第四十二話 狂気の血潮
「おい!あまり乱暴にするなっ!まだ検証中だぞ!」
空が赤くなる時刻。騎士たちがキャラバンの残骸を片付けながら現場検証をしていた。
「検証って……いつまでやるんです?ふっ、見たら分かるでしょうに……」
部下は半笑いでこの悲惨な現場を一瞥する。
「笑うなっ!死者に対して失礼だと思わんのかっ!!」
「も、申し訳ありません!」
バクスの剣幕に圧されて即座に頭を下げた。そんなやり取りの最中、バクスの背後で控えていた部下が話しかける。
「しかし副長。相手はブルータイガーで間違いないんでしょう?こんなもんまで置いていって……」
そう言って出したのは野盗集団が掲げている青地に白の虎が描かれた旗だった。
「ああ、奴らだろう。多分奴らだろうが、これはやりすぎだ。ブルータイガーを騙った新手の盗賊団の可能性も考えられる。第一、この辺りは奴らの縄張りとは外れている。この際、ブルータイガーを潰すのも良いかも知れんが、それを見越して新手に背後を取られたのでは元も子もない。確証を得ない限り、動く事は出来ん」
もっともな意見だ。ブルータイガーの仕業に見せかけて潰し合いを誘うなど、縄張り争いをしている同業者の考えそうな事だ。本当に潰れればそれで良し、疲弊すればそれを飲み込んでしまうのみだ。ブルータイガーの親玉を追いやった内の一人が言うのだから、その可能性は大いに考えられる。使い古された手ではあるが効果的だ。
バクスの考えがよく分かった部下たちはそれ以上言及する事なく作業を再開した。
「ちょ、ちょっと待て!部外者は立ち入り禁止だ!」
その時、騒がしい声が聞こえてくる。そちらに目を向けると、鎖で上半身を固定されたような男が規制線を越えて入ってきていた。
「俺ぁこの人たちと旅をして来た、言わば仲間よ。弔いをしてぇから通してくれや」
「今は現場検証中だ。荒らされたら困る。時間を置いてもう一度来い」
男は無機質な顔で騎士を見た。その顔に背筋を凍らせた騎士は、自分の命を守ろうと剣の柄に手を伸ばす。
「待て待て、何をするつもりだ?」
バクスは部下の奇行を止め、男を見た。
「お前、確かトウドウだな?団長から話は聞いている。入れ」
「副長!?しかし……」
「良い、俺が責任を取る」
そう言われてはもう何も言えない。言えないが、さっき荒らすなとか色々言う割に手のひらを返されたことに不満を抱いていた。そんな事など気にも留めず、被害が一番酷い血溜まりまで一緒に歩く。
「お前とキャラバンがどの様な関係性なのかは知らんが、この方々はこの国に尽くしてくれた。我らもお前と同様、弔いを済ませ、丁重に葬るつもりだ」
「ああ、この世界の 仕来りを俺ぁ知らねぇからな。そこんとこは頼むぜ」
藤堂は血だまりの中を臆する事なく歩き始めた。「お。おい……」というバクスの制止を無視してキャラバンの団長であるコンラッドの側まで歩いた。
左腕をへし折られ、右腕を切り落とされ、背中を滅多刺しにされた亡骸がそこにはあった。血だまりに浮いていた草臥れたハットを拾い上げると、コンラッドの頭に被せてあげた。
「……すまねぇなぁ……俺が居なかったばっかりに……」
藤堂は両手を合わせた。しばらくそのまま目を瞑って黙祷を捧げると、ふっと目を開いてコンラッドの懐に手を伸ばした。それで気づいた様にハッとしてコンラッドを見つめ、グッと口を一直線に引き絞って立ち上がった。
「何処のどいつだい?こんな酷ぇことしやがったのは……」
哀愁漂う背中にバクスはため息をつく。
「ブルータイガーという野盗集団だが、旗を置いていった様でな。もしかしたら奴らの仕業に見せかけた新手の盗賊の可能性も含めて捜査中だ。知っていることがあったら話を聞きたいのだが……」
「……旗を見せてくれ。何か思い出すかもしれねぇ」
バクスは部下の持っている旗を指差した。それをじっと見て一言。
「……知らねぇな」
まぁそうだろうとバクスも思う。襲われた時に一緒にいたなら別だが、そんなわけでもない奴に分かることなど限られる。
「……コンラッドキャラバンが野盗集団と争ったなどの心当たりもないか?」
「ああ、無ぇ。無ぇけど、もうあんたらも検証する必要は無ぇぞ。俺が直接行って確かめてくらぁ」
藤堂はふらりと歩き出した。
「おいおい、何処へ行くつもりだ?これをやった連中が何処にいるのかも分からないのに……それに一人は危ない。腕に自信があるなら我らと共に行動すれば良い」
