第二十話 ラルフの行方
館に戻ってきたアロンツォとソフィー。玄関ホールに入った時、真っ先に迎え入れたのはゼアルだった。
「戻ったか。すまない二人共、待たせたな」
「ゼアルさん、お久しぶりです。お変わり無いようで良かったです」
「ソフィーも息災のようで安心した。アロンツォもよく来てくれた。さ、奥で少し話そう。座ってな」
優しい微笑みで食堂の方に誘うが「少しよろしいですか?」とソフィーが質問した。
「何かな?」
「貴方はラルフという男をご存知ですか?」
その名を聞いた途端、先程までの優しい笑みは消える。どころか眉間にシワを寄せて一気に不機嫌となった。あまりの感情の変化に二人は瞠目する。普段感情を表に出さない男が、名前を聞いただけで顔を強張らせたのだ。
その驚いた顔を見たゼアルは目を瞑って気を落ち着けると、何とか無表情にまで落とし込んで改めて口を開いた。
「……なぜ今奴の名前が出たのかは定かではないが、何か気になることでも?」
「先ほどラルフと思しき人物に会いまして……」
「何処だ」
ソフィーの言葉に被せるように場所を聞いてきた。彼女の口からあの男の名前が出てきた時点でこの答えは想定済みのようだ。
「まぁ待て。他人の空似かもしれんぞ?何せ奴は自分のことをアルフレッドと言っておったし」
アロンツォの茶々に対して大袈裟と言えるくらい鋭くキッと睨みつける。
「偽名を用いるのは奴の常套手段だ。間違いなく奴だ」
今にも飛び出して行きそうな雰囲気だが、せっかく集まった白の騎士団の手前、出て行くことなど出来ない。恨み辛みをぐっと堪えて懐からネックレス型の通信機を取り出した。
「ん?それは奴も持ってた……」
アロンツォはゼアルの通信機を指を差す。そこまでやってハッとした。ラルフが通信機を持っていることを自分が何故知り得ようか?この小さな失敗を見逃すような男ではない。ソフィーも怪訝な顔でアロンツォを見る。
「そうだ。カサブリアで使用していただろう。あれは元はと言えば私の通信機でな、奴に掠め取られた物だ。とっくに売ったかと思っていたが、しぶとく持っていたな」
そうだ。カサブリアで別れ際に見ていた。急に記憶が蘇ってきて余裕も戻る。ゼアルという後ろ盾もあって、ソフィーも納得した。
しかしそうなると疑問が残る。カサブリアの戦争はつい最近あったものだし、使用していたのを覚えていたくらい記憶が鮮明なら、先の男の顔、声を聞いて知らばっくれるのはどうもおかしい。とはいえ、ゼアルの様に勘の良い男がそこをスルーしている以上、啄くのは野暮に思えた。
ゼアルはすぐさま通信機を起動させ、部下に知らせる。途中までスラスラと命令を下していたが「場所は……」と言ったところで言葉に詰まった。
「……それでソフィー。奴はどこに居た?」
*
ガノンは大欠伸しながら食堂に集まったみんなの前に立っていた。仮眠から起こされ、お世辞にも機嫌が良いとはいえないガノンは、睨みつける様に席に着いたみんなを一瞥する。
「……俺の召集に応じてくれた手前ぇらに感謝する。……勿体ぶった挨拶なんぞは抜きにして本題に移っても良いか?」
「良い」「お願いします」「良イガラ早グ話セ」「そういう言い方が勿体ぶったというのでは?」など、各々の返事の仕方でガノンに続きを促す。ガノンはイラっとしたが、話が進まなくなるので反感の言葉をぐっと飲み込んだ。
「……もちろん弔い合戦だ。アウル爺さんのな」
「それはここに来る前から予想できてます。問題は誰を相手にするのか、それが最も聞きたいことでしょう」
イザベルはため息をつきながら指摘する。司会進行に慣れていないガノンは、どうも前に立って話すこの空気に慣れず、難しい顔をしてしまう。
「……敵は八大地獄だ」
*
バクス副団長は焦っていた。
ゼアル団長から下った突然の命令「ラルフの生け捕り」作戦。ここに最も懸賞金の高い男が潜伏しているのだと思えば緊張も一入だ。
制圧のために、強者たちだけで脇を固めていた。中には休暇だったものもいるが、敵がイルレアンに侵入しているとあっては話は別。休みを返上してでも「国は守る」と意気込んでのことだった。
ドアノブに鍵がかかっていないことをそっと確認し、部下の一人がバクスに頷いた。
「良し……作戦開始」
バクスは蹴り破る様に扉を開けた途端、店内に侵入する。
「……えっ!?ちょっ……何だ何だ?!」
部下を引き連れ、ゾロゾロと入る。中にはこの店の店主だけが居て、カウンターで一日の売り上げを算出しているところだった。
「店主。ラルフはどこだ?隠し立てすると為にならんぞ!」
抜刀していないものの、金属でガチガチの鎧を着ている姿はこれから戦争にも行きそうな出で立ちだ。大声にビクビクしながら伝える。
「……ラルフならとっくに退店している。ここにあいつは居ない」
「居ない?嘘っぽいな……奥を調べろ!何かを隠しているかもしれん!!」
騎士たちは許可もなしにズンズン入っていく。その様子を見た店主は焦って引き留めようとするが、それが返って怪しいと言われる始末。
結局信じてもらえたのは、そこから一時間くらい後だった。




