたが、実用化には至りませんでした」


「へー……ってことはこれだけの数を動かしてるんだし、裏方が凄いことになってそうね」


 美咲は納得して裏方の苦労を思いつつ眺めている。それを正孝は鼻で笑った。


「それなら裏方が前に出て演劇すればいいじゃねぇか。魔力消費のことも考えたら、こんなの効率悪すぎだろ」


 ハンターの言が事実なら、正孝の考えにも一理ある。裏方でわちゃわちゃやっている姿を想像したら滑稽で仕方がない。それをアリーチェが否定する。


「分かってないなー。自分たちに演劇の心得があっても、舞台に上がれるかどうかは別物でしょ?観てよあの豪華な衣装。あれが似合う人間なんて一握りだよ?その人を囲うことができたとして、演劇の心得や観客へのサービスが備わっているのか、公演毎の体調管理や発生する報酬とか面倒くさいことのオンパレードだよ。それを考えたら裏方でわちゃわちゃやってる方が逆に効率が良いんじゃないかな?」


「……そういう見方があんのか……」


 正孝も美咲たちもこの見解に素直に感心する。とはいえ、人形を操るには相当な技量が必要となる。公演毎の体調管理や報酬についての面はいまひとつ解決されていないように思うが……。


「……ったく、手前ぇら聞いてなかったのか?この劇はたった一人の技師がすべての人形を操って成り立っているんだよ」


 ガノンは腕を組んで興味もない演劇をつまらなそうに眺めながら答えた。


「……いや”一人芝居”ってのは聞いたけど、そんなもん……精々五体くらいかと思ってて……」


 驚き戸惑う正孝にゼアルが口を開いた。


人形師(パペットマスター)の所以だ」


 パペットマスター。聞いた時は大層な異名だと内心バカにしていたが、なるほどこうしてみれば納得の一言だ。


「ところで、舞台のすぐ前にオーケストラがいるが、あれも全部人形じゃないか?」


「……むっ、本当だな。舞台で演劇をしながら演奏までこなすのか……脳みそが何個あったらこんな芸当ができるんだ?」


 ガノンは演劇にこそ興味はないが、この神業には興味津々だ。アロンツォもうっとりと演劇に見入っている。


「美しい……これほどのことが人間にできるとは……余は大いに感動している。あの指揮者には後で花でも送ろうぞ」


 その言葉にハッとして指揮者を見た。仮面をつけて顔こそ分からないが、感じる気配は人間に近い。黒の燕尾服を着込んで指揮棒(タクト)を降っている。


「あれがそうか……」


 全員がその姿を認める。アリーチェはタクトに宿る魔力を感じ取り、静かに一人頷いた。


 全ての演目が終了し、指揮者共々観客に深々とお辞儀をする。その瞬間、スタンディングオーベーションによる大喝采が巻き起こり、場内が揺れる。ルールーたち獣人族(アニマン)はただでさえ敏感な五感に響くその喝采を、迷惑そうに顔を顰めて耳を塞ぐ。


「いやはや、素晴らしいの一言に尽きますなぁ」


 ジョーは拍手しながら嬉しそうに笑っている。


「……意味を理解すれば確かに凄ぇ。だがよぉ、これを見せる為だけってこたぁねぇよな?」


 ガノンの目がギラリと光る。


「……八大地獄の連中をおびき出すのに協力してくれんのはありがてぇ限りだが、こっちは長旅で疲れてんだ。宿の一つや二つは期待して良いんだろうな?」


「もちろん。貴殿の期待に応えよう」


 ジョーの代わりに答えたのは、壁を隔てた隣の特等席で演劇を鑑賞していた国王だった。ニコニコ笑いながら入口付近に立っている。ガノンはバツが悪そうに目を背けた。


「陛下、大変申し訳ございません。慰安のための演劇であることも、陛下のお気持ちも理解しない此奴には後で言って聞かせます故、どうか……」


 ゼアルは即座に立ち上がって頭を下げた。国王は陰湿で根に持つタイプである。何かあった際にはすぐに解決しないと後々が面倒なのである。もっとも、上位者に対してはどれほど寛容な方であれ、粗相をしたらすぐに謝るのが当然のこと。

 黒曜騎士団団長であり、人類最強の男から頭を下げられては先々に考えていた嫌味も消える。国王は手を上げてゼアルの陳謝を聞き入れる。


「ああ、良い良い。貴殿に頭を下げられては如何様なことであれ許す他ない。先の続きだが、貴殿らには相応の宿泊施設を用意してある。心配する必要はないぞガノン殿」


 名指しされてさらに居心地が悪くなったガノンだったが、返答しないわけにもいかないので「……どうも」と小さく会釈した。


「それとだな、ここに呼んだのは他でもない。貴殿らの助力になりたいと申し出た者がおってな。その紹介も兼ねて演劇に誘ったというわけだ」


 ガノンたちの頭に疑問符が浮かび上がったが、割とすぐに嫌そうな顔に変化する。助力とは聞こえが良いが、つまり国王お抱えの監視役か何かだ。

 マクマイン公爵が八大地獄を引き入れた張本人なだけにイルレアン領内での戦闘は拒否され、戦場の確保は難しいと思っていたところでヴォルケインが名乗り出た。ありがたい申し出だと二つ返事でここまできたが、これには裏があったのだろう。


