三話 黒の円卓 前
ミーシャはイミーナを連れて円卓室に入る。ミーシャと”銀爪”以外の面々はすでに自分の席に座っていた。でかい円卓の机に主催者を除く、七つの椅子が用意され今日出席する人数を表していた。上座に”黒雲”右回りに見ると一席空きがあり、次に第三の席があり、四が欠席で、五の席と時計回りに順番があるようだ。
ミーシャは魔王のメンツを一瞥し、久々の顔ぶれに懐かしさを覚えた。彼女は円卓会議において皆勤賞である。百十数年前に魔王に成ってから今日まで欠席したことがない。創立メンバー内にも皆勤賞の記録は残されていないことから彼女が魔王の中でも異例なことがわかる。
良く言えば律儀で真面目。悪く言えば頑なで融通が利かないと捉えられる。
フンッと鼻を鳴らし、迷うことなく自分の席に座る。彼女は第二魔王なのでこの場合は”黒雲”と第三の間だ。イミーナはすぐ後ろに控える。到着したという割に未だ現れない”銀爪”を待つ。他の連中を盗み見るとそれぞれが各々の行動をしているようだ。
側近と話す魔王、書類に目を通している魔王、瞑想する魔王、ミーシャと同じく周りを見渡している魔王、いやこの魔王は最初からミーシャを見ていたようだ。バッチリ目が合った。
彼女は”蒼玉”。第五魔王であり「ぺルタルク丘陵」の統治者だ。
”蒼玉”はその名の通り蒼を基調としたカラーリングをしている。蒼い髪をポニーテールに結い、鮮やかな蒼い目をしている。その上、和服を改造したような雅な正装は白と青で清楚なイメージを醸し出す。帯どめのひもが辛うじて赤いくらいで他が目立つことはない。その蒼さを強調する透き通るほど白い肌。一見精巧な人形に見えてしまう程整った容姿。しかし確かな息遣いが妖艶さを引き立て、まるで花魁のような気品と淫靡さを兼ね備えている。
彼女はミーシャにそっとお辞儀をする。その所作一つ一つが美しい。ミーシャは円卓の会議場と言う事もあり、近くに行って挨拶したい気持ちをぐっと我慢して軽く会釈する。本当は「ヲルト大陸」に到着した時から現在に至るまで挨拶する機会はいくらでもあったのだが、気恥ずかしさが先行したのだ。照れてしまって挨拶に行けなかった。
それを長年の付き合いから察していた”蒼玉”は、ミーシャの返礼を見て嬉しそうに微笑む。かわいい。それが彼女のミーシャに対する思いだった。彼女はミーシャを気に入っている。食べてしまいたくなるほど初心なミーシャの言動は”蒼玉”の心の癒しだった。
ミーシャは彼女の統治している「ぺルタルク丘陵」の美しさを気に入って遠出の度、休憩という名ばかりの観光に何度も訪れている。その都度”蒼玉”の屋敷に訪問し、話をするうちに友達となっていた。
バンッ
とその時、けたたましい音を立てドアが開く。その音にみんなの視線が集中する。
そこに立つのは猫背で逆髪の男。サングラスをしていて目元は見えないものの、顎や頬骨の骨格、鼻の形から切れ長の顔立ちだと分かる。尖った両耳にピアスを三個ずつ着け、胸元が大きく開いた黒いYシャツを着て、細マッチョ特有の引き締まった胸筋を見せつけてくる。銀色で装飾されたゴテゴテのジャケットを羽織り、ネックレスの量も多い。
その上指輪を全部の指に嵌め、手首にはリングを何個か嵌めている。スリム型のスラックスを履き、ベルトの部分のチェーンがじゃりじゃり音を立てる。足元を見れば先が尖り、爪先が銀の装飾の革靴を履いている。その姿は誰の目にも装飾過多だ。手足が長いので一応似合っているのが救いだった。
その指で日常生活を不自由なく送れるのか?ネックレスは邪魔じゃないのか?ツッコミたいことはいくらでも挙げられたが何より気になったのは、この暗黒大陸でサングラスをしていることだった。ミーシャにとって意味不明すぎて混乱を呼ぶレベルだった。
みんなの視線が集まったところでそのチンピラは口を開く
「ようお前らぁ……待たせたなぁ」
口が開いたことで一瞬光が反射したから気が付いたが、舌にもピアスをしている。
(誰だ?)
