第三十七話 殺気の応酬
「あっ!ラルフさん!」
アンノウンはアルルの声に振り向く。
「遅いよ。何やってたの?」
「悪い悪い!……へへ、ちょっとな」
ラルフはミーシャを伴って歩を先頭に戻ってきた。ブレイドに刃を向けられたダルトンは迷惑そうな顔でラルフを睨む。ラルフはその目に状況を悟ると周りに目を向けた。
「あー……増えたなぁ……」
当然といえば当然だが、ここに飛行艇が降り立ったのは門番が見ているし、それを通信機で知らせないわけがない。犯罪者を駆けずり回って探していた騎士たちがこの別邸目指して集まってきたのであろう。鉄柵の間を縫うように弓を構えている。
「……早く飛び立つぞ。これ以上増えられては面倒だ。というより飛び立てるか?」
ダルトンは増え続ける騎士に不安を覚える。飛行艇の材質は木である。大気を航行するこの船に穴が開くなど関係のないことと思われるが、表面に穴が開けば魔力の流れや浮力に影響が出る上に、動力に当たれば最悪暴発の恐れも出てくる。開発者の一人なだけに、もしそんなことになったらと想像力が働く。
「?……ガンブレイド隊じゃないからそう心配する事はねぇだろ?」
「お前は飛行艇の何たるかをまるで分かっちゃいない。素人は黙ってろ」
局長のアイナを筆頭に魔法省の粋を集めて作り上げた飛行船を馬鹿にされたように感じてプイッとそっぽを向いた。
「大丈夫です。魔障壁を展開させれば怪我一つなく飛べますよ?」
「それは……アルル様の言う通りですが……」
「様はやめて下さい」
アルルは一度も敬称を付けて呼ばれたことがないので言われたら困惑する。敬愛するアスロンの孫であり、現局長の娘であることを思えばダルトンには「様」を付けないことの方が難しい。お互い無理なお願いである。
「でもこの人の言う通りです。ちょっと集まりすぎて怖いですし、早く飛び立ってここを出ましょうよ」
歩は怯えだす。攻撃するつもりもなく、ただ黙ってここにいればいずれ矢が飛んでくる。相手の戦力が測れる歩からしてみれば、騎士一人一人の力はそこまで強くない。というより歩と比べたらかなり弱い。
手を出すことに難色を示すのは、ゴブリンの時とは違い同じ種族に手を掛けるのは気が引けると感じてのことだ。命の価値は各々が無意識に定めている。種族関係なく、全ての命は決して平等ではない。
「よし、飛行艇に乗り込め」
ラルフの合図を機にブレイドとダルトンが最初に乗り込む。動力を始動させ、今すぐにも飛び立てる環境を整える。
その最中、アルル、アンノウン、歩の順に乗り込み、次いでミーシャが船に手を掛けたその時
——ヒュンッ……スタンッ
空気を切り裂く音が聞こえ、ラルフの足元に矢が突き刺さった。ダルトンはそれを見て焦って声を張り上げる。
「おいおいおいっ!何やってんだ!俺を殺すつもりか!?」
人質のくせに誰より大声で騎士たちの攻撃を止めるダルトン。しかし、弓矢が飛んできた方向を見た時、ギクッとして体が固まる。
門のところで入るか入らないかでわちゃわちゃしていた騎士たちの群がザッと避けている。そこに立っていたのは黒曜騎士団団長、魔断のゼアル。人類最強と名高い男が、部下に弓を渡してズカズカと入ってきた。その足取りは人質を取られたなど意に介していない。
「あ、よぉゼアル」
ラルフは手を上げて、馴れ馴れしく名前を呼んだ。ゼアルは剣を抜き、まだ間合いが遠いにも関わらず、ザンッと踏みしめるように足に力を込めてゼアルは構えた。辺り一面に撒き散らされる殺気と闘気。真っ黒な鎧の下にある鍛え上げられた筋力がメキメキと悲鳴を上げて戦闘に備えている。
「……つ、強い……」
カサブリアで一瞬の内に第七魔王”銀爪”を屠った剣。それ以上の力の奔流を歩は確認した。あの時も本気の一撃である事は疑いようがないが、こっちは大気をも両断しそうなほどの勢いがある。異常なまでのステータスの上昇だ。ミーシャを除けば、今ここに居る誰より強い。人類最強の異名は伊達ではない。
「えぇ……無茶苦茶怒ってんな……俺に名前を呼ばれるのはそんなに不服かい?」
「ああ、貴様が生きているだけで不服だ。前に出ろラルフ。貴様の命と私の気持ちに決着をつける」
「気持ちだって?随分と自己中心的な理由だな。この国に侵入したことに対する罰とかそんなんじゃねぇのかよ?」
「身勝手で構わん。前に出ろ……三度は言わんぞ?」
ゴゴゴ……と燃えるような音で空気が震える。立ち上る気はうねりを上げて地に草に木に人に伝播し、ざわざわと騒がしく囃し立てる。「ラルフを殺せ」と聞こえてくるように……。
「……させない」
ミーシャがギロッとゼアルを見る。辺り一面にあったゼアルの殺気が、ミーシャのひと睨みで吹き飛ばされ、しんっと静まり返る。あるのはゼアルが自ら放つ殺気だけ。
何もかも力でねじ伏せ黙らせる。さっきまであったゼアルへの恐怖が一瞬で薄れるほどの濃度の濃い殺意。ゼアルの殺気に当てられてその気になっていた騎士たちが、固まって身じろぎ一つ出来ずに、ただ目を見開いてミーシャの一挙手一投足に注視する。
桁違いの暴力の渦はまるで台風のように全てを飲み込む。
「待てミーシャ」
その台風を散らせるのはゼアルの力でも天災でも神でもない。
見た目はただの一般人、草臥れたハットと衣装が特徴的なヒューマン、ラルフその人だ。
「せっかくだ。相手になるぜ」
「えっ!?」
ラルフの返答はここに居る全員を驚かせた。これは挑んだゼアルも例外ではない。
(何を企んでいる?)
ラルフの性格上、逃げることを第一に考え行動する。ここでゼアルを相手にするのは無駄と断じ、色々と言い訳を付けて去って行くのがラルフという男だ。
ラルフの表情から読み取ろうとするが、何を考えての発言か全く分からない。戦えば一刀のもと両断出来るほどの力の差があるというのに……。
「でもラルフ……」
ミーシャの心配は最もだ。彼女の中にあるのは、切っ先をこめかみに突き付けられたラルフの姿。ミーシャが止めなければ彼の頭が無くなっていた。
「任せとけ」
たった一言。ミーシャの肩をポンッと叩いて前に出る。流れるようにダガーナイフを抜き、腰を低く構えた。
「……本当にやるつもりか?」
「なんだ?ブルっちまったか?」
「ああ、貴様を殺せると思うと嬉しさで震える」
「マジかよ。怖っ」
ラルフとゼアル。未だ若干間合いに入ってない両者は、お互いを確かめ合うように見つめ合い、どちらからともなく踏み出した。




