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第二十三話 光明

「……おいコラ!!待ちやがれ!!」


 館から出たイザベルとソフィーをガノンが追う。庭先で何とか回り込むことに成功した。


「そこを退きなさい」


「……いいや退かねぇ。八大地獄をぶちのめすのに手前ぇらは必要不可欠なんだよ。……いいから力を貸せ、頼む」


 ガノンは神妙な面持ちで二人を見据える。その顔を見てもイザベルの気持ちは変わらない。


「第二魔法隊の末路を加味しての発言ならば、尚更力を貸すつもりはありません。彼らとはその件で平和協定を結びました。私達一角人(ホーン)の安心と安全のためには敵対しないことこそが最良の道なのです」


 彼女は毅然とした態度で断り、ソフィーはそんなイザベルに目を配りながらガノンに黙って頭を下げた。

 イザベルの答えこそホーンの総意。魔王戦ならいざ知らず、八大地獄に喧嘩を売るつもりはない。

 ドワーフの国で鋼王がガノンに懸念を漏らしていたが、まさにその通りとなった。白の騎士団がほぼ集まるまでは良かったが、同盟を結んだ相手に攻撃を仕掛けようなど正気の沙汰では無い。さらにホーンは同盟関係以上に平和協定まで踏切り、白旗を振っていた。及び腰のレベルでは無い。


「……アウル爺さんがあの野郎に殺されたんだぞ!?ドゴールの奴が目の前で見てるんだ!手前ぇらだって同胞が殺されて悔しくねえのか!?」


「ですから先ほども説明した通りです。感情論では動くことができません」


「……何ぃ?!」


「ホーンは参加を拒否します。今度召集をかける時は内容を事細かく記載していただけるようにお願いします」


 この話はイザベルの主張に軍杯が上がる。特に今回のアウルヴァングの戦死は第十一魔王”橙将”との種族存続を賭けた戦争での出来事。誰が死んでもおかしく無い状況の中、八大地獄の情報が下にまで届いていなかった不運が重なったのだ。どっちが先に突っ掛けたのか定かでは無いものの、乱戦での同士討ちはどうあがいても防ぎきれるものでは無い。

 ガノンの後ろに他の面子も集まる中、静観していたソフィーが口を開いた。


「興味本位で少しお聞きしたいのですが、八大地獄と戦って勝てる根拠とその保証はあるのでしょうか?」


 ガノンは真っ直ぐにソフィーを見つめる。一拍置いてから淀みない言葉で返答した。


「……根拠も保証もねぇよ。だが俺たちは確かな実力を持ってる。やるには十分に過ぎる」


 そのセリフを聞いてソフィーは一筋の涙を溢した。それはオリバーとイーリスのあの時の感情に似ていた。第一魔王"黒雲"を討伐に前人未踏の地に向かい、そして散った英雄であり、旅の仲間だった二人の覚悟に……。

 その変化にガノンもイザベルも目を剥く。常に一定の感情で驚くことも怒ることもないソフィー。そんな彼女から出た明確な悲しみの意思表示。


「……よく分かりました。確かにそれ程の覚悟がないと戦いにならない実力者でしょうね」


 その言葉にイザベルの肝が冷える。


「ソフィー様……?」


 単独で参加しかねない彼女に不安を抱いて尋ねる。その不安に気付いたソフィーはニコリと笑って首を振った。


「申し訳ないのですが、これは私の権限を大きく超えた問題です。手を貸すことはできません」


 当然の帰結。一緒にやってくれそうな空気感を出していたが、それとこれとは話が別らしい。

 戦いの場に二人が居るのと居ないのとではまるで違う。ホーンは……特にこの二人は魔法のスペシャリスト。一緒に旅をしているアリーチェには申し訳ないが、この二人と比べると天と地の差。とてもじゃないが比べるのも烏滸(おこ)がましい。


