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第二十八話 待ち侘びた瞬間

「急ぎなさい。何をモタモタしているの?」


 魔法省で飛行艇を大急ぎで直していた。実働している一隻以外は解体整備の真っ最中であり、突然の起動要請に驚いて元の状態に戻していたのだ。

 アイナはせっかく作った監視船がここで腐っている現状に苛立ち、部下に対し言葉強く当たり散らす。開発部部長のダルトンは薄い頭を下げて陳謝している。


「大変申し訳ございません。技術班を全員帰宅させた後のことでしたので何分手が足りず……」


「何故今日に限って……これでは何のためにそれを開発したのか分かりません。ジラル様に顔向け出来ませんわ」


 彼女の夫で最高の将、ジラル=H(ヘンリー)=マクマイン。ラルフの捜索に指揮を取っている。通信機で魔法省にも協力願いがきた時、これは良い機会といつにも増して張り切っていたが、まさかの解体整備。目も当てられない状態だ。


「申し訳ございません」


 ダルトンには頭を下げることしか出来ない。というのも、今回の整備はダルトンの一存であり、急いで解体させたのだ。この判断は当然アスロンの為である。

 本当はここまで事が大きくなる前に全部の船を解体させたかったが、一隻は手付かずのまま定刻を迎えた。予定通りいかなくて残念ではあったが、全部で五隻ある中の四隻をどうにか出来た。急いで解体させた甲斐があるというもの。更に万が一のために技術班を全員帰宅させたのは正解だった。


 アイナはそんなことも知らずにそのハゲ頭に蔑みの目を送り、プイッと顔を背けた。


(何とか逃げ切ってください。アスロン様)


 切に願うダルトンだったが、その思いは簡単に打ち砕かれる。


「ん?あれは……」


 一隻の船が発着場に戻ってくるのが見えた。犯罪者が見つかったとの報告もなく、何事もなかったかのように。


「整備不良?しかし何の報告もないのは不自然ね……」


「何かあったのかもしれません。私が確認してまいりますので、アイナ様はこちらでお待ちを……」


 ダルトンが動こうとするが、アイナが手をかざして制した。


「あなたはここで船の組み立てを手伝いなさい。報告なら私が直接受けます」


 言うが早いか、足早に発着場に向かう。ダルトンがアイナに何度か呼びかけるものの、彼女は無視を決め込み、振り返ることなくさっさと歩いていった。


 魔法省に戻ってきた一隻の飛行艇。アイナが見たのは船の中でぐったりと倒れる部下の姿だった。


「なっ……!?」


 最初に疑ったのはガスなどの危険物質。次いで飛行艇の破損で漏れ出した魔力の奔流による気絶か、若しくは死。そのどれとも違うことは、口を手で覆われた瞬間に気付いた。


「むぐっ……!!」


 口を押さえられたアイナは、そのまま人通りのなさそうな暗がりに連れて行かれた。

 魔法省の局長を担う自分が、まさか魔法省(ホーム)で襲われるという事態に頭が追いつかない。口も塞がれて詠唱も出来ない現状、魔法使いでは到底打開のしようがない。

 暗がりに目が慣れず、困惑と混乱から抜け出せないでいると、すぐ目の前で声が聞こえた。


「光よ」


 ポゥッと小さな光球が浮かぶ。槍を持った女性。まだ若い。隣には何故かサングラスをかけたダークエルフと、若い金髪の男性、そしてどちらかと言うと女性だと思える中性的な人物が立っていた。


「あーっ本当だ。これはアルルのお母さんで間違いないよ」


 ダークエルフは嬉しそうな声でアルルとアイナを交互に見る。

 その名が出てきた時、アイナの目がさらに大きく見開かれた。その瞳に映るのは槍の女性、アルル。アイナとジラルの間に出来た最初の子。実父アスロンに攫われて以来一度たりともその成長を見ることのできなかった最愛の我が子。


 となるとすぐ側に立つ若い金髪の男性。こちらはブレイブの息子、ブレイドで間違いないだろう。”間違いない”などそんなレベルではない。アイナとブレイブはお互いに意識し会っていた仲。思い出すのはデートで行ったスイーツ店の小さなお菓子の味。

 それを意識した時、彼女の体からふっと力が抜けた。今の今まで押さえつけた手から抜け出そうと必死になって抵抗していたのだが、もはやその気はなくなった。我が子らの成長をまじまじと見るのに必死で他の力を削いだのだ。


「お?全然抵抗しなくなったぜ。どうする?親子水入らずってわけにはいかねぇが、会話がしたいってなら手を離してやっても良いぜ。……つっても当然魔法は無しだぜ?」


 妙齢の人妻を拘束する紳士から遠ざかった男、ラルフはアイナの耳元で囁くように伝えた。

 アイナは逡巡する。ようやく会えた愛娘、アルルとは積もる話もある。しかし衆人観衆の中、会話をするのは気持ちが乗らない。そんなことを考えながらもアイナはラルフの提案に頷きで肯定した。この機会を逃せばアルルとは二度と会話できなくなるやもしれない。ブレイドとも喋りたい。そのどうしてもが我慢出来ずに行動で示された。

 さっきまでまるで吸盤の如く張り付いていたラルフの手は、その頷きに即座に口から手を離した。


 ヒュウッと一気に空気を口から取り込み、あまりの勢いに()せる。かなりパニックに陥っていたのだろうと、この行動から読み取れた。


「ゴホッゴホッ……ア、アルル……!ゴホッ……!」


 中々回復しない中、アイナは咳をしながらアルルに近づく。変なことをすればアルルを守ると考えてブレイドは軽く武器を握る。それが杞憂だと分かったのはアルルがアイナの胸に包まれた時だった。


「アルル!!」


 ガバッ


 会話どころではない。アイナは自分の娘の感触を確かめるようにぎゅっと抱きしめた。

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