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第一話 ヴォルケイン王国

「ほぇ〜……これがヴォルケインという国かぁ」


 ヴォルケイン王国。イルレアン国と並ぶ巨大都市である。町並みは古風だが、人々が行き交う石畳が敷き詰められた道路や街の灯り、そして何より城を中心とした城下町全土を覆う魔障壁がこの国の先進具合を明確にしている。ガノン率いる白の騎士団は”八大地獄”の壊滅を目論み、イルレアンより数日かけてようやくここにたどり着いた。

 感嘆の声を出したのは藤堂 源之助(とうどう げんのすけ)。初めての場所は目新しくてついつい見入ってしまう。


「なぁ、田舎臭いっておっさん。あんまキョロキョロすんなよな」


 正孝はそんな藤堂に呆れた視線を送る。かく言う彼もこの地は初めてである。藤堂ほどではないにしろ目移りしていることもしばしば。というより、ゼアルとガノン以外はキョロキョロと忙しない。


「……観光に来たんじゃねぇぞ」


「ああ、そうだな。ガノンの言う通りだが、街を見て回るなら後にしよう。先ずは国王に会わなければ話にならないからな」


 そういうとゼアルは前に出て城への道を先導し始める。


「……おいコラ、俺がリーダーだぞ。手前ぇは下がって列を後ろから見てやがれ」


「誰が前でも貴様が仕切ることには変わりない。リーダーならリーダーらしく構えていれば良いと私は思うが?」


 ガノンはゼアルを睨み、ゼアルは冷ややかに見据える。


「喧嘩ハ辞メネガ。ミッドモネェ……」


 ルールーはどこで仕入れたか分からない果物を手で弄びながらひと齧りする。カシュっと硬く食物繊維たっぷりの音が景気良く鳴った。


「え?何それ?どこで見つけてきたの?」


 美咲は物欲しそうにその果物を見ていた。ルールーは近くにいた部下に顎で美咲にも一つやるように促す。こっそりその辺の市で買い込み、後で食べようと腕に抱え込んだ果物を渋々渡している。


「フハハ!どれも歴史ある素晴らしい建造物よ!誰ぞこの風景を忠実に描いた芸術家はいないか?良い値で買おう!」


 バサバサと豪快な羽ばたきでいつの間にか離れていたアロンツォが戻ってきた。エルフたちもちょっとした市場で小物を買っていたようで、ハンターは部下に「これなんかどうかな?」とイヤリングを(かざ)している。

 この国に入ってからというもの、緊張感があるのはドゴールだけだった。イルレアンまで酒浸りだった彼は旅の中で断酒に成功し、元の鋭い眼光で一切の隙を感じさせない。だが、ここは争いのない壁に囲まれた安全な国内。戦場に馳せ参じたような緊張感は逆にこの場から浮いて見えた。


「……リーダーねぇ」


 この体たらくにアリーチェが苦言を呈す。各々が勝手な行動を続ける中、その身勝手な集団に近寄る男が一人。それを敏感に感じ取ったハンターが肩越しに確認する。


「どなたでしょうか?」


 その質問に気付いた者たちが一斉にそちらに目を向ける。


「……お出ましだな」


「”爺や”か」


 爺や。知る人ぞ知る老紳士。


「ゼアル様、そしてその御一行の方々。長旅ご苦労でございましたな」


 その言葉にガノンが一歩前に出る。


「……勘違いすんな、俺が中心だ。ガノンとその一行に訂正しろ」


 その言葉を聞いて流石の老紳士も困った顔で「ははは……」と愛想笑いを返す。


「ところで誰よこの人」


 美咲は不躾に尋ねる。それを聞いて気を悪くすることもなく老紳士は答える。


「これは申し遅れました。私はジョー=コルビン。気軽に爺やとでも呼んでくだされ」


「ジョー=コルビン?というと槍の名手で有名な”百連突きのジョー”でしょうか?お噂はかねがね」


 ハンターは目を輝かせながら握手を求める。それに即座に答えてシワだらけの細長い手で握り返した。


「有難う御座います。まさかエルフの方に褒められる日が来ようとは夢にも思いませんでした。それも懐かしい名で……もう若き日ほど動けませぬが、槍だけは私の自慢でしてな。これほど嬉しいことはありませぬ」


