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第十九話 無理筋な交渉

 街灯が点灯し始める薄暗い空の下。ゼアルを乗せた馬車が公爵の別邸に到着した。


「不味いな。かなり待たせてしまったかな?」


 タラップを降りてバクスに話し掛けた。バクスは強張った顔で目を伏せている。その顔を見てゼアルは気付いた。


「……何人か外出したか」


「申し訳ございません!できる限り止めたのですが……」


「無理もない。それで、何人だ?」


「えっと……ソフィー様とアロンツォ様のお二人です」


 ゼアルは少し意外そうな顔で口元に手を置いた。


「アロンツォは分かるとして、ソフィーまで……しかし、半数以上残ったのは上々だ。良くやったバクス」


「はいっ!ありがとうございます!」


 直角になる程深々と頭を下げる。


「時に尾行は……」


 バクスの肩がギクリと上がった。分かりやすい反応を見せたバクスにゼアルの口から苦笑が漏れた。


「……ふむ、中で待つとしよう。ご苦労だった」



──バンッ


「勝手なことを!」


 店主はラルフの突然の訪問とその言い分に遂にキレた。相手が大勢だとか魔族が一緒に居るかなど関係なく、机を叩いて席から立った。


「いや、そこを何とか頼むよおっさん。昔のよしみでさ……」


「出来ん!何が昔のよしみだ!ふざけるな!!」


 さっきまでお茶を飲んでいた湯呑みをぐいっと呷って空にすると、ガンッと割れるような勢いで机に置いた。


「おい店主、いちいち騒がしいぞ。もう少し落ち着いて話ができないのか?」


 ミーシャは耳の穴をグリグリと指で弄る。(つんざ)く様な音が耳にきたのだろう。


「……すいません……」


 店主の怒りは一気に鎮火し、ミーシャを気にしながらそっと座った。前に脅されたことを思い出してか、横柄な態度から一転、こじんまり猫背で縮こまった。


「……で、でもいくら言おうとここで寝泊まりすんのはダメだ。宿を紹介してやるからそこに泊まるんだな」


「頑なだな。店の商品には手を出さないからって、さっきから言ってるのに……」


「だからそういう問題じゃねぇと言った……!ろ。いいから出てってくれよ……」


 律儀に声を落とす(たかぶ)りきれない店主と煽るラルフ。両者どちらも譲らず平行線である。


「あ、あの、店長……ちょっと良いですか?」


 そんな空気に割り込んだのは店員の歩。困り顔でちょっと焦った様子だ。


「ん?おっと、お客さんでも来たか?……もしかしていちゃもんか?」


 ラルフはクレーム客だと思い込み、困ったものだと肩を竦める。


「そりゃお前だ。良いかラルフ、俺が客の相手してるうちに決めろよ。宿で泊まるか、路上で寝るかだ」


 席を立ち、店内に向かおうとすると、カウンターの入り口に付けたカーテンから綺麗な水晶が鋭利な先端を覗かせた。危うく刺さりそうになったのを後ずさりで回避すると、後ずさりに合わせてホーンの女性がバックヤードに入ってきた。


「あ、あの……こ、ここは関係者以外立ち入り禁止で……」


 店主は(ども)りながらも入ってきた女性に何とか伝える。いつもなら詰まることなく出る注意も、この女性を前に言い淀んだ。

 この女性の美貌に当てられてというわけではなく、ホーンを見たのが最初というわけでもない。

 似ているのだ。ラルフに同行している吸血鬼と。白い肌に真紅の瞳。違うのは牙が生えていないのと水晶の角を持っていることだろう。


「勝手に入って申し訳ありません。先ほどラルフと聞こえたような気がして……確か兇状(きょうじょう)持ちの懸賞金がそんな名前だったと記憶しておりますが……」


 キョロキョロと辺りを見渡している。突然の訪問者にみんな固まってしまう。

 見た目は如何にもな女魔法使いだ。路地裏の突き当たりにあるこの店に用があるということは冒険者か賞金稼ぎのどちらかだろう。

 ブレイドは警戒からガンブレイドの柄に手を添えた。相手が手練れならこの距離で必殺の魔法を瞬時に唱えることも想定できる。何があっても良いようにとの観点から即座に備えた。


「本当かい?そりゃ変だな……」


 その時、ラルフは相手に背を向けたままで立ち上がる。チラッと肩越しに相手との間合いを測りながらゆっくりと振り向いた。


「ここにラルフなんて野郎はいないぜ?……っと、ひょっとしたら俺の名前がそれっぽく聞こえたかも知れねーな」


 ラルフは手を差し出して握手を誘う。


「俺はアルフレッドってんだ。親しい間柄にはアルフって呼ばれることもあるからそのせいだろ?」


 笑いながら息を吐くような嘘をつく。ホーンの女性は小さな口で「ラルフ……アルフ……」と交互に口に出す。微妙に納得のいってない顔で一つ頷くと差し出した手を握った。ひんやりとした手はまるで氷のようだ。


「私はソフィー。ソフィー=ウィルムと申します」


 その答えに目を丸くする。


「これはこれは。って、ことは貴女が”アンデッドイレイザー”の?いや、今は”魔女”の方が良かったかな?」


「よくご存知ですね。特に前者の方はもうずっと呼ばれてませんよ」


 二人で会話を弾ませていると「くっくっくっ」と笑いを(こら)える男の声が聞こえた。アロンツォだ。いつからいたのか、壁にもたれかかって上機嫌にしている。


「アルフレッド?笑わせる……」


 アロンツォはおもむろにラルフとソフィーの近くに寄り、ラルフの腕を掴んで握手した手を離れさせた。捻りあげるようにすると流石のラルフも「痛い痛い!」と喚いた。


「余らは白の騎士団。そなたのような下郎は近づくことすら許されん」


 バッと投げるように手を離すと、あまりの勢いに体勢を崩す。何とか持ちこたえて手をさすりながらアロンツォを見た。


「いきなり何すんだよ……」


 ラルフの周りもその質問に無言で賛同する。武器を握ったり、腰を落としたり、ただただ睨みつけたり……。方法にバラつきはあれど、敵意という面においては一致していた。


「ふん、どうした?怒ったか?悔しければいつでも決闘を申し込むが良い。余は公爵の別邸で暇を潰している。この国にいる間は相手をしてやろう。行くぞソフィー」


 アロンツォはアゴで帰宅を促した。ソフィーはラルフ一行を一瞥した後、深々とお辞儀をする。すぐにアロンツォに追いつけるように小走りで去ってった。


「……行ったか?」


 ラルフは一息つくと、整理し始めた。


「白の騎士団は公爵の別邸とやらに集まっているようだな。しかし、アロンツォにここで会えるとは思いもよらなかったぜ。幸運だったな」


 ニヤリと笑って先の出来事を噛みしめる。それに呼応するようにアンノウンもニヤニヤ笑っていた。


「そうだね、アルフレッド」


 アンノウンは偽名をいじり始めた。ミーシャもにっこり笑って「アルフレッド!」と子供のようにはしゃいだ。


「参ったな……」


 ラルフは恥ずかしそうに頬を掻く。ブレイドとアルルは「まぁ、そのくらいで」と二人を宥めている。店主は舌打ちしながらも感心していた。


「全く……よくも口が回るもんだな」


「そりゃどうも。お褒めの言葉ついでにここに泊めてもらうってのは……」


「出来ん」


「ですよねー……」


 ラルフの思惑は外れ、店主に安宿を紹介されるのであった。

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