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第九話 幕間

 ラルフたちがクリムゾンテールの秩序を乱している頃、ヒューマンの最先端の国”イルレアン国”にようやくガノンたちが到着した。


「……んだよここ。他の国と違い過ぎねぇか?」


 ガノンと共に旅をする正孝は驚愕の眼差しで街を見渡した。

 しっかりと石畳で舗装され、街灯がズラッと並んだ綺麗な道路。清掃が隅々まで行き届き、ゴミの一つも落ちていない。背の高い石造りの家が近代的な空気感をより強くし、人々には活気があふれ、街ゆく人たちの顔には落ち着きと安心があった。


「一歩外に出りゃ魔獣の住み着く超危険領域だってのに、何でこんなに余裕な顔してんだよ」


「ここはご覧の通り結界が張られてて、並みの魔獣なんかじゃ突破できないからね。魔族もここと”ヴォルケイン”は避けてると思うよ」


 アリーチェは当然だと言わんばかりに説明する。ガノンはしけた顔で舌を打った。


「……チッ、ただの平和ボケの連中だ……」


 白の騎士団というだけで関所を難なくパスした彼らは、この国に滞在するために宿を探す。その間、ふらふらとドゴールが酒場に引き寄せられていたが、幾度もその道を塞ぎながら大きめの宿に辿り着いた。


「ここなんか良いんじゃない?」


「……バーカ、高ぇよ。もう少し貧相な宿がこの先にある。そこにしようぜ」


「けーっ!ここでもケチんのかよ!アウルヴァングの爺さんの時に反省して少しは変わったと思ったのによ!」


 白の騎士団が一人”嵐斧”のアウルヴァング。ドワーフの国”グレートロック”での戦いで戦死した。ガノンの奢りで食わせていた酒場で「飲み食いし過ぎだ」と止めたことを後悔していたのだが、それとこれとは話が違う。


「……世の中金だぜ。金があれば何でも揃うからな。ケチで結構」


 先に進もうとするが、ふと一人いないことに気づく。


「……おい、ドゴールはどうした?」


「え?また?」


 三人でキョロキョロと見渡していると、食事処が目に映った。三人はため息をつきながら食事処に向かう。中に入ると、案の定ドゴールがカウンターに座っていた。既に何かを頼んだようで目の前にはコップが置かれ、中の内容物は茶色く染まっている。十中八九、酒だろう。


「……おい手前ぇ、良い加減にしろよ。少しは切り替えられねぇのか?」


 ドゴールは死んだような濁った目でガノンを見る。以前の聡明さは何処へ行ってしまったのか、声の一つも発することなくカウンターに向き直った。


 ガタンッ


 ガノンはドゴールの胸ぐらを掴んで目の前まで引き寄せた。ドゴールの足はぷらぷらと浮き、首も締まっているだろうに、苦しそうな様子も怯える様子もなく虚空を見ていた。


「お、おお、お客さんっ!うちで喧嘩は困るよっ!」


 料理を作っていた店長が慌てて駆け寄った。


「あははっ、ごめんなさいお店の方。ほらガノン、ドゴールを降ろして。丁度食事時だし私たちも食べましょうよ」


 苛立ちから血管が浮き出ていたガノンは、プルプルと震えながらゆっくりとドゴールを床に足を下ろした。胸ぐらから手を離すと、解放されたドゴールはカウンターの椅子を起こして元の位置に収まった。

 それを見て舌打ちをした後、近くのテーブル席にドカッと座った。正孝もアリーチェもバツが悪そうにテーブル席に座る。


「……おいドゴール。ここは手前ぇが俺らの分まで出せよな……」


 三人も料理を適当に頼むと、店内に嫌な空気が流れる。この街……いや、この国はゴロツキに該当するものがほんの一握りしかいない。だからこんな喧嘩まがいのいざこざが起こったのも珍しい部類に入る。店長はビクビクしながら何とか料理を提供した。


 四人が料理を堪能していると、外にガチャガチャと金属の擦れる音が響いた。その音に店の入り口を睨む。


「……なんだ?」


「あれじゃない?関所の兵士が私たちのことを上に伝えたのよ。ほらガノンを見て慌てふためいてたじゃない」


 白の騎士団であるガノンが突然やってきたのだ。歓迎されてもおかしくない。この金属の音が全身鎧の音だと気づくまでにそんなに時間はかからなかった。


「へー、律儀なもんだな。つってもグレートロックの時と同じか。このおっさんが迎えに来た時と状況が似てるぜ」


 正孝はほっぺにご飯粒をつけながらドゴールを見た。当の本人は酒を呷る。

 ガノンは面倒臭そうに席から立つと、入り口を開け放った。そこには案の定、ゼアルが立っていた。


「……よぉゼアル」


「ああ。もうそろそろ来る頃だろうとは思っていたが……全く貴様は、到着したのなら先ずは私のところに顔を出さないか」


 このセリフにも既視感があった。


「……けっ、どいつもこいつも言うことが変わらねぇ……手前ぇも食ってくか?」


「いや、私は良い。ここの食事が済んだらすぐに城に来い」


「……そうはいかねぇ。宿を探さねぇとだしよ」


「良いから来い。宿なら私が用意する」


「……ああ?何だよ手前ぇの奢りか?なら喜んで行くぜ」


「まぁそんなところだ。城で待っているぞ」


 ゼアルは踵を返して歩き去る。ガノンもその背中を見送った後、店に入って席に着く。


「……たく、相変わらずの仕事人間だな……」


「ゼアルさん?」


「……ああ、食い終わったら城に来いとよ」


「つーことは城で寝泊まりすんのか?俺一回城に泊まってみたかったんだよ。遊園地にある城とか一泊できたらって夢見てたんだよなぁ……」


「なになに?マサタカは意外にロマンチストなの?」


「……何言ってんだ。城で一泊なんざ出来るわけがねぇだろ。ありゃ王の居城だぞ?城勤めなら分からんでもないが、流れもんに城を開放するかよ」


「んだよ、がっかりだな」


 ふてくされる正孝。それを尻目にガツガツと食事をし始めるアリーチェ。食事が終わったらすぐに来いと言うお達しを聞いて、あまり時間がないと思ったのかペロリと平らげる。


「すいませーん。お代わりお願いしまーす」


「……食いすぎんなよ?」


 その後、ガノン、正孝、ドゴールの食事が終わるまでに三回お代わりを繰り返した。

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