「こちらこそ!会えて光栄です!」


 ハンターは憧れの人に会った子供のように声を弾ませた。


「……おい、挨拶はその辺にしとけ。それより手前ぇは何のために俺たちに声をかけた?要件を言え」


 ズイッと前に出たガノン。その顔から苛立ちの色を見せる。人生の先輩と呼べる老兵に対して随分な口ぶりだが、ジョーはニコリと笑ってみせた。


「失礼しました。私があなた方に声をかけたのは国王の使いだからです。部下が門の所でお待ちいただくよう声をかけたようですが、城に出向くと言って聞く耳を持たなかったとか……」


「うむ、その通りだ。わざわざ使者が出向く必要もないと思ってな。どうせ国王は城から動くまい?」


 アロンツォは不敬に口を開く。


「ええ、そういう勘違いをなさっているものと思い、こうして私が出向いたというわけで御座います」


「……それじゃ今国王は城に居ないっつーのか?」


 ガノンの問にジョーはコクリと頷くと、右手を掲げて美術館と思われる歴史的な建造物を指し示した。


「こちらへどうぞ」


 ヴォルケイン屈指の文化会館「プリマール」。石造りの建物に細かな装飾が掘られた芸術的な建物。ここでは毎月色々な催し物が展開される。

 最初に美術館と感じたのも間違いではなく、様々な調度品や骨董品が並ぶ美術の祭典が開かれる。かと思えば、サーカス団がその体躯を駆使して行う危険で優美な曲芸を魅せたり、またはオペラや演奏会、演劇によるエンターテイメントが繰り広げられたりと飽きさせない。

 そんな説明をジョーから受けつつ、文化会館に入館する。


「へ、流石王様ってのはいい身分だよな。昼間っから芸術にどっぷりって、国民を馬鹿にしてるよなぁ」


 正孝は知った風な口で吐き捨てる。「しーっ!」とアリーチェは口に指を当てて黙るように指示する。聞こえていなかったのか、ジョーは特に何も言うこともなく先導していた。アリーチェは焦りながら正孝を睨み、コソコソと耳打ちする。


「余計なこと言わない!フリード王は気難しい人なんだから、もしへそでも曲げられたら追い出されるどころか処刑されちゃうよ?」


 正孝はムッとして顔を顰める。事実を事実として口にしたまでである。処刑をチラつかせられるとますます反抗心が芽生えた。無駄に力を持ってしまったが為の傲慢だ。


「ふふ、王の立場という物をまるで理解していない。見た目通りまだまだ若造ですな」


 後ろを振り向くこともなくジョーは正孝に向けて口を開く。


「……あぁ?」


 正孝は図に乗ってドスの利いた声で老紳士を煽る。


「……やめろ。手前ぇはいつでもどこでも喧嘩腰だな。少しは大人しくしてろ」


 ガノンは肩越しに正孝を叱る。


「その言葉……そっくりそのままお返しするぜ」


 無言のまま正孝を見ると冷ややかな目でこちらを見ている。他にも視線を感じた。ここにいる全員が正孝に同意といった風だ。


「ふふふ。まぁまぁ、仲間割れはその辺で……」


 ジョーの言葉が切れる。その視線の先には王の護衛と思われる、この場に似つかわしくないフルプレートの鎧を着込んだ兵士が立っていた。


「フッ、良イ目印ダギャ」


 ルールーは鼻で笑う。要人暗殺を企てるような不届き者がいたら、すぐにここを狙うことだろう。


「御察しの通りあの部屋で御座います。それでは参りましょう」


 簡単に通してくれなさそうなガチガチに固めた防備だったが、ジョーのお陰で素通りである。二階のボックス席に顔を覗かせると、踏ん反り返って座るこの国でもっとも偉い男が背もたれ越しに背後を確認した。


「おおっ来たか!白の騎士団諸君!」


 フリード=V(ヴィルヘルム)=ハイドクルーガー。ヴォルケインの王であり、王の集いでは”国王”と呼ばれ、ヒューマンの中では特に名の知れた人物としても有名。

 一人一人と握手を交わしそうなほど接近すると、満面の笑みでガノンたちを見渡した。


「観ていかないか?今日の演目は普段満員で中々席が取れないんだぞ?」


 ゼアルとガノンは顔を見合わせる。そんなことよりこの挨拶をさっさと済ませて休みたいとも思うが、フリード王はアリーチェの言う通り気難しい人間だ。断れば面倒になることは必至。


「有難う御座いますフリード王。それでは我々も鑑賞させていただきます。ちなみにその演目というのは?」


 背後の非難の目を無視しつつゼアルは話を広げる。フリード王はニヤニヤ笑ってステージに目をやる。


「天才的な人形劇。人形師(パペットマスター)の一人芝居だ」

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