三十六話 ルーザーズ
公爵との通信が途絶え、辺りに静けさが戻る。
「……何のつもりだ?ラルフ」
団長はラルフの突然の行動に信じられないといった顔で尋ねる。それは奇遇にもこの場にいる全員の総意だ。
「そうじゃラルフ。そちさっき、こやつに任せルとかなんとか言っとらんかっタか?」
ミーシャとベルフィアは唖然と言った顔だ。店主は第三者視点で蚊帳の外だが、それでもラルフの行動には眉を顰める。
「……なんだよお前らまで。分からなかったか?あのまま放置してたら団長さんが何もかもぶちまけちまうとこだったぞ」
「嘘をつかせる事で合意したじゃないか。ラルフが言い出したんだぞ?」
ミーシャも問い詰める。幾ら何でも邪魔は不味い。これでは通信をさせなかった方が良かったとも言える。
「団長さんはおっさんを参加させて公爵に違和感を持たせた。そのせいで本来スルーされるべき事まで聞かれてたんだぞ?何とか目を逸らす為なら、ああするしかないだろ?な?」
パーティー編成に関して興味を持たれた事は正直不味い。通常人間種のみで編成されるのが当たり前なのに、そこを突いてくるなんて、会話の流れだとしてもあり得ない。公爵がよほどの好き物か、無知であればあり得るが、冒険者の人数を少ないと言い放った所から冒険者の事に元から興味などない事は明白。にもかかわらず聞いてきたと言う事は違和感を察知できる公爵の知的さが垣間見える。
ラルフは団長の普段の通信で、何もなかったように振舞いたかった。それはミーシャの為であり、ベルフィアの秘匿でもある。だがそれは団長に好機を与えただけに過ぎない。
「……好機に関しては最初から感じていたが、ラルフの意見だからと肯定した。……しかしな、これならこいつに報告などさせねば良かったと思うのは私だけか?」
「いえ。妾も感じましタ。」
この場にラルフの味方はいない。どころか団長は哀れみさえ出している。
「……ラルフ……貴様は公爵に対してどこまで調子に乗るのだ。あれでは殺してくださいと言っているようなものだぞ?」
「俺もそう思ったぞ?ラルフ……。お前は死んだよ……」
店主すらラルフの将来を悲観する。
「ちょ……おま……大丈夫だって!公爵は人類の裏切り者だし、そこを公にすれば助かるって!現に裏のつながりについては秘匿したし……な!ははっ」
言ってて自分で自分を追い詰める。大体、一介の冒険者の戯言など誰が聞くのか?その上、イルレアンは最強の軍事国家。もし話を鵜呑みにしても、どこの国が追及し、追い落とす真似が出来るだろうか?
ラルフはミーシャとベルフィアの為とは言え、ただ単に勝手に人類に反旗を翻し、挙句、喧嘩を売っただけだ。皆から刺さる視線を受け、ラルフは落ち込む。常に先を読んでやって来たというのに、最近こういう空回りが増えた。自分の経験すら間違いだったのではと勝手に沈む。
「……ぷっ……あはははっ!」
ミーシャはラルフの言動に笑いが込み上げた。実に陰湿だと思われるかもしれないが、それは透き通るような気持ち良いものだった。
「はーっ……ありがとうラルフ。お前は私の為に自らを犠牲にしてくれたのだな。不器用だが、凄く嬉しい」
ラルフを肯定するミーシャらしい意見だ。
「まぁ確かにあノ報告では、妾と魔王様ノ情報は出とらんし、タだ単にラルフがあノ人間にちょっかいかけタにすぎん。思うところはあれど、これで晴れてそちは、魔王様ノ側についタと言う事じゃな」
ベルフィアの言う通りだ。実際、団長を含め、騎士団を皆殺しに出来たし、そうなればラルフの情報は完全に秘匿され、公になる事もなく裏で暗躍出来た。人の社会に溶け込み、危なくなればどちら側にも逃げられるように動けたのである。
これはいわゆる我儘という奴だ。ラルフは出来れば人を殺したくはない。同じ種族だし、殺した後の寝覚めが悪い事を知っているからこその考えである。その様子を端から見ていた店主は呟く。
「まったく、ラルフらしいな……」
