第四十話 新顔
「……ロンは?」
ポータル経由で戻って来たラルフたち。戻って早々に出迎えたのは”天宝”ことナタリア=マッシモ。相変わらず不機嫌そうに話しかけて来た。
「白の騎士団の集まりに参加してるぜ。そのまま別れたよ」
「ふーん……で?それは?」
ナタリアが指を差したのは歩。言われた歩は「それ……」と自分を指差しながらショックを受けている。
「えー……何だっけ?ああ、クサベだ。クサベ=アユム。イルレアンで俺たちの旅に同行することになった」
「クサベ=アユム……ねぇ……」
「あ、よろしくお願いします。えっと……」
ふいっと顔を背けて歩の挨拶を無視する。
「おい失礼だろナタリア。挨拶くらい返せよ」
「気安く呼ぶな」
吐き捨てると振り返ることなく歩き去った。歩は疎外感を感じて「はは……」と自嘲気味に笑う。それに対してミーシャが鼻を鳴らしながら口を開く。
「ま、気にするな。あいつは別に私たちの仲間というわけじゃない。空王に同行する護衛兵ってところだ」
「え、あ……そう、なんですね。……空王って誰だ……?」
困惑する歩の背後でブレイドが困り気味に笑う。
「めちゃくちゃハッキリ言いますね……仲間になってくれるなら頼もしい方ですが、そういうわけにはいかないでしょうね」
「だよね。話しかけても大概無視されるから話さない方がいいですよ。たまに凄い饒舌になる時がありますけど、ほとんどが悪口なんで、やっぱり話さない方がいいです」
アルルは顔色一つ変えずに答えた。いつものことだと言わんばかりに。アンノウンはアルルに少し感心していた。「え?いつの間に話してたの?」っと興味ありげに尋ねている。
そこにティアマトが通りかかる。
「あ、ティアマト。ちょっと良いか?」
ラルフが手招きして呼ぶ。心底面倒臭そうな顔で近寄って来た。
「何だ?手短に話せ」
「こいつは今日から旅に同行するアユムだ」
「あ、どうも。歩です」
ティアマトをわざわざ呼びつけたところから、彼女は正規の仲間なのだと推測した歩は手を差し出す。その手をチラッとだけ見たティアマトは小さくシャーッと威嚇しつつ牙を剝きだす。ビクッとして手を引っ込めると満足げに去っていった。
「……悪いな、あいつは最近入ったばっかりで仲間意識の欠片もない。あいつなりの挨拶だと思って受け止めてくれ」
「ねぇ、やっぱあいつちょっと躾けた方が良いんじゃない?」
「そうだな。追い追いそれも必要だろう……」
ミーシャとラルフが物騒なことを話しているのが気になって、ビクビクしながらそっと尋ねる。
「えっと……ティアマトさん?はどういう方なんです?」
「ちょっと複雑なんですが、ミーシャさんの命を狙って来た魔王の一人です。どうして仲間に?ってのは一口に言えませんが、今は一応仲間って感じの方です」
「あの人ともあまり話さない方が良いですよ?無口ですし、たまにああやって威嚇して来ますし」
唖然だ。仲間もこんな感じだとか、先が思いやられる。仲間になったのを若干後悔していた。
「ミーシャ様」
声のする方を見ると、見たことのある顔に出くわした。吸血鬼ベルフィアと魔獣人の生き残りジュリア。歩はかなり警戒しながら自己紹介をする。ジュリアはスンスン鼻を鳴らして歩の臭いを嗅ぎ、どういう存在なのかを精査する。
「アンノウン ト同ジ臭イヲ感ジル」
「え!?」
アンノウンが急いで自分の臭いを嗅ぐ。ジュリアの一言で一瞬にして「え?まさかそういう関係?」という空気が流れた。
「違ウ違ウ。ソウ言ウ意味ジャ無クテ、コノ世界ノ人間デハ無イッテ事。独特ナノヨ、アナタ達ハ……」
「何だ……脅かさないでよね」
アンノウンがホッとして衣服を整える。歩は少々傷付きながら「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「そちはどんな能力を持っておルノじゃ?」
「僕ですか?主に索敵能力を……」
「索敵?そうか、地味な能力じゃノぅ。ふむ、見タところ戦闘も出来そうじゃし、戦力としては使えそうじゃな。簡単に死ぬなヨ」
赤い瞳がギラリと光る。歩の背筋に冷たいものが流れた。相手は吸血鬼。捕食対象を見るような目は、肉食獣のそれだった。
「ベルフィア、脅かすなよ。アユムがビビっちまうだろ?」
ラルフが指摘すると、ムッとした顔になった。が、特に言い返すこともなく腕を組んで黙ってしまった。
誰も彼も強者揃いで萎縮してしまう。この建物の中だけ異次元にでも居るような感覚だ。この中で一番弱いのがリーダーのような空気感を出しているラルフだというのだからふざけている。
「……そうだ。ラルフさん」
「ん?」
「聞きたいことがあるんですけど、良かったら後で時間良いですか?」
「ああ、後でが良いんだな。分かった、じゃあ先に他の連中の紹介も済ませちまおう。あの姉妹はどこにいるんだ?」
「ソレナラ台所ニ何体カ居タト思ウ。後ハ書物庫トカジャナイ?」
姉妹というのが何人を指しているのか分からない歩だったが、これだけは分かった。
(このパーティー……男が少ないぞ……)
