第四十一話 またいつか
──イルレアン近郊。小高い山の上にて。
「……で?間違いねぇんだろうな?」
スキンヘッドで顔に魔獣にでも傷付けられたような痕のある大男が大蜥蜴に乗り、部下と思われる貧相な男に尋ねる。
「へぇ。間違いありやせん。野郎があのラルフにやられたってのはもっぱらの噂でさぁ」
「はんっ!噂ってのは尾ひれが付くもんだ。もし嘘だったら俺らが返り討ちに遭うだけだぞ?」
野盗集団"青虎"。本来の縄張りはこの辺では無いが、数日前から騒がれる例の噂を聞きつけて、縄張りの拡大を始めた。
「つっても兄貴。ここいらでデカい獲物を獲っとかねぇと俺らだって危ねぇぜ?野郎がやられちまったってことは、今イルレアンは日和ってるだろうってオヤジが言ってたし、ここっきゃねぇよ」
無理な拡大はまばらに点在していた他の野盗連中も取り込み、勢力をも拡大をしながら危険域に突入していた。戦闘員が増えれば、それだけ自分たちの取り分も奪われて食う物に困る。ここで大きな国でも傘下に置ければ、蛭のように美味いものを啜れる。
「俺が言ってんのはそれがちゃんとした情報かってことだよ!噂だけじゃ動けねぇって言ってんだ!」
スキンヘッドは苛立ちながら喚く。山を埋め尽くす軍隊を持っても、自分が死ぬようなことは避けたい。慎重派なハゲ男は部下を睨めつける。部下たちはその目にバツが悪そうに俯いた。
「ちゃんとした情報っすよ」
そんな情けない部下たちの間から声を発したのは、この中では一番若い男性。葛見 茂だ。
エルフの里から離脱した茂はブルータイガーに身を寄せていた。
「兄貴っ!」「クズミの兄貴!!」
茂は気分が良かった。歩けば道が開け、道を通ればこうして尊敬の眼差しと媚びへつらう声が聞こえてくる。元の世界ではどうあがいても無理だった上位者としての立場を目いっぱい味わっていた。
この若い身空であっという間に自分と同じ地位にのし上がった茂を疎ましく思いながら、スキンヘッドは尋ねる。
「情報に誤りがねぇと?じゃあ教えろクズミ、どっからの情報だ?」
「証言者が多いらしいっす。何でも中にいる同業者が情報を売ったとか何とか……」
「俺の聞きてぇことは一つよ。信用出来んのかってとこだ」
「出来るんじゃないっすか?オヤジさんの言い分じゃ、今回ばかりは手放しで信用できるとか言っちゃってっすからね。何でもその同業者、イルレアンの上層部に私怨があるそうっすよ」
「同業者だ?どうにも胡散臭ぇ話だが、中にいる奴の情報ってんなら話は別だ。もしかしたらその場に立ち会ってる可能性もあるしな」
小さく見えるイルレアン国を見ながらふっと笑った。
「オヤジもしつけーよな。イルレアンから追い出されたことをずっと根に持ってやがる。ま、俺らは楽しく暴れて人をぶっ殺したり、もの奪ったり出来りゃそれで満足よ。そうだろクズミィ」
ニヤッと笑うスキンヘッドに茂はへらへら笑い返す。それを同意と受け取ったスキンヘッドは気分良く振り返る。
「昼前にちょっかいをかける!一発かまして撤退の後、四部隊に分かれて陽動と奇襲を繰り返すいつもの手で行くぞ!相手の疲弊を誘うんだ!良いなぁ!!」
「「「おーっ!!」」」
勝鬨のような威勢の良い声を張り上げる部下たち。それに僅かばかりの関心を示しながらスキンヘッドをチラッと見る。
「先輩はここに入る前は隊長か何かやってたんすか?」
「まぁな。人に歴史ありだぜ?クズミ」
*
「いやぁ、すまなんだなぁ」
イルレアンの門の近くで行商人の馬車が集まっていた。コンラッドキャラバンが荷卸しを済ませ、今日出て行く予定となっていた。
「もう何度も聞いたぜコンラッドさん。あれは何も考えずに侵入しちまった俺が悪い。上に掛け合おうとしてくれただけでも感謝に絶えねぇ」
藤堂は頭を根限り下げて両手を合わせた。仏に祈るような振る舞いにコンラッドは頬を掻きながら照れる。
「……本当にここに残るのかい?」
「あ?ああ、やることが出来ちまってな……すまねぇがここでお別れだ」
「そうかい……残念だなぁ」
しみじみと呟くコンラッドに藤堂は苦笑する。
「俺は恵まれてる。良い人ばかりにお世話になって……そういえばラルフさんがこの国に来たそうだなぁ。ひと暴れして出てったとか」
「はっはっはっ!中々アホなことをするわ!あいつはいつも突飛だからよ。すれ違ったのは残念だが、生きてることが分かりゃ良いや。またいつか会えるってもんだ」
「……だなぁ。近く会えることを祈ってるよ」
「おうよ、お前さんも達者でな。またどこかで会ったら酒でも飲みながら話しを聞かせてくれや。あ、そうそう。そういやさっき……」
藤堂との別れを惜しむコンラッドは、いつまでも話をしようとするが、門番と話をつけたキャラバンのメンバーが駆け寄ってくるのが見えた。
「旦那っ!手続きが終わりましたぜ!いつでも出られます!」
「おう、そうか。じゃあ今度こそお別れだな」
コンラッドは御者台に乗り込むと馬に綱を打つ。藤堂に対して草臥れたハットの鍔をちょんっと摘むとそのまま門から出て行った。
「……ふっ、親子だねぇ……」
その挨拶がラルフと被った。藤堂は踵を返して白の騎士団の寝ぐらに戻る。八大地獄討伐のために奴らをおびき出す予定らしい。どこにいるかも分からない連中を無闇に探すよりは確実な方法だ。
しかし、戦う場所をどこにするつもりなのか?そういうのは一切決まっていない。ガノンのような脳筋に策を弄することなど土台無理な話だろう。他の面子が考え、実行出来るならそれで良い。時間は無限にある。そんな風に思いながらフラフラ戻って行った。
——その日、イルレアン近郊に現れた野盗集団はコンラッドキャラバンを襲った。藤堂の居ないキャラバンは瞬く間に壊滅。砕けた馬車、散乱する物品、流れる血、命の火が消えて誰も彼も地に伏した地獄のようなその場所に、血の池に浸かる草臥れたハットだけがゆらゆらと揺れていた。