「それはその……ありがたい申し出ですね」


 ハンターは一瞬言い淀んだが、すぐに切り替えて返答した。それというのも正直迷惑な話だったからだ。相手が誰かは知らないが、ついてくるというのなら白の騎士団と同等の能力があるのかどうか見極める必要がある。野次馬のような足手まといを連れ歩くほどの余裕などない。しかし国王の機嫌を損ねるのは遠慮したいところ。ハンターは否定的な部分をまるっと飲み込んで、取り敢えず感謝を述べた。


「うむ。貴殿らの人数はどうにも少なすぎる。八大地獄とやらがその数の通り八人であるならば、その十倍以上の数で圧せば良いのだ。戦争とは頭数を揃えて行うものなのだよ」


「じゅ……ってそんな人数が参加したいって言ってんのか?相手はアウルヴァングを瞬殺した奴だぜ?それを頭数って……」


 正孝は呆れ気味に呟く。監視役にしては多すぎるし、この件にガッツリ関わろうと躍起になっているように思えたからだ。ギリギリ国王が聞けるくらいの声量だったので、側にいたアリーチェが肩を軽く小突いた。


「はっはっはっ!確かに生半可な兵士では千の魔族を屠る白の騎士団の足手まといにしかならん。しかしな?貴殿らと同様に戦えるなら話は変わってくるであろう?」


 国王は人差し指をピッと立てて得意げにしている。


「なんと……では"あの方"は戦えるのですか?」


 ゼアルには既に心当たりがあるようで、驚愕の眼差しで国王に質問する。


「流石だな。やはり気付いたか」


 感心する国王に疑問符を浮かべる面々。白の騎士団と同様に戦える者たちとは一体何者なのか?ここに呼ばれた理由を鑑みれば何人かはこのやり取りで気づく。


「……パペットマスターか……」


 ガノンは舞台で大道具を片付ける人形に目を向ける。


「イヤ、馬鹿(ばが)ナ……指揮者如キニ、何ガ出来ルン?」


 ルールーは嘲笑しながら腕を組んだ。


「愚問ですな」


 その声は舞台側から聞こえた。全員が声の方に目を向けると、そこには仮面を被った燕尾服の男性が浮かんでいる。


「おおっ!ルカ!今日も素晴らしいショーであったぞ!」


「ありがとうございます」


 スッと優雅に最敬礼で国王に感謝を述べた。皆の表情に困惑の色を見た仮面の男は大袈裟に手を開いた。


「はじめまして皆様。私の名はルカ=ルヴァルシンキと申します。気軽にルカとお呼び下さいませ」


 まるで舞台挨拶のような自己紹介に戸惑う一同。その中で一人、笑顔を湛える人物がいた。バサッと羽ばたくと、ルカの前に躍り出た。


「いやはや何とも……これほどの演劇を余は観たことがなかった。ルカ殿に出会えた幸運に感謝するぞ」


「これはアロンツォ様。大変嬉しいお言葉をいただき恐悦至極」


 差し出された手をグッと握り返す。


「時にルカ殿。そなたほどの腕を持ちながら、それを戦場に使うのは如何なものかと思うが……本当についてこられる気かな?」


 握り返された手に力がこもるのを感じる。それと同時にアロンツォの顔から笑顔が消えた。


「……なるほど。八大地獄に何かしら恨みがあると見える」


 アロンツォの手を離してその手で仮面の額に付いているブリリアントカットされた宝石をコンコンッと指で突いた。


「同胞を焼き殺された恨みをこの手で晴らそうと思っております」


「額に水晶……そなたは一角人(ホーン)か?となれば第二魔法隊の……」


「はい、まさにその件についてです。八大地獄の力に恐れをなし、刃王も響王も一切の報復を諦め、ホーンは和平交渉に応じました。一切の手出しもせず白旗を振るなどあり得ません。必ずや後悔させてやりましょう」


 そのセリフに静観していたガノンが嬉々として前に出た。


「……中々骨のある野郎じゃねぇか。気に入った。手前ぇになら背中を預けられるぜ」


 ルカは認められたことを確認すると会釈程度に頭を下げた。


「ありがとうございますガノン様。期待に応えられるよう、全力を尽くしましょう。……それでは方々、戦いのその時まで宿でごゆるりとお過ごしください。私は片付けがあるのでこれで……」


 今度は国王に見せた最敬礼で頭を下げると、舞台に降りていった。言いたいことを言った国王も後のことはジョーに任せて先に文化会館から出ていった。


「お待たせしました。宿にご案内いたします」


 ジョーに先導されて文化会館を出て行く時にアリーチェは一つ気になったことを呟いた。


「……角は?」


 ルカの額の宝石が仮面の一部でないとするなら、鋭く尖った角が出ていないとおかしい。


「さぁな。転んだとかの事故か、戦いでもげたか。ま、そんなとこだろ」


 正孝は適当にそれっぽいことを推測を話したが、彼女はどうも腑に落ちずに終始頭を捻っていた。

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