第三十話 面白半分
話しが着いたゼアルは公爵の別邸から足早に出る。
思ったよりも話し合いに時間がかかったので、現在の状況が分からない。
「バクス!」
声を張り上げて鉄柵の門に近寄ると、部下の騎士が急いで門を開ける。
「バクスはどうした?」
「副団長は現在ラルフ捜索の為に路地裏の店に強襲をかけています。ですが先にこちらの様子を察知されたようで、逃げられてしまったとの報告が……」
「なるほど……奴は勘が鋭い、取り逃がしてしまうのは想定済みだ。この国から出たという情報は?」
「ありません。関所は固めていますし、何よりマクマイン公爵がそこで指揮を執っています」
「公爵自ら?危険だ。すぐ側が国の出入り口なのだぞ?万が一この機に乗じて魔族が攻めてくれば、公爵の身が危ない。関所の方を優先し、ラルフ捜索は少人数に切り替えろ」
部下は怪訝な顔でゼアルを見る。
「しかし団長。関所にばかり人が集中しては……それに魔族侵攻などどのくらいの確率でございましょう?国民のためにも先ずは犯罪者の捕獲こそ急務であると思うのですが……」
「奴は犯罪者ではある。その上油断ならん奴だが、この街に危害を加えるような考えなしでは決して無い。国民には犯罪者の情報は極力秘匿し、余計な騒ぎを起こさないようにしろ」
そこに話を聞いていた別の部下が話に入る。
「何故です団長?みんなに情報を共有してラルフの野郎の居所をいち早く報せてもらうのも悪く無い手ですぜ?」
その問いに困ったような顔で割って入った部下を見る。
「国民はこの街の平和の象徴だ。彼らは我らの武勇伝を聞き、騎士やイルレアンという国力に酔いしれている。共有すればその武勇伝に惹かれた者たちが英雄になろうと無用な争いを引き起こす可能性がある。最悪の場合、奴らを刺激して国民に犠牲者が出るだろう」
「……考えすぎでは?第一に自分たちでどうにかしようとするでしょうか?危険からは極力遠ざかるように教育しているはずだし……」
「それだ。貴様もよく分かっているでは無いか」
突然肯定されたが、何を肯定されたのかは分からなかった。肩を竦めて同僚と顔を合わせているとゼアルが答えた。
「危険とは外にあるもの。壁の中は安全と教えられている国民は危険と無縁の国内で、果たしてじっとしていると思えるか?刺激を求めた馬鹿者どもが面白そうだと行動を起こすのは目に見えている。犠牲になっては我らの信用問題にもなる。関わらせず、事後報告で終わらせるのが平和的解決を見るのだ」
そこまで言って騎士たちの納得を得ようとしたが、その話を対面で聞いていた部下も周りで聞いていた部下も、全員がバツの悪そうな顔をした。
その顔を見て既に国民には情報を公開済みなのだろうと察した。またそれ以上に呆れさせたのは、ゼアルの言葉を裏付けるように武器を持って息巻く国民がすぐ側を通り過ぎたことだった。
「……あの馬鹿どもをすぐ家に帰るように促せ。抵抗するようなら拘束しても構わん。国民をラルフどもに近づけさせるな」
その命令に「はっ!」と言って即座に動く者と、納得がいかずに立ち止まる者がいる。立ち止まる部下は今ひとつ分からないことを口にする。
「しかし団長。ラルフとかいう野郎に国民を近づけさせないのは当然として、何もしなきゃ危害を加えないなんて保証がありますかね?相手は歴代最高額の賞金首。となりゃ人質をとって最悪……」
「無いとは言わん。だが、奴に限って関わりの無い者を襲うような、そんな男では無い。だからこそ我らだけで対処するのだ」
「団長……相手は犯罪者ですぜ?まるでラルフを擁護するような言い回しを……」
「擁護?」
ピリッとした空気が流れる。ゼアルとしても聞き捨てならない言葉だったようで刃のような鋭い眼光を部下に向ける。その空気に飲まれた部下たちがゴクリと固唾を飲む。全員の恐怖、緊張を感じたゼアルは小さくため息をついて自分を落ち着ける。
「すまない。私は奴と対面し、その性格を理解している。その観点から言うなら、無辜の民に攻撃はしない。とはいえ犯罪者であることは変わらない。もう良いか?ここにいる七人はラルフの捜索に回れ。それから貴様はバクスに関所に回るように伝えろ。私が捜索班に加わることも合わせてな……」
*
「母様!母様!」
公爵の館で子供が廊下を走る。彼はマクマイン家の長男ファウスト=A=マクマイン。もうそろそろ就寝時間というところで興奮冷めやらぬ噂が耳に入り、情報の共有をしたくて探し回っていた。
そこらかしこの扉を開け放ってはまた走る。ある扉を開いた時にその目が止まる。
「ツヴァイ」
そこにいたのは次男のツヴァイ=B=マクマイン。窓の外を眺めているのを発見した。そのすぐ近くに本を読む三男トロワ=C=マクマインもいる。
「トロワも……まだ起きてたのか?」
「兄上はどうして走り回っているのです?あまり騒いでいるとまたメイド長に注意されますよ?」
ツヴァイは利発そうな顔で子供らしからぬ空気を発する。一歳年下とは思えないほど達観した雰囲気だ。それより二つ下のトロワは知らぬ存ぜぬといった顔で本に目を落とす。
「この国に犯罪者が入り込んだとメイドの連中が噂してたんだ。どんな奴だと思う?」
「さぁ。外の騒ぎは犯罪者のせいということですか……」
「聞いて驚け!相手は歴代懸賞金最高額のラルフって男だ!」
その名前に本に目を落としていたトロワも視線を上げた。ツヴァイも険しい顔つきでファウストを見た。
「それって……」
「母様が最近ゼアルから資料を受け取っていた犯罪者の名前だよ」
三人はこっそりとアイナの書斎で資料を見ていた。母親が何より好きな三兄弟は、自分たちより資料を優先することがあった母の姿を見て嫉妬し、ダメだと分かっていても資料を盗み見たのだ。
「この国の魔障壁を抜けられるなんて、さすが歴代最高額。母様が興味を持つだけはある」
「……どちらかというと、ブレイドとアルルの二人がよく資料には出てきたと思うのですが……それを束ねているのがラルフという男です」
トロワは本を閉じながらほんの少し訂正する。ツヴァイも頷く。
「つまりラルフがこの国に来たということは、その二人も来ている可能性があるということ。母様が未だ戻られないのはそれが原因ですね」
他二人も同意見である。魔法省という安全地帯で働いているので死の危険性はない。母の身の危険という意味では然程心配する必要はないものの、犯罪者の動向は一国民として気になる。
「……抜け出してみようか?」
ファウストの言葉に目を丸くする弟たち。悪くない話だ。外でお祭りをやっているのに、ここで寝ているなんてつまらない。三人は示し合わせて出て行こうと部屋を出る。
「坊っちゃまたち。こんなところにいらっしゃったのですか?」
廊下に出た途端にメイド長と鉢合わせる。三人はギクッとして体が固まった。あまりの事態に混乱したが、気を取り直し一瞬逃げようと考える。しかし三人の背後にはそれぞれ専属のメイドがいつの間にか立って逃げ道を阻んでいた。
「明日も早いのですからお休みしましょう。さぁ、寝室へどうぞ」
三人の目論見は日の目を見る事なく開始直後に頓挫した。