自分を含めてもこの場だけで三人。いや、この大きさの要塞だ。少ないにしてもまだ何人かいるはずだろうと思い、ラルフたちの後についていく。結果、紹介された男性陣は魔力の化身と化したアスロンと亜人のウィーの二人で、全員合わせても五人だけだった。
*
一応全員の紹介を終えたラルフは自分の部屋に歩を入れた。
「同じような扉ばっかで分かりにくいかもしれねぇけど、ここが俺の部屋だ。なんか用事があったらいつでも扉を叩いてくれ。出られる時はすぐ出るぜ。そういえばあの部屋で良かったか?家具も乏しいし、便所付きじゃねぇが勘弁してくれな」
「あ、はい。ありがとうございます。というか、まさか個室をいただけるとは思っていませんでした」
「ん?エルフのとこは大部屋とか相部屋だったのか?」
「いえ、個室はいただけたんですが、カーテンで仕切られてて……何やってるか筒抜けだったというか……」
「ああ、なるほどね」
部屋に一脚しかない椅子にドカッと座ると、歩にはベッドに座るように手で指差した。背もたれの部分が前に来るように座ったラルフは、椅子の背に腕を乗せて歩が恐縮しながら座るのを見ていた。
「……で?話ってのは?」
座って落ち着いたところを見計らって声をかける。話しやすい環境、自分に対する気遣いを感じた歩はラルフに少し感心した。学校の担任でもここまでの気配りは出来なかったと記憶している。
「あ、えっと……色々と分からないことがあって……」
「ま、外の世界の住人だって話だしな。俺が答えられる範囲だと良いんだが……」
ラルフは顎を撫でながら歩の言葉を待った。
「何というか……怖くなかったんですか?」
「怖い?何のことか……ああ、さっきの戦いか?」
「あ、はい。すいません言葉が足りなくて……」
「気にすんな。そうだな……怖くなかったと言えば嘘になる。相手は抜き身だったし、何より騎士団の団長を張るくらい腕に自信のある男だからな……」
ゼアルのことを思い出しているのか、遠い目で床を眺めている。
「その団長の実力を知りながら、どうして……立ち向かえるんですか?」
「そうだな……前の俺なら手を出さなかったろうぜ。実力の差はハッキリしてたし、逆立ちしても勝てねぇのは実践済みだ。でも今の俺は変わった。ふふ……実はよ、俺はサトリ……神様って奴に力をもらったのさ。以前の俺じゃ比べ物にならないくらいには強くなった。つっても恐怖はあったぜ?それでも立ち会えたのは、野郎と少なからず因縁があったからだな」
「……因縁」
「おうよ。そいつを解消しなきゃ気持ち悪ぃし、何より舐められっぱなしってのも気分悪いだろ?」
「そ、それで一騎打ちを?で、でも、よくあの戦力差をひっくり返しましたね。確信があったとか?」
「ん?まぁな。正直勝てるかどうかまでは分からなかった。ただまっすぐ突っ込んでも斬られるだけだしよ。策を弄するほかなかったが、上手いこといったな。良かった良かった」
ニカっと笑う。ぶっつけ本番の対決。それを制したのは僅かな読み合い。
「す、凄いなぁ……僕なら逃げてますよ。僕だってこの世界に来てから力をもらいましたが、埋められない差ってのがありますし、数値を見たら一目瞭然じゃないですか……」
「数値?何の話だ?」
「へ?いや、ステータスですよ。相手の強さを見ないと戦えないでしょ?」
「そりゃそうだが……って、もしかして相手の強さを測れるのか?」
「え?ある程度の経験値を貯めたら誰でも見れるとかそういうのでしょ?」
「聞いたこともないぜ……」
二人の話に齟齬が生まれる。ラルフが少々考えて、ふと顔を上げた。
「なぁおい、能力は”索敵”って言ったな?」
「え……はい」
「それどころじゃねぇぞ?多分そいつは”識別”の能力だ」
「識別?」
「ああ、相手の能力を盗み見れるんだよ。それが索敵の役割を果たしてんだ。となれば凄ぇぜ、そんな能力があるなら危険とはおさらば。理論上誰にも負けねぇよ」
正孝や茂や美咲、アンノウンにもない能力開示。敵の強さをぼやっと測れてた頃は正孝に重宝されていたが、彼がエルフの里を出て行ってからというもの、すっかり忘れていた。エルフを見限ってイルレアンまでの道中でかなり成長したのが今の形までなったというべきだ。
他人と意見交換しないと気づかないこともある。多少なり使える能力だとは思っていたが、まさかこの世界が自分の見ている世界と少し違うとは夢にも思わない。
「……もしかして俺の能力が見えるのか?」
「え?ええ、見えます。装備している武器も、あの国で見せてもらった能力も文字で見えてますよ」
「マジか!?”小さな異次元”も見えてんのかよ!驚いたな……いや、そういえば強さを測れるのはサトリがやってたな……つまりそれは神の如き能力ってわけだ。あっぶねー……他の奴の仲間になってたらヤバかったなぁ……」
心底安心した様子のラルフに歩は何故だか嬉しくなった。自分という存在が本当の意味で認められたようなそんな気になったからだ。
コンコンッ
丁度話が一段落したところで、ノック音が聞こえた。
「──ラルフー。ご飯食べよー」
「ミーシャか。おう!すぐ行く!」
返答の後、すぐに席を立つ。
「行こうぜアユム。ちょっと遅いが晩飯にしようや」
「はいっ!」
二人して部屋を出る。もう歩の顔には不安はなく、ラルフと肩を並べて大広場まで堂々と歩いた。




