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第二十四話 面倒なこだわり

「た、大変失礼しました!我々が居ながら侵入を許してしまい……!!」


 ホーンとすれ違いで走ってきた騎士たちは小汚い男を取り囲もうと近寄る。


「……手前ぇら全員動くなっ!」


 ガノンの一喝でビクッと騎士たちの体が跳ねる。身じろぎ一つしないのを確認すると、また男の鎖を持って引き寄せた。


「……中で話しを聞こうか?」


 館側に投げるように手を離す。とっとっとっと片足でバランスを取りながら振り返ると、ガノンが顎で進むように促す。


「あ、外に俺の連れが居るんだけどよ……」


「……良いから行け、門番共が話をつける。そうだろ?」


 ギロッと睨みつけるガノン。その目に震え上がった騎士は「は、はいっ!!」と上擦った返事で急いで戻って行く。それを目で追った後、男を連れて館に戻った。



「えらいこっちゃ……!トウドウが連れて行かれてしもうた!」


 コンラッドは騎士にこの館から離れるように指示を受け、渋々移動し、少し先にある空き地に馬車を停めて様子を伺っていた。


「……どうします?あれはおやじさんの予想では、白の騎士団って話しですよね?もしかして処刑なんてこと……」


 不安そうにキャラバンの仲間が彼に尋ねる。その不安も(もっと)もだ。見るからに気性の荒い大男が藤堂に何度も掴み掛かっているのが見えた。


「……こうなったらマクマイン様にお願いする他ねぇな」


「い、今からですかい?そりゃちょっとマズいんじゃ……」


「四の五の言ってる場合じゃねぇ。何もねぇに越したことはねぇが、もしもの時ってのがある。俺一人で行ってくるから荷物を頼むぜ」


 コンラッドは城に行こうと踵を返す。


「待ちなっ!そこまですることかい?!」


 キャラバンの重鎮。コンラッドの幼馴染であるおばさんが引き止める。


「ここまで連れて来ただけでもう良いじゃないさ。公爵様を怒らせたら、三代続くお得意様が消えちまうかもしんないんだよ?第一、あの人が勝手に敷地に入ったんだ。自業自得ってもんじゃないさ。こうなったら、なるようになると信じて待つのが良いんじゃないかい?」


 その言葉に行きかけた足が止まる。振り向くと、全員がおばさんの言葉に同意のようだ。顔を背けたり、まっすぐこちらを神妙な顔で見ている。コンラッドはハットを被り直した。


「……恩人は見捨てねぇ。それが俺の流儀だ」


 コンラッドは仲間の反対を押し切って馬を駆る。その姿は西部劇のカウボーイのようだった。



 公爵は不快な気持ちだった。

 それというのも公務中、ずっと女の子の笑い声が耳をくすぐっていたからだ。ようやく仕事が終わってホッと一息ついた時、笑い声の主が姿を現した。含み笑いでニヤニヤ笑いながら公爵の顔を何度もチラチラと見ている。


「何が面白い……私の顔に何かついているか?」


『外見には何も問題ないよ〜。ただね……ふふっ……』


 公爵が部屋で一人になった時だけ現れる妖精のような神様、アシュタロトは何が面白いのか夕方頃からずっと笑っていた。あと一時間公務があったらノイローゼになるところだ。今は顔を出しているので表情が分かる分、妙な安心感がある。

 とはいえウザいことに変わりない。


「……私に話せないことか?」


『ふふっ、そうだね。ネタバラシしちゃっても良いんだけど、そこに辿り着いた時のマクマインの顔が見てみたいって思うんだよね〜。だから言わな〜い』


「人を玩具のように……性格が悪いと同僚に言われたことはないか?」


『あるよ〜』


 ずっと上機嫌だ。普段こんなにふわふわした調子で喋ることがないのに、今日に限って鬱陶(うっとう)しいほどに軽い。少し彼女から離れたいと思うが、もしここから出てもずっと付き(まと)われるので、顔が見える分一緒にいた方がマシという面倒な状況。

