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第三十一話 愛おしい我が子

 魔法省に乗り込んだラルフたち。

 局長であるアイナは念願だったアルルとブレイドに会うことができ、大号泣の末にようやく落ち着きを取り戻し、泣き腫らした目をラルフに向けた。


「……私の父アスロンに奪われたこの子と会える日が来るとは、数ヶ月前の私には天地がひっくり返っても信じられなかったでしょうね……」


 僅かな沈黙。言葉にこそ出さなかったが「あなたのお陰で出会えた」という確かな感謝を感じた。

 ラルフはその空気に僅かな恥じらいを感じてハットを深く被り直した。側で見ていた歩もアイナの涙で濡れた顔が妖艶に映り、見惚れて口が半開きになっていた。


「口、開いてるよ」


「……え?……!?」


 アンノウンの指摘に歩は恥ずかしそうに口を閉じた。二人の男性の感情を揺さぶるのはアイナが魅力的だからだろうか?ムッとするミーシャとちょっと呆れるアンノウン。

 そんな四人を尻目にブレイドはアイナに話し掛ける。


「はじめましてアルルのお母さん。俺は……」


「ブレイド」


「っ!……知ってるんですか?」


 アイナはニコッと優しく微笑む。


「忘れ難い思い出。あの方の忘れ形見……。良く無事で……」


 アルルを腕の中に抱きながらブレイドの頭を撫でる。


「俺を……親父を恨んでないんですか?」


 頭を撫でる手が止まる。


「アスロンさんから聞きました。親父とアイナさんとのこと……」


「昔のことよ。ブレイブは私を置いてこの国から去った。私は別の幸せを見つけた。それで全部。色々あるわ。それが人生ってものだから……」


 撫でる手がまた動き出す。愛おしい子を見る母の目でブレイブの罪を包み込む。


「へぇ……思ってたのと違うな」


「え?何が?」


 ラルフの言葉に疑問を呈すミーシャ。


「だってあの公爵の奥さんだぜ?ネチネチしつこいくらいかと思ってたが……生まれた子供に罪はないか。中々の玉だぜ」


 ネックレスを取り出してそっと口元に持ってきた。


「よぉアスロンさん。あんたも再会しといたらどうだい?あの感じなら許してもらえそうだが……」


『……いいや、やめとこう。儂が出ればこの空気は一瞬の内に壊れてしまう。儂が奪ってしまった時が今動き出しておるのじゃから、見守るのみよ』


 その言葉に悲哀を感じ、ラルフもそれ以上無理強いはしない。歩は横で聞いていて疑問に思った。


「どうして親と子を離れ離れにするようなことを……?」


 その質問にラルフはギラッと目を鋭くした。その変化に恐怖するが、その眼に映るのは歩ではなくアイナの背後。彼女の夫であるマクマイン公爵を幻視している。


「……人を人とも思わねぇ屑野郎のせいさ」


 そう言ってラルフはアイナに向かって歩き出す。


「あ、ちょ……ラルフさん!」「ラルフ?」


 せっかくの感動の再会に水を差すなど無粋も良いところだ。アンノウンも止めようかと手を伸ばすが、それは歩に止められた。


「ま、待って!」


 急いでアンノウンの手首を掴み、ラルフに触れる事は出来なかったが、その直後、嫌な空気がラルフの周りに立ち込める。

 それは怒り。アスロンが苦肉の策で連れ去った幼子は、母の温もりをよく知らぬまま今日まで育ってきた。人の倫理を外れたとされる公爵の一存で……。それが不幸かどうかは本人が決める事だが、これだけは言える。


「……気に食わねぇよな」


 幼き日に母を亡くした。戦争という時代の犠牲者ではあったが、母の居ない悲しみを良く知るラルフには、本来逃げる必要性がなかったはずのアルルの境遇に勝手に怒りを滲ませていた。


「あの、何か?」


 アイナは二人との時間に割って入るラルフに顔を向ける。


「積もる話あるだろうが、こっちにも話したい相手がいる。協力を要請しても良いかな?」


 二人の顔を見る。アルルとブレイド。どんな出会いがあったか定かではないが、表の世界に連れ出してくれた恩人であるラルフに恩を返したいと思うのは母として当然であろう。


「……私が協力できる事なら良いのですが」


「簡単な話だ。公爵の奴をこの魔法省に呼び出してほしい。出来れば一人きりが良いけど、警護二、三人くらいなら許容範囲かな」


 公爵のことが出てきた時、アイナの体が強張る。娘がこうして顔を見せてくれたのは嬉しいが、それと引き換えに愛する夫の首を差し出せというのか?口を一直線に結んだアイナの顔が何を言いたいか書いてあったので、ラルフはおどけたようにひょうきんな顔を見せた。


「おぉっと、勘違いしてくれるなよ?俺は公爵を殺そうなんて思っちゃいないぜ?ただ腹を割って話し合ってみたいだけさ」


「ええ、あなたには警戒していません。ただ……」


 その目はミーシャに向いている。他にもアンノウンと歩も危険と見做(みな)しているのか、ラルフ以外に対する表情は硬い。


「こいつらは外させる。俺と公爵のサシだ」


「……であるなら協力を惜しむ理由はありません。念のために武器も外していただけると安心できるのですが……」


「お母さん、それはラルフさんが危ないと思うんだけど……」


 アルルは昔からずっとそう呼んでいたような当然の口調でアイナをお母さんと呼んだ。あまりのことに「うっ……あ……」とアイナの方がタジタジになっている。それに対してブレイドが提案する。


「なら相手の武器は奪おう。相手が無防備になれば、こちらも武器を手放して話し合いの場を設ける。これなら危険は軽減されますよね?ラルフさん」


「ま、それっきゃねぇよな」


 ラルフも同じことを考えていたのか即座に同調する。それでも心配するアイナは出来る限り怪我がない方向性を模索して欲しいと目を伏せる。


「でも……あまり手荒な事は……」


「その公爵ってのが全力で暴れるようなことになれば、怪我をさせないのは無理ってもんだよ。腕の一本くらいは覚悟しなきゃね。と言っても回復魔法があるから、手遅れでなければ問題はないと思うけど?」


 アンノウンは腕を組んで口を挟む。アイナは「それはそうだけど……」と難色を示す。見兼ねた歩がラルフに提案する。


「一人を三人で囲めばビビってくれないでしょうか?多勢に無勢。一人で来たら囲んでしまえば何とか……」


「相手は百戦錬磨の武将だ。三人程度じゃとても威圧にならねぇな。むしろ相手の戦意を向上させちまう恐れもある。対等な立場ってのは厄介でよ。完全な拮抗状態じゃねぇとなりたたねぇんだ。ひっくり返るかもしれないと思わせたら虎視眈々とその機を伺っちまうもんだぜ?」


 ならばどうするというのか?アイナの気持ちを尊重し、ラルフ一人で公爵の相手をすること、怪我をさせないこと、武器を所持しない、させないこと。この三つを守り抜く方法。

 ラルフの口角はニヤリとつり上がった。


「ま、俺に任せな」

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