第十六話 戦友との再会
イルレアン国の関所に雄々しき翼人族が現れた。バレリーナの様に引き締まった筋肉と鋭利な槍。その姿を見た兵士たちは国に入ろうとする商人や旅人の列を一旦止めて、その者に掛かり切りになる。
通行証や身分証明書などの提示を求められることもなく素通りし、マクマイン公爵の別邸にアロンツォは案内されることになった。
黒曜騎士団の警護、豪華な馬車での移動。超VIP待遇でのもてなしは久々に自分の立場を思い出させた。
何しろラルフの下では何でも自分でする必要があり、更に自分より強い存在が一つ屋根の下に居るというおまけ付きだったので色々と気を揉んだ。
未だに空王が人質という立場にあるので気は抜けないものの、要塞を離れた今、肩の力を抜くには良い機会となっていた。
目的地に着き、馬車のタラップを降りたアロンツォは白の騎士団が集まっているという別邸を一瞥した。タラップのすぐ下に控える黒曜騎士団のバクス副団長に目を向けると、まるで自分の部下に問いかけるような口調で質問する。
「余を抜いて何人が集まった」
「はっ、七人でございます」
「七人だと?一角人の連中も来たと言うのか?」
「はっ、氷突様と剛撃様、天宝様と最近名誉の戦死をされた嵐斧様を除く、八人全員がここイルレアンにご滞在でございます」
それを聞いたアロンツォは目を見開いた。その後すぐに目を閉じ、しばらく考えるような素振りを見せる。バクスは突然の沈黙に下げた頭を上げる。
何かを思案するアロンツォを邪魔しないように一緒になって黙っていると、おもむろに目を開いた。
「……アウルヴァングが死んだとはな……喧しい男だったが、嫌いではなかった」
そのセリフを聞き、今の沈黙が黙祷を捧げていたのだと察する。バクスはその心意気に感動し、無意識に敬礼の姿勢を取っていた。
アロンツォは突然のバクスの行動に一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに微笑を湛えて頷いた。礼儀を弁えた熱き漢バクスに返礼後、館に歩き出す。
噴水や花壇などが綺麗に整備された荘厳な庭を抜けて出入り口に到着し、あえてノックも無しに扉を開けた。
「……マジかよ。何やってたんだフライドチキン?」
そこには玄関前で椅子に座り「待ってました」と言わんばかりの格好でガノンがくつろいでいた。扉を開けて一番目に会ったのが犬猿の仲の男。アロンツォはせっかくのやる気が削がれたような気持ちになり、扉をそっ閉じした。
「……ざけんなオラァッ!!」
バンッ
ガノンはすぐに扉を開けてアロンツォを睨む。そこで怪訝な表情で辺りを見渡した。
「……ナタリアは?」
「ナターシャには個別にやることがあってな。今回の参加は見送らせてもらう」
「……手前ぇ、この召集の意味が分かってんのか?」
「全く知らんよ。きちんと文章にしてもらわないと内容は読み手には通じないぞ?……先程アウルヴァングが戦死したと聞いた。それと関連があるのだろう?」
「……ああ。まぁ、何だ……立ち話もあれだから入れよ」
アロンツォはガノンのしおらしい顔に(そんな顔も出来たのか……)と考えつつ促されるままに中に入った。中も外観に劣らない豪華ぶりに満足しながら奥に進む。
「……おい」
ガノンの呼び掛けに振り返ると、アロンツォの前に鍵が投げられた。虚を突いたような投げ渡しだったが、難なく受け取り、タグの番号を見た。
「部屋の鍵か」
「……ああ、この国に滞在する間はその部屋を使え。中にあるもんは好きに使っても良いみてぇだから、衣食住はここで完結してる。他に欲しいもんがありゃ街に繰り出して買えっつー話だが、国外には出るなよ。今回は真面目に戦力がいるんだからな……」
それだけ言うと客室に歩き出した。
「待て。この召集の説明は?」
「……ゼアルの野郎が来てからだ。俺は眠てぇから仮眠を取る。野郎が来たら起こすようにアリーチェに伝えてくれや」
手をひらひらさせて自分の部屋へと消えていった。その後ろ姿を呆れ顔で見送ると、人の気配がする食堂に足を運んだ。
食堂に顔を出すと、そこには懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「あ、お久しぶりです。アロンツォさん」
さっと立ち上がって挨拶したのはソフィーだ。現在の白の騎士団で最高齢であろう彼女は、その実誰より腰が低い。それに呼応するようにイザベルも立ち上がり会釈した。
「ソフィーにイザベル。久しいな、息災であったか?他の者たちも……ん?そなたたちは……」
そこには場違いだと思える少年少女の姿があった。守護者の正孝と美咲。彼らとまともに会うのはカサブリア以来である。
「よぉ、あんたか」
「ども〜」
アロンツォに対しては何でもないように接しているが、美咲がエルフに同行してこの地を訪れた時、正孝との再会は大いに驚いていた。まさかここでまた会えるとは思っても見なかったからだ。今でこそ時間が経って落ち着いているが、会った当初は気まずい雰囲気で喋られなかった。
「なるほど。四人の代わりがそなたらであるのは心強い。その特異能力とやら、存分に発揮するが良い。期待している」
「わー……超上から目線。でも社交辞令だけは貰っとく」
「おい、ふざけんな美咲。失礼だろうが」
正孝の注意に目を丸くする。信じられないものを見た美咲は頬杖を突いてため息をついた。
「……まーくん変わったね。一人だけ大人になっちゃった?」
正孝はフンッと鼻を鳴らして顔を背けた。
「喧嘩スナヤ。ソレヨカ天宝ハ相変ワラズ来ナイダカ?」
「うむ」
「……ドゴール モ腑抜ゲテ使イ物ニナランチューノニ……」
ルールーはブツブツと文句を垂れる。部下の何人かが彼女を宥めようとするが、それを煩わしそうに手を振って跳ね除けていた。
「……ふむ、ほぼ揃っているとはいえ、何かとあるようだな。お互いに」
悲哀を感じる空気の中、ようやくハンターが口を開いた。
「新顔の僕が言うのも何ですが、いざとなれば何とでもなるのがあなた方だと僕は信じてますよ。皆さんの能力はそれこそ破格の力ですからね」
他力本願といった口ぶりだが、彼には彼の能力がある。白の騎士団へ加盟できる人材はほんの一握りなのだから。
「……ゼアルが来るまでの間は待機ということらしいな。余も一休みしようと思う。それではまた……」
アロンツォは踵を返して与えられた部屋に向かった。
一体どんな作戦が待っているのか。ガノンの召集にはアウルヴァングの死が関わっている事は間違いない。となれば、やはり怨恨だ。
アロンツォは魔王戦を意識し、作戦内容を予想しつつ部屋の鍵を差し込んだ。




