第十八話 路地裏の商店
「……あれ?」
抜け道を出た先は建物の中。路地裏の日の当たらなそうな暗い雰囲気の場所に、多くの建物と一緒に建てられている。
誰にも見られないように路地裏の様子を伺っていたラルフは、突き当りの店の明かりに気が付いた。隣りにいたミーシャは、きょとんとした顔でラルフを見る。
「どうしたの?」
「あそこ。店に光が……」
別の方向に注意を配っていたアンノウンも気になってそっちを見る。
「……光って何かと思ったら……営業中なんでしょ。別に珍しくないと思うけど?」
ブレイドもアルルもアンノウンに同調する。しかしダルトンだけはラルフの言いたいことに気付いた。
「ああ、店主が帰って来たんだよ。この間突然な。アルパザで骨を埋めるつもりだとばかり思ってたから驚いたな」
その時のことを思い出し、腕を組みつつ一人納得の頷きをしている。
ラルフはニヤリと笑った。
「……好都合だな。どこで潜伏しようか悩んでたとこだぜ。おやっさん、ここまででいいや。俺たちはあそこに滞在するから、何かあったら訪ねてきてくれ。つっても短い期間だろうけど」
*
ゴソゴソと棚を弄って商品を取りやすい位置に持っていく。
「……これで良しっと」
整理された棚を見て満足する少年。真面目なだけが取り柄だと思っている彼は、行き倒れの自分を拾ってくれた店主に恩返しがしたくて店番を買って出た。
阿漕な商売をしている店主にとっては、純粋とも取れる彼の提案に最初こそ否定したが、身寄りがないことを聞いて仕方なく首を縦に振った。
雑貨屋ということでエプロンを身に着けさせ、客商売をさせてみたらこれが当たり。教えなくても客への挨拶を怠らず、掃除や商品管理を進んでしてくれた。お金の種類や価値をきちんと覚えてくれたら店を任せられるレベルだ。
もちろん表の事業だけ。
「アユム、ご苦労さん。お湯が沸いたらお茶にしよう」
「え?でもお客さんが……」
「この時間誰も来やしないって。というのも今日は美味いお茶菓子が手に入ってな?せっかくだからどうかと思って……」
店主が上機嫌に話していると、入り口の扉につけた鈴が来客を知らせた。
「邪魔するぜ」
「いらっしゃいませー」
歩はいつも通り挨拶をした。しかし客の顔を見た途端、店主も歩もギョッとする。
「え……おまっ……何でここに……?」
アルパザで骨董品店の「アルパザの底」を経営する店主は、もう二度と会うことはないだろうと確信していた男と対面していた。
男の名はラルフ。魔族と行動を共にする彼は、多額の懸賞金を掛けられた最悪の犯罪者だ。そして……。
「魔族っ!?」
ミーシャの姿に見覚えがあった為にすぐさま身構える。ミーシャはせっかくアンノウンに作成してもらったサングラスを取って「ここじゃ意味無いか」と苦笑した。
「落ち着けよおっさん。あんたに危害を加えるつもりは毛頭ないぜ?まぁ、ちょっと話そう……」
店の奥で笛付きケトルが甲高い音を鳴らして沸騰を知らせる。
「お誂えだな。奥で茶でもシバくか」
何の脈絡もなくやって来たラルフたちに混乱しながら黙って見ることしか出来なかった。そんな店主の混乱を余所に、歩は困惑していた。もう長いこと顔を合わせていなかったアンノウンとの突然の再開。困惑しない方がどうかしている。
「久しぶりだね歩。その格好、似合ってるよ」
「……え?あ、うん」
あまりのことに狼狽していると、アンノウンは自分のすぐ側をラルフたちと共に通り過ぎる。その姿を目で追う。店主と一緒に奥に消えていくのを確認してため息をついた。
「随分差を開けられちゃったな……」
やっていることが元いた世界と変わらなかったことに気づいて歩は肩を落とした。自分はきっとどこにいっても変わることはできないのだろう。早く独り立ちしたくてバイトに明け暮れていた生活を思い出した。ある程度の文明があればこうして馴染もうとしてしまうのだろう。
異世界転生が叶った暁には、冒険者として華々しい活躍を見せる。そう思っていた時期が確かにあったはずだったのに……。
店の商品に囲まれながら自嘲気味に笑った。
*
アロンツォは部屋に入ってしばらく壁にもたれかかって目を瞑っていた。
「そろそろか……」
待ち合わせの時刻までにある程度の時間を置いたアロンツォは窓に近寄る。外を見ると、壁際に騎士の連中が常駐していた。一応警備のつもりだろうが、白の騎士団という英雄たちを前に何の役に立つのか疑問ではある。
「……いや、あれはどちらかと言えば監視の役割の方が大きいな。足りない物は自分で揃えろとガノンが言っていたが、あの様子では騎士の誰かが買いに行くだろう。ちょっとやそっとでは館に待機を促されるだろうな……」
この推測が正しければ、正面から行った方が波風は立たない。だが、尾行されるのは目に見えている。
ならばこの場合こっそり窓から飛び立てば、尾行はついてこられない。ただ、怪しい行動をとれば、後でゼアルから突き上げが来る。
見つけられず、且つ怪しまれず行動する方法。
「無理だな」
早々に諦めてカーテンを握る。
「……ん?」
正面ゲートで何やら揉めている。アロンツォは不敵に笑って窓から飛び降りた。
件のゲートではソフィーが外出の許可を求めていた。
「ですから、買い物ではなくて少し気になることが……」
「それでしたら明日になさってはいかがでしょう?今日はもう遅いですし、もしご所望でしたら明日街をご案内させていただきます。ですのでお戻りを……」
この問答は既に三回目だ。何度言っても同じ会話に持ち込んで諦めさせるつもりらしい。ソフィー一人ならば後三回ほど同じことを繰り返したら諦めていた可能性はある。
「そなたら、何をしている?」
ここにアロンツォというイレギュラーが入って来なければの話だ。
「ア、アロンツォ様……」
「これは良い時に。実は外出したいのですが、遅いから諦めろと言われていたところです」
「ほう?……して、その心は?」
「あの……いくらこの国が平和だといえ、夜外出されるのは危険かと思いまして……」
「ほう?人類の英雄がホームで危険?万が一ゴロツキ程度に怪我でもさせられるなら、その者は即刻引退で良かろう。一人が危険だというなら余が同行しよう。それで文句はあるまい?」
何も言い返せない。騎士たちはこの二人を見送る他なかった。
しばらく歩いていたが、移動の速度が遅いので飛ぶことを提案する。飛行魔法が使用できるソフィーはアロンツォと共に飛び立ち、図らずも尾行を撒いた。
少し飛んで行った先の路地裏に降り立ち、周りをキョロキョロ見渡した後、近くにあった店を目指してソフィーは歩く。アロンツォは別行動をすべきだと思いながらも、ソフィーが一体何の為に外に出たがったのか気になった。
結局二人で行動することになり、ソフィーが率先して店の入り口をノックした。
「……はーい」
扉を開けたのは、アロンツォにとっては見覚えのある少年だった。