 そんな二人を説得する術はガノンにはない。言い包められるほど口も達者でなければ、安心させられる材料もない。

 無力に打ちひしがれる彼は一直線に口を結んだ。

 これ以上の話がないと悟ったイザベルは鼻を鳴らして踵を返そうと足を動かした。


「よぉ。ちょっと話し良いかい?」


 その時、背後から声をかけられた。ドキッとして振り返る。そこには160cm前後の小柄で汚らしい男が立っていた。鎖の上でゴロゴロ転がって無様に絡まってしまったような格好で申し訳なさそうにしている。


「なっ……!?」


 すぐ背後に立たれたというのに全く気配を感じなかった。ホーンの部下たちはすぐさま臨戦態勢に入ったが、男は慌てた様子で手をかざした。


「おうおうおう……!?よせって、俺ぁ敵じゃねぇや。お前さん方が話してたことがちょいと気になってよぉ。敷地内に勝手に入ったのは謝るから、そんな敵視しないでくれよ……」


 情けなく弱腰だが、その異様さは目を見張るものがある。外にはキャラバンと思われる馬車の群れが止まっている。御者の男が騎士に向かって何かを話しているが、それがここでは聞き取れない。


「……手前ぇ何もんだ?」


「お、俺ぁ通りすがりの流れもんだぁ。ただ八大地獄って言ってたもんで……」


 ガノンはソフィーとイザベルの脇を抜けて男の鎖を掴むと、まるで風船でも持ち上げるように地上から足を浮かせた。


「……もう一度だけ聞くぞ。手前ぇは何もんだ?」


「うわわっ!軽々と……人間の腕力じゃねぇや」


「……手前ぇの聴力もな。こっからあそこの声は聞こえねぇぜ。どうやって聞いた?」


 持ち上げられたまま首を回し、塀の外にいる連中を見る。


「唇の動きを見れりゃ大体分からぁ。俺ぁ目が良いんだ」


 読唇術。離れていても唇の動きで話の内容を読み取る技術。


「……ああ?んなこと出来るわきゃねぇだろ」


「昔惚れた女がろう(・・)でなぁ。手話と口話両方を必死こいて覚えたもんだぁ。もっとも、今じゃ何の為に持ってんだか分からねぇ技術だがなぁ」


 ガノンは難しい顔をしてそれを聞いていた。


「……ろうって何だ?」


「え?ああ、耳が聞こえないってこった」


 理解の色が見え、鎖から手を離した。そっと下ろしてくれれば良いのに、持ち上げた状態で離されたので、男は尻餅をつかないように着地した。

 いきなり現れた男に驚いて警戒していたが、ガノンとの会話を聞いているとただの間抜けな、人よりちょっと優れた技術を持ったおっさんに見える。


「……そんじゃもう一つ質問だ。”八大地獄”……奴らについて何を知ってる?」


「奴ら?八大地獄ってのは人じゃなくて場所の事だろ?」


「……何だと?ってことは奴らは場所の名前を使ってるってことか?」


 話が上手いこと噛み合わない二人。それを側で見ていたホーンたちは顔を見合わせた。


「あの、もうよろしいですか?私たちはここを出て別に宿を探そうと思うので……」


 その言葉を聞いてゼアルが前に出た。


「ここに泊まっていけば良いだろう?」


「お力になれない身でご好意に預かるわけにはいきません。それではまた会える日を楽しみにしてますよ」


 ホーンたちが歩き出したのを見てガノンが呼び止める。


「……待ちやがれ!野郎を……ロングマンをぶちのめすんだ!手前ぇらも手伝えよ!!」


 聞く耳持たずに塀の門から出て行った。


「ロングマンたぁ懐かしい名前が出たもんだ。昔を思い出さぁ」


「……手前ぇ、ロングマンを知ってんのか?」


「へへ、もう生きちゃいねぇよ。同じ名前だろなぁ」


 せっかく何か分かるかと思ったのに、何かとすれ違う男の会話。その奇妙な感覚をハンターが言及する。


「ロングマンに八大地獄……偶然にしては出来過ぎていませんかね?」


「そういうがな?八大地獄は仏教の……」


火閻(ひえん)一刀流……」


 その時、ドゴールが口を開いた。全員が初めて聞いた言葉。何のことか全く分からない面々と対比するように男の顔には理解の色が浮かんだ。その目をドゴールは見逃さない。


「……知ってるようだな」

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