第三十二話 最悪からの招待
「ゼアル……いったい何を考えている?」
関所には中隊規模の兵士が集まっていた。これだけの兵がいれば誰も出ることは出来まい。しかし過剰であると言わざるを得ない。現に手持ち無沙汰の兵士を何人か見かける。
朝から夕方まで勤務していた門番を呼び出し、ラルフに近い人物を見たかどうか直接確認を取ったが、それに近い人物を見た者はいなかった。
それはつまり変装で誤魔化せる程度の人数であり、魔族の類は入っていないことを意味する。
(先読みをしてここに兵を寄越したと見るべきか?いや、しかし……)
ゼアルも人の子、間違えることだってある。その上、ラルフのこととなると感情を乱すことがあり、ここに人員を割いたのも"ラルフを自分の手で殺すため"などの私的に動いた可能性も否めない。
(奴の考えを推測していても始まらん。やはりここは一度、通信機を起動させて……)
公爵は首に下げたネックレス型の通信機を取り出す。起動する直前、呼び出しの光が点灯した。
「む?」
タイミングが合致したのを好都合であると感じ、これを起動する。
「ゼアルか?今丁度貴様に連絡を……」
『残念だったな。愛しのゼアルじゃなくてよ』
その声を聞いて公爵の脳が停止する。一拍の後、溢れ出すほどの憎悪に心も体も支配される。
「貴様……!!」
怒りで通信機を破壊しそうなほど握りしめた時にラルフの言葉が続く。
『待ちな。俺が今から言うことを聞かないと、エラいことになるぜ?大切なものを守りたければだが……ま、通信機を切りたきゃそうしな。それはあんたの自由だ』
「……ふっ、ハッタリか?その手には食わんぞ。貴様のやり口は知っているんだからな……」
『へぇ、そうかい?じゃ、風呂で最初に洗う場所も知ってるかい?』
「ふざけるなっ!」
思ったより声が大きくなる。部下たちがビクッとしてこちらを注視するのが見えた。公爵は苛立つ気を抑えてバツが悪そうに後ろを向いた。
「……ゼアルから奪い取った試作の通信機を未だに持っていたとはな。しかしこれではっきりした。貴様はやはりこの国に入り込んだのだな?自ら死にに来るとはバカな奴め。必ず追い詰めて殺してやる」
『おうおう、意気込みは立派だなぁ公爵様はよぉ。さっきから聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。こっちにゃ人質がいるんだぜ?』
「人質?」
誰を?またゼアルだろうか?考えてみれば通信機は波長を合わせなければ通信ができない仕様となっている。試作機の波長は古いもので、現在は新しい波長を使用して通信を取り行っている。その上、波長を調整できるのは魔法使いだけだ。となればその手の魔法使いを連れているか、ゼアルから新しい通信機を取り上げたか。
しかしアルパザの情報を聞けば何の事は無い、ミーシャという規格外の魔族がいたからこそゼアルは人質に取られた。今回は人質に取られるようなヘマも状況も生み出せまい。となれば前者の魔法使いか。
「この私が手を出せないほどの人質を貴様ごときが握っているとは到底思えんが……一体誰を……?」
『その前になぞなぞだ。あんたは今俺が通信をしている魔道具を”試作”と呼ぶ通信機と思い込んでいるが、そいつはハズレだ。今使ってる通信機は固定型だし、色々と機能が付いてそうだぜ?』
ゴソゴソと雑音が入る。
(固定だと?だとするならこの国にいない可能性もある。しかしそんな子供のいたずらのような真似をわざわざするか?……ラルフならするかもしれん……いやしかし、ならば何故人質を取ったと戯言を?ハッタリだとしても意味不明だ。固定自体がハッタリの可能性もある……)
段々と思考の渦に飲まれる。公爵が黙ってしまったのを本気で分からないのではと感じたラルフは、慌ててヒントを出す。
『お、おっとぉ?分からないかなぁ?ちなみにここはあんたらご自慢の建物だぜ。「魔法使いのメッカ」なんつったら分かるんじゃねぇかな?』
魔法使いが憧れる場所。イルレアン国の誇る名所といえば……。
公爵はハッとして魔法省を見る。あそこなら確かに固定型の通信機がある。そして人質に関しても心当たりはある。だが魔法省は常時厳重な警備を敷いているので、ラルフ如きに突破できるとは到底思えない。
『ふっ、気付いたようだな……セーフセーフ……』
背後の誰かに語りかけるような感じだ。ふざけた空気を感じるが、何故そこに誘導したかったのかは気になるところ。
「……もし、そうだとするならどうやって入り込んだのか聞きたいものだが……それで?人質は誰かな?」
『あんたのよく知る人物さ。つってもゼアルじゃねぇぜ?』
「……声を……声を聞かせろ」
本当にそこにいるなら、公爵に対する人質など一人しかいない。魔法省にラルフ捜索を要請した時に、その人物は丁度仕事中だった。『待ってな』という声の後、聞こえてきた女性の声に顔を強張らせた。
『あなた……申し訳ございません』
「……アイナか」
ハッタリなどではない。魔法省に入り込み、そこの局長であるアイナを人質に取ったようだ。
「……こんなことをしてタダで済むと思っているのか?……何が望みだ?」
『へへ、望みはただ一つ。対話だ。あんたと一対一で話がしたい』
「一対一……」
『奥さんを返して欲しけりゃ一人で魔法省まで来な。部下を連れてきたら奥さんを……あっいや、これ以上は言うまい。あんたは想像力豊かな人だからな。……しっかし良い女だな、傷つけちまうのは惜しいぜ。そうなる前に一度……へへっあんまり待たせると、この熟れた体がどうなるかな?』
「ゲスが……今すぐ私一人で行く。その前に指一本でも触れてみろ。平和に話し合いなど出来ると思うなよ?」
『……楽しみに待ってるぜ』
その言葉を最後に通信が切れる。公爵は顔を怒りで歪めながらバクスを呼びつけた。
「私は魔法省に行く。後は任せたぞ」
「はっ!!」
怒鳴り散らされるかと身構えていたバクスだったが、公爵が離れると言うことで俄然やる気が出て、威勢良く声を張った。公爵は馬に跨ると一気に駆けて行った。
部下を一人も連れて行かなかったことに疑問を感じたが、余計なことをして公爵の怒りを買いたくはないバクスは、見なかったことにした。