 目の前にあるティーカップを口元に持って行き(すす)る。リラックス効果のあるハーブティーは(すさ)んだ心を癒してくれる。


「ん?」


 少し落ち着いた公爵の耳に外から慌ただしい音が聞こえてくる。この音はフルプレートに身を包んだ兵士の走る音だ。金属が擦れる音を周囲に撒き散らしながら部屋の前に止まった。


 コンコンッ


 息を切らせてたのか、しばらくの沈黙の後ノック音が響いた。


『うふふ……来た来たっ』


 声を弾ませて消えるアシュタロト。呆れ気味に天を仰ぎながら「入れ」と一言返事した。するとゆっくりドアノブを捻って伺うように顔を覗かせた。

 一瞬何をしているのかと怪訝な顔になったが、少し前までメイドが常駐していたことに気付く。メイドが一旦顔を出して公爵に伺いを入れる手間があったのだが、最近ではアシュタロトの出現に合わせてメイドを置かなくなった。この部屋にメイドがいないことを知らない騎士が慌てて何かを伝えに来たようだ。


「……どうした?何があった?」


「は、はっ!」


 騎士はさっと部屋に入って敬礼した。


「閣下にお客様がいらっしゃってます!」


「客?特に予定はなかったはずだが……」


「飛び入りです!どうしてもお話ししたいことがあるということで待合室で待たせております!」


「もう日が落ちたというのに……一体誰だ」


 苛立ちを含んだ言葉に肝を冷やしながらもはっきりと返事する。


「はっ!コンラッドキャラバン代表のコンラッド様です!」


 その名は聞き覚えがある。やけに民衆に人気の行商人の名前だ。前に二、三回会ったことがあるが、何の用だというのか?気にはなるが、本来なら断る。飛び入りを簡単に許せば、味をしめる可能性があるからだ。そんな空気の読めない間抜けは商人にはいないだろうが、念の為というやつだ。

 直近でなら明日の予定に回したいところだが、今回はそうはいかない。何せアシュタロトが先ほど意味深なことをほざいていたからだ。


「……ほう、そうか。ふぅむ……本来なら断るところだが、コンラッドキャラバンには物資の面で世話になっている。今回に限り、特例として許そう。通せ」


「畏まりました!!」


 騎士が踵を返して出ていこうとする。


「あ、ちょっと待て。先程から外が慌ただしく感じるのだが、何かあったのか?」


「は?……あ、まだ団長から報告がありませんでしたか?これは失礼致しました!現在、犯罪者がイルレアンに入り込んでいるとの情報がありまして、目下捜索中でございます!」


「何と。そうだったのか……公務中に面倒を持ち込まないようにしたゼアルなりの配慮なのかもしれん。関所の強化も考えるべきか?……ははっ、良い良い。ご苦労だった」


「はっ!ありがとうございます!」


「それで?潜り込んだ害獣の名前は何というのかな?」


「はっ!ラルフとかいう男だそう……」


 そこまで言って言葉に詰まった。ハーブティーが入ったカップが目の前まで迫ってきたのだ。


「……でっ!!?」


 ガシャァンッ


 寸でのところで首をそらして回避する。扉に当たったカップは床に落ちて粉々に砕け散った。


「馬鹿どもがっ!!何ですぐに報告しない!?ゼアルは何をしている!!」


 公爵はくつろいでいた椅子を手で引き倒し、その勢いのまま部屋から出た。


「か、閣下!?コンラッド様は……?!」


「明日にしろ!すぐに追い返せ!!」


「は……はっ!」


 騎士は公爵と別方向に走って待合室に走った。


「ラルフ……この国にノコノコ入り込むとは良い度胸だ。必ず見つけ出し、そして殺す……!!」


 目を血走らせながら廊下を歩く。そこにアシュタロトの声が響く。


『おやおや?何も作戦を立てずに動くの?少しは何か考えたら?』


「……良く言う……そんな時間など存在せん。その機会を奪ったのは貴様だということを自覚しろ」


 アシュタロトは『てへっ』と可愛らしく……いや、憎たらしく茶化した。

 しかしその茶化しは今のマクマインには通用しない。見据えるはラルフの首。目と鼻の先にいる忌むべき敵を想像し、堅く拳を握りしめた。

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