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第三十六話 調子付く

 公爵の別邸の庭では騒がしい事態となっていた。


「やめろっ!!近寄るんじゃない!こいつらは本気だぞ!!」


 そこにはブレイドに刃を突き付けられるダルトンの姿があった。魔法省開発部部長のダルトンは、この国では名の通った魔法使い。門番をしていた騎士たちは剣や弓を構えながらも一切手出し出来ず、牽制しつつ「その人を離すんだ!」と遠くから訴え続けていた。


「すいませんダルトンさん。こんな役を引き受けていただいて……」


「気にするんじゃない。それよりラルフの奴だ。あいつは何を考えている?」


 口をあまり動かさないようにポツポツ呟く。


「ラルフさんは時々本当に分からない行動を取られますが、それが良い方向に転がるんです。すぐ戻ると思うので、もう少しお待ち下さい」


「……信じよう。あ!おいっ!近寄るなって言ってるだろ!俺が殺されても良いのか!!」


 騎士たちが少し後退するのが見えた。


「でも本当、早くしてくれないと面倒なことになるね」


 アンノウンは館に振り向き、ため息混じりに呟いた。



 辺りに緊張が走る。突如として現れた二人に翻弄される最強の戦士たち。

 ラルフとミーシャはそんな困惑を他所に、その辺の椅子に腰掛けた。


「えっと?ここにいるのは狂戦士と破壊槌と激烈か。おっ、ハンターじゃん。久しぶり」


「お、お久しぶりです」


「光弓はどうした?さっきチラッとエルフを見たけど、アイザックの姿はなかったんだよな……」


「ご存知なかったのですか?アイザック=ウォーカーは古代獣(エンシェントビースト)の絶大な力に巻き込まれて死亡しました。今は僕がその席を頂戴しています。まだ二つ名はありませんが……」


「何だって……?あのアイザックが?」


 その言葉にミーシャは反応する。


「ああ、あの時周りで殺気を振りまいていたエルフのこと?近くで観戦でもしてたのかと思ったけど、知らない内に木ごと吹っ飛ばされてたなぁ」


 当時を思い出して遠い目をしている。サングラスなので、どこを見ているのか定かではないものの、顔の角度から遠くを見ているように見える。


「……アイザックに関しては悪いこと聞いちまったな……それで、ここに居ない連中は部屋にでもいるのかな?」


「ええ、まぁ……」


 歯切れの悪い返答にラルフはどう返したものかと肩を竦めた。


「コイヅガ ラルフ カ?タダノ ヒューマン ニシカ見エネェケンド」


 ルールーは腕を組みながら薄目で見るように目つき悪く睨む。


「激烈のルールー。初めて御目に掛かるな。聞いてた以上に扇情的だぜ」


 ガタッ


 勢いよく立ち上がって、その勢いのまま机に乗った。黒豹の獣人だけあって、猫のようにしなやかな動きだ。椅子から飛び上がった音は派手に聞こえたが、机に降り立った音はまるで聞こえない。体重を感じさせないほど軽やかな着地に感嘆の息が辺りから漏れ出る。


「ワダシガ扇情的ィ?ドゴガ?」


 ヤンキー座りで威圧する。腰に佩いた自慢の短剣はいつの間にか両手に収まっている。いつでも斬りかかるぞと脅しかけていた。

 そんなルールーをじっくりと見て、口を開く。


「扇情的だぜ?動きやすさを考慮したピッチリした服、痩せ型なのに体は柔らかそうだし、肌は綺麗だし……今なんてその座り方、下の方に目が行っちまって集中出来ねぇし?」


「ア?下……ッテ?!」


 全員の目がルールーの股間に集中しそうになった瞬間、バッと机から飛び降りて、喉を鳴らして威嚇する。その顔は心なしか赤く見えた。


「ラルフはあーゆー服が好きなの?」


「あーゆーのも良いけど、ミーシャが今着てるのも良いと思うぜ」


 アルパザで買ってあげたミーシャの一番のお気に入り。ミーシャは得意げに髪を掻き揚げて踏ん反り返る。


 二人の世界観に飲まれる。ルールーも武器こそ抜いたが、襲うのはやめて様子見に切り替える。いつもならとっとと斬りかかる彼女もラルフのまっすぐな性的嗜好から混乱し、足が前に出なかった。