団長はこの様子を見て、居心地の悪さと苛立ちを覚える。
「貴様が公爵に喧嘩を売ろうが、人類の敵になろうが関係ない。約束通り報告をした。部下を解放しろ」
「何を言ってるんだ?解放はしないよ?」
ラルフは団長の要求を突っぱねる。
「なっ……貴様!」
思わず剣の柄に手が伸びる。本物の魔剣だ。抜かれたらラルフは死ぬ。ドンッという音と共に団長の足元に魔力が放たれる。ミーシャによる魔力弾の牽制。当たれば無事で済まない一撃は、何の抵抗もなく床に穴をあけた。
一連の行動は「アルパザの底」で行われ、店に穴をあけられた店主は内心、気が気ではないが、何も言えないので押し黙る。
「ミーシャ、ありがと。さて、俺たちはお前らから逃げ切る必要がある。なんで邪魔されることが分かっているのに開放するんだ?」
ラルフはこれ見よがしに首を傾げて問う。
「……ならば、どうするのだ?私の部下はどうなる?」
「昨日の今日でもう忘れているのか……言ったろ?俺たちは二、三日ここに滞在する。その間は檻の中にいてもらう。俺たちが出ていってから解放が流れだ」
ラルフは団長の元にズカズカ歩み寄り、魔剣に手を伸ばす。
「貴様ごときが触るな!」
バシッと手甲で手を払われ、痛みで悶絶する。
「痛っ!……ちっとは手加減しろよ……」
「情けない男じゃ。どれ、ラルフが嫌なら妾が預かろうではないか。なに、壊しはせんヨ?」
ベルフィアはひらひらと右手を差し出す。その手を見て切り落としたい気になるが、ここで第二開戦を始めても、完全に不利となる。魔剣を腰から外し、
「……店主」
店主に渡す。ラルフ側に渡すくらいならという奴だ。武装解除するなら、特に文句はない。
「それじゃ部下と一緒に檻に入ってもらう」
「我らの食料はどうなる?」
生かすなら当然の事だ。店主から購入した大量の食料を団長に持たせる。
「みんなで分け合えば、切り詰めて何とか三日分あるだろ。足りなけりゃ今ここで、おっさんから買ってくれ」
「言いたくないが……排便に関しては……」
「二人とも…ちょっといいか?」
店主が口をはさむ。
「地下には一応、設備が整っている。ま、檻から出られたらだが。どうだ、ラルフ。地下に閉じ込めるってんで檻から出してみては……」
店主の提案。店主としても糞尿がその辺にぶちまけられたくはないだろうし、それはありかもしれないと思った。提案の無かった、昨日の晩から朝にかけては知らないが……
「閉じ込められるならそれでいい。とにかくおとなしくしていてくれ。もしお前らが勝手に行動したりすれば、命の保証はない。分かったか?」
団長は無言でうなずく。今更逆らう気はないだろう。素直すぎるのは気がかりだが、そう粘着する事はない。一通りの作業を終え、ようやく店を出る。早朝から考えればかなり時間が経過していた。昼近い陽気の中、クゥゥゥッというミーシャの腹の虫が元気に鳴いている。ミーシャはお腹を押さえ、恥ずかしがってそっぽを向いた。
「……日差しがきついノぅ……」
ベルフィアはあえてそれを無視し、ミーシャを気遣う。だがラルフはあえてそこに行く。
「確かに腹減ったよなぁ……ミーシャは何が食いたい?」
ベルフィアはラルフの空気の読めなさに、眉をそばだてて睨む。
「なんでラルフはお腹の音ならないの!ズルい!私ばっかり!!今すぐ聞かせて!!」
変な駄々をこね始めた。ミーシャは上位者になったり、子供になったり忙しい奴だ。
「魔王様、お気を確かに……」
ベルフィアも急な変化におろおろしている。
そんな二人を笑いながらラルフは気楽に宿に向かって歩き出す。
”トレジャーハンター”に固執するイカれた男は世界の敵となった。
孤立した魔王は世界の敵となった。
追い詰められた吸血鬼は世界の敵となった。
負け犬共の寄り合いが今ここに誕生した。
アルパザに平和が訪れて約百年。突然見舞われた災厄は業火となってここから世界に飛び火する。