「俺だけで良い。つーより、そっちの方が都合が良いんでなぁ。あんたらはこの方達をよろしく頼む」
こんな時、バクスなら是が非でもこの復讐者を止めただろう。貧相な男だ。自分と比べたら一回り以上小さな体、まず戦いには不向き。
しかし、バクスはただ見送った。藤堂から発せられるネットリとした嫌な空気は、殺意や怒りなどの類では到底言い表せない。ここで引き止めるのは、自分の命をも危うくさせる。
徐々に小さくなっていく男の背中は強烈な異彩を放ち、やがてその姿を見失った。
*
その夜、ブルータイガーは思った以上の収穫に色めき立ち、追撃の作戦も忘れて宴を開始した。
馬車に乗っていた食料や酒は、普段食べたり飲んだりしている様な物とは違ってかなり高級だった。我先にと奪っていった宝石の類もかなりの値打ちもので、当分の凌ぎとなる。
「これは鉄に近い物質ですね。希少金属なんてものではありませんよ」
野盗集団の中で唯一鑑定が出来る線の細い優男、インテリヤクザと言える様な丸メガネの男がその手に持つ指輪をスキンヘッドに返した。
「あ?マジかよ。あのコンラッドが死ぬまで離さなかった指輪だぞ?絶対何かあるに違いねぇ」
スキンヘッドは火の明かりに指輪をかざしてその輝きを見る。
「単なる感傷じゃないっすかね?奥さんが死んだとか。婚約指輪ってそういうシンプルなもんじゃなかったっすか?」
茂は興味無さげに呟く。その返答にムッとして茂を睨む。
「いいや、そんな訳無いね。きっと魔道具か何かだ」
スキンヘッドはその指輪を懐に仕舞った。実はスキンヘッドも茂と同じ考えだったが、茂に指摘されたのが悔しくて考えを捻じ曲げた。そのことに気づいた茂は肩を竦めて呆れていた。
「兄貴!」
部下が急いで走ってきた。
「どうした?騎士の偵察隊でも来たか?」
「そ、それに近いと言うか……どういったらいいか」
返答に困る様だ。
「とりま行ってみるっすか?どんな奴らか見てみたいし」
茂とスキンヘッドは部下に案内されて、やってきたと言う何かと対面する。
「何と言うか……貧相な男っすね」
「それお前が言えんのか?」
ちくっと刺す様な言葉に茂はイラっとした顔を向ける。そんな茂を置いておいて、スキンヘッドは声をかける。
「お前は何だ?誰の差し金で動いてる?」
「俺ぁ個人で動いてる、ただの流れ者だ」
「ふっ、そうかい。で、何の用だ?仲間に入りたいのか?」
「ちょっと聞きてぇんだが、イルレアンの目と鼻の先でキャラバンを襲ったのはあんたらかい?」
昼間の出来事だ。おこぼれに預かろうとしている乞食だろうと踏んだスキンヘッドはニヤリと笑って答える。
「中々耳の早い野郎だな。おうよ、襲撃する丁度この日に運良く稼がせて貰った。仲間に入りたいんだろうが、お前はダメだ。だいたいなんだ?その鎖は?邪魔にしかなってないだろ」
「よかった。あんたらがやってたんだな?新手だったらどうしようかと思ってたんだ。ここまで探すのも一苦労だかんなぁ……」
スキンヘッドの質問に答えることなく勝手に納得する男。その言動にムッとする。
「おい、聞いてんのか?」
「ああ、聞いてるよ。その質問に答える前にもう一個教えてくれ。コンラッドさんの懐に隠し持ってた簡素な指輪……今誰か持ってるかい?」
「ん?……へっ、こいつのことかい?」
スキンヘッドは指輪を取り出して見せびらかす。男はうんうん頷き、スキンヘッドを見据える。
「まず第一に、あんたらの仲間になる気はこれっぽっちも無ぇ。第二に、そいつを俺にくれねぇか?そいつを俺に素直に渡してくれるんなら、俺は何もしねぇ。ここから立ち去って、あんたらに関わる真似は二度としねぇことを誓うぜ」
男は貧相な手を前に出して指輪を求める。
「ありゃ?良かったじゃ無いっすか。そんなもん売れないし、とっとと渡して引きはらっちまえば……」
茂はスキンヘッドに進言する。スキンヘッドはかざしていた指輪を手のひらに収めると、そのまま懐に入れた。
「バーカ。そんなわけに行くかよ。……お前如きに何が出来る?お前が関わらないことの得が分からないんだが?」
「……つーことは返さねぇと?」
「返すわけないだろ。バカか?欲しけりゃ取ってみろよ。ま、お前にゃ出来ないだろうがな」
ニヤニヤ笑って煽る。その返答に待ってましたと男はドス黒い笑顔を見せた。
「ありがとうよぉ……あんたならそう言ってくれると信じていた」