 ルールーを性的な目で見る奴らは他にもごまんといたが、彼女の睨みの前に手の平を返すのが一般的であり、ラルフのように怖がりも恥ずかしがりもしない人間は初めてだった。


「ふふ、相変わらずですねラルフさん。あなたはちっとも変わらない」


 椅子にもたれ掛かってハットを上目に被り、薄ら笑いを浮かべる。


「実はちょっとだけ変わってるんだぜ?主に身体能力面が……ってそんなん良いから何の話してたか教えてくれよ。気になっててさ」


 ラルフとミーシャは二人して踏ん反り返り、まるで王様のような態度で話題を要求する。その様子にそろそろ苛立ちを感じたガノンが立ち上がろうと椅子の肘掛けに手を置いた時、部屋に行ったはずの羽のある男が不用心に入って来た。


「八大地獄。そう呼ばれるチームを討伐しようと集められたのだぞ」


 アロンツォは涼しい顔で答えた。あり得ない。白の騎士団という最強の部隊に所属しながら、約束事も何もあったものではない。


「……手前ぇ……何勝手にバラしてんだ?コイツには関係ねぇし、万が一にもあいつらと繋がってたらどうなる?これで全部バレたことに何だぞ」


「それはない。あまりにも行動に違いがありすぎる。それにこれは願望だが、こ奴らは敵であって欲しくない。余はこ奴らの肩を持つ」


 憶測、推測、願望。呆れ返るばかりだ。


「……手前ぇはもう黙ってろ。ラルフ、そして隣の……ここで聞いたのが運の尽きだ。生きて出られると思うなよ?」


「おいおい、落ち着けって。話し合いに来たってのに随分だな狂戦士……」


 ガンッ


 ガノンは机を蹴飛ばす。脅しかけるように音でビビらせようとした。


「……俺をその名で呼ぶな。今この場で叩き斬るぞ?」


 ガノンの長身に負けないほどデカい大剣を、まるで小枝の如く振り回す膂力。並の人間ならこの脅しで漏らしてもおかしくないが、ラルフにもミーシャにも響かない。


「分かる。私も不名誉な二つ名で呼ばれるの嫌いだったもん」


「そう思えば、悪いことしちゃったな。今後は気をつけるよガノン」


「……ああ?!馴れ馴れしいんだよ!!」


「えぇ……」


 困惑するラルフ。だが情報は得た。八大地獄の討伐。最近グレートロックで出会ったのを思い出す。自信過剰な連中だと感じていたが、どうも人類相手に何かをやらかしていたようだ。こちらも要塞を襲われ、危うくエレノアを死なせてしまうところだった。

 復讐というほど恨んでいないが、ちょっかいを掛けてきたあの連中を小突いてやりたいと思っていた。そういう意味では利害が一致していると言いたいが、事はそう単純ではない。


「まぁ頑張ってくれ。俺たちは陰ながら応援してるぜ?あ、それから。公爵に喧嘩を売ったから近い内に俺らとも戦うことになるかもしれないから。今の内に付く側を考えといてほしんだよな」


「公爵ニ喧嘩ァ?」


「相変わらずですね。ラルフさんは……」


 その返答にVサインで答えた。ハンターは呆れているものの、そこはかとなく感心しているのが見て取れた。

 その時、バタバタと館内を走る音が聞こえる。ほどなくして歩が飛び込んできた。


「ラルフさん!お早く!そろそろ行きましょう!」


「「あっ」」


 その姿形は情けない歩そのもの。しかしハキハキした言葉遣いや、堂々とした振る舞いに同一人物とは思えなかった。歩も部屋内で見た二人の姿に一瞬ドギマギするが、すぐに立ち直った。ラルフもそれに合わせて言葉を発する。


「……っと、待たせすぎたか?じゃあな。命が助かるように祈ってるぜ」


「バイバイ」


 ラルフとミーシャは、歩の後を追いかけてさっさと出て行く。

 こういう状況に出くわすたびにガノンは自身の状況を鑑みて、そこまで凄い生物ではないのだと身につまされる。所詮は井の中の蛙。


 ガノンはラルフたちが出て行った後ろ姿をずっと目で追うようにいつまでも見つめていた。

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