第十三話 着々と到着
白の騎士団の召集。
最強の戦士たちがイルレアンに続々と集結する。
「おい、大通り見たか?」
街の裏通りにある小さな酒場。青年は目を輝かせながら隣の客に話しかけた。昼間だというのに酒を手に持った酔いどれのオヤジが、眠そうなトロンとした目で青年を見る。
「あぁ?何かあったんか?」
「さっきよ、一角人が何人か歩いてたぜ。しかもありゃ礼装だったな……」
酔いどれオヤジは「それが?」といった顔で酒を呷る。ホーンもヒューマンの味方だ。国交だって普通に開かれているのに今更珍しくもない。いや、水晶の角が額から生えてるのだから、そういうのを見たことない者にとっては物珍しいだろう。
横で話を聞いていた太った男が「よぉ」と話しかけた。
「俺なんかさっき獣人族見たぜ。五、六人くらいで城に向かってた」
「マジ?昨日はエルフが入国してたし、何かあんのか?」
普段見る機会の無い種族まで入国していたことで、酒場はワイワイ賑やかになった。
「ママ!!今月って何か記念日あったっけ?!」
ママと呼ばれたのはこの店のオーナー。カウンターの内側でヨボヨボのお婆ちゃんが、立っているのもやっとといった感じにプルプル震えている。
「あたしゃ何も知らんよ!」
青年に怒鳴るように声を張り上げる。耳が遠いのだ。ここにいる客は皆それを知っているので驚くこともない。
「そりゃそうか」
青年たちは納得するとまた話を再開した。
*
「……随分とまぁ懐かしい顔ぶれに出会ったぜ」
ガノンは公爵の別邸の玄関ホールに椅子を置いて、ニヤつきながら入館した人を待ち伏せていた。
「こ……これはガノンさん。お久しぶりでございます」
オドオドとした態度で急いで頭を下げる女性。
フード付きの真っ白な上着とおそろいの白いロングスカート。竜の文様が描かれた前掛けに六芒星のネックレス。お世辞にも健康的とは言えない白い肌。顔と髪を隠すためか、フードを被っているが、ふわふわの髪の毛が入り切らずに顔の横から覗き、ルビーの様な綺麗な瞳は額の水晶の角と対照的な色合いで見るものを魅了する。
彼女の名はソフィー=ウィルム。二つ名は”魔女”。数十年前から一切変わらないその美貌に恐怖を感じたホーンの王様が付けた異名。それがそのまま白の騎士団で使われる様になった。
「ソフィー様、この様な無作法なケダモノに敬語は使わない方が宜しいかと……」
ソフィーとは違い、毅然とした態度でいるのはイザベル=クーン。美しい金髪女性。二つ名は”煌杖”。二人ともホーンであり、優秀な魔法使いだ。
「……けっ、言うじゃねぇか……相変わらずだなイザベル」
「気安く名前を呼ばない様に……」
イザベルはソフィーに「こちらです」と手を引き、一緒にやってきた部下と館の奥に進んだ。
次に顔を出したのは激烈のルールー。こちらも部下と一緒に入ってきた。入り口を開けてバッチリ目が合ったのに、ルールーは素知らぬ顔で横を通り過ぎようとする。
「……おいコラ手前ぇ。挨拶も無しか?」
ピタッと立ち止まると「ハァ……」とため息をつき、流し目でガノンを見た。
「……カサブリア以来だな。無様晒して伏せってた仔猫は何処へやら……その様子だと、やっと立ち直ったか?」
「喧シイ!ダケン オメート話スノハ嫌ナンジャ!」
ルールーの怒声に呼応して部下たちも威嚇する。アニマンたちの気性の荒さはよく知られていて、ちょっとしたことで喧嘩に発展することはよくある。
ヒューマンはそれこそ身体能力に大きな差があるので、アニマンと会話をする時は言葉には気をつけるのだが、その手の常識はガノンには通じない。
「……まぁそう熱くなるなよ。あの時負けたのは何も手前ぇだけじゃねぇんだからよ」
そう言うとポケットから金貨を一枚取り出した。親指で弾くとチィンッと甲高い音を立て、ルールーの眼前に飛んできた。顔に当たる軌道だったので思わず金貨を掴む。
「……ゴレハ?」
「……あん時の賭けの負け分だ。手前ぇはさっさと帰っちまったから渡す機会がなかったろ」
「変ナドコ律儀ダデナ……マ、貰ットグデ」
ルールーは背後に控える部下に金貨を手渡すと、階段を登って二階に上がっていった。それにすれ違う様に食堂からひょこっとアリーチェが顔を覗かせた。
「何かあった?大きな声が聞こえたけど」
「……待ち人来たれりってな。残すところはバードの兄妹だ」
「あれ?”氷突”には送らなかったの?」
「……魚人族が何の役に立つ?海上での戦いなら別だが、陸に引っ張り出すのもな……後、海の中への郵送は金と余計な手間が掛かるしよ」
「ああ、後者か」
良い言葉で節約家、悪い言葉でドケチと評されるガノン。緊急の用件にも金勘定は欠かさない。
「……ったく、アロンツォの野郎……こんな時に一番に来るだろうバードが遅刻とは、一体どこで寄り道してるのやら……あ、そうだ。そういやちょい気になったんだがよ。さっきから来る奴みんな何も言ってないし、案内してないのに勝手にズカズカ入って行くんだが何でだ?」
初めての館に手を引っ張って誘導する奴される奴。当然の様に二階に上がる奴ら。自分の家じゃなく、公爵の別邸なので気になる程度にとどめておくつもりが、ルールーが我が物顔で二階に上がっていったことで我慢が効かなくなった。
「知らない。警備の人が部屋の鍵でも渡してんじゃない?」
「……それだ。間違いねぇ」
答えを得たガノンは椅子に座りなおして本格的にくつろぎ始めた。
「……アリーチェ、酒頼むわ。瓶のエールが保存庫にあったから持ってきてくれ。一番冷えた奴で宜しく」
「ご自由にどうぞー」
そう言うと食堂に引っ込んでいった。残されたガノンは天を仰いで呟いた。
「……冷てぇー」