この会議上に広がった空気はまさにそれだ。「待たせた」というセリフに、出席する魔王で唯一登場していないのは”銀爪”ただ一柱。だが今待っている魔王はこんな貧相な男ではない。こんなやつを見たことがない。
「なんだよなんだよ辛気くせぇなぁ…親父の葬式は終わったんだぜ?挨拶くらい返せよなぁ」
このセリフで注目を集める為にわざわざでかい音を立てたのだとミーシャは察した。ミーシャの知る”銀爪”はこんな男ではない。
第七魔王”銀爪”。ここから南西に位置する大陸の、海に面して14の小島が密集し、そのすべてを領地とする”カサブリア王国”の主。人間の国が近くにあり、年に2回はぶつかっている情報をよく聞く。
体つきは筋肉過多の超マッチョで、ロケットチャームを一つしていた。指輪も右手の中指に幅のあるゴツイのを一つ嵌めていたのを覚えている。筋肉の見える鎖帷子に白いジャケットを羽織り、膝から下の足回りを鎧で固めた出で立ちは魔王というより将軍をイメージさせた。現在の黒の円卓で二番目に大きな体を持ち、座っているだけで威圧感を与えていた。
その”銀爪”が死んだのだろう。あの寡黙につがいがいたのも驚きだが、息子がいたのも驚いた。魔王の座が次代に引き継がれ、今回がそのお披露目なのだ。
「待っていたよ”銀爪”……君の席は……わかるね?」
新”銀爪”に返答したのは第一魔王”黒雲”。この瞬間この場の疑問が完全に氷解し、程度の違いはあれ警戒を解く。”黒雲”は一切の感情なく着席を進める。黒子のように顔を隠し表情が読めない。体は大きいような気もするが、黒いブカブカの着物のような上着を羽織っていて男性か女性かも不明だ。声も魔法でいじっているのか、こもった様な変な声だ。
ニヤニヤしながら側近を二人連れ”蒼玉”の隣の席にドカッと座る。すぐ後ろに侍る側近は”銀爪”の趣味だろうか、娼婦のように肌を露出させた女性二人。円卓の机上に足を乗せ不遜な態度で、あたりを威圧するように見ている。特に”蒼玉”には、ねっとりとしたいやらしい視線を向けている。
「……では、そろったところで”黒の円卓”の会議を始めよう」
みんなの視線が”黒雲”に向いた時
「いいぞぉ!始めてくれぇ!」
”銀爪”がそれに茶々を入れる。後ろの側近もその光景にクスクス笑っている。役員会議に会社の人間でないチンピラが何も知らずイキっているような場違い感に一部の部下たちは困惑する。このチンピラ的には場が和んだと錯覚したところで”黒雲”に顎をしゃくって続きを促す。
(まさか”銀爪”いまのでこの場を支配したつもりなのか?!)
”蒼玉”の家臣は主の隣に座り、不遜な態度をとり続けるチンピラに力や見た目ではなく、その馬鹿さ加減に恐怖していた。様々な魔王を見てきた。当然、不遜な態度をとるような魔王もチラホラいたが時間と場所はわきまえていたし、魔王同士にも上下があることくらい理解していた。
だがこいつは何よりも第一印象を大事にしているらしい。注目が集まるように音を立て、装飾過多の見た目で存在を刻み、不遜な態度で威圧し、有無を言わせないよう布石を打っている。
やりたいことは分かるがやり方が幼稚すぎる。
その上、魔王全員の実力が拮抗しているならこの態度は分からなくもないが、異次元の領域まで違う御方がいる現円卓にこの態度は無謀を極める。
現”銀爪”が破格の実力なら別だが、前”銀爪”からそんな情報は聞いたことがない。”蒼玉”含めここにいる全魔王の様子をこっそりうかがいながら”銀爪”の部下でもないのに心の奥で戦々恐々としていた。
「ふざけるな……」
その声に注目が集まる。この態度に不快感を覚えたのはこの円卓全員の総意だが言葉にして出したのは他ならぬミーシャだった。