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三十五話 報告 後

「君がラルフ君かね?」


『はい。俺がラルフですけど』


 公爵は「この男が……」と、ついまじまじ見てしまう。団長の実力を考えても、この貧相な男にやりこまれる姿が思いつかない。となればこの男のパーティーが優れていると考えるのが妥当と改める。


「盗賊のスキルを有していると聞いている。探索に持って来いの能力だな。期待しているぞ」


『ありがとうございます。この仕事は金払いがいいんで稼がせてもらいますよ』


 ラルフは「へへっ」と卑屈に笑う。公爵はこの卑屈さに正直イラっと来た。

 公爵は聡明で高尚な男である。正反対の男を見ると虫唾が走る。何故なら正反対とは自分が成る事の無かったもう一人の自分のようなものだ。いわゆるなりたくもない自分という見方でもある。


 しかしこれはラルフの演技であろうことは想像に難くない。大雑把で空気が読めず、卑屈で頭足らずの自分が出ていき、公爵を怒らせる事で一方的に通信を切らせる事がこの演技の真意だろう。だとするなら、先の言動は公爵の性格をかなり読んで出た態度だ。思っているより観察力に優れている。


「……ああ、大いに稼いでくれ。ところで質問があるのだが、君のチームは三人らしいな少人数では大変じゃないかね?」


 論点をずらしたいが為に出たというのにラルフは宛が外れたと心で悔しがるが、顔には現れない。


『ええ?いやそんな事ないっすよ?信頼できる仲間ですし、むしろ人数が多いと動きづらいっすね。俺らプロなんで』


 任せろとふんぞり返る。一つ一つの所作が一々勘に触る。


「なるほど。魔法使いとモンクだったかなチームを組んで長いのかね?」


『まぁそっすね。ベテランといって差し支えないっしょ。それじゃまだ用意があるんで……』


 とっとと公爵の目から離れたいラルフは適当ほざいて逃げようとするが、


「待ちたまえ、君からの報告を聞いていないのだが?」


 ピタッという感じで停止する。一瞬演技を忘れた顔が出てくる。すぐに切り替え、公爵用の卑屈な顔に戻る。


『はぁ……報告ですか?何を言えばいいっすかねぇ……』


「第二魔王捜索に当たって、未だに影すら見当たらない。どうしたものかと君の見解を聞いてみたいのだが?」


 ラルフは考えを巡らす。目の前で腕を組んで見せ、不遜な態度で唸る。上位者に対してあるまじき態度だが、公爵を逆撫でして怒らせる為の態度だと分かれば、効果的な方法だと思う。ハッと思いついた顔をして、公爵に向き直る。


『もともと第二魔王はこの辺りにいないとか?』


「……というと?」


 ラルフは団長の方をチラリとみて様子を窺う。その仕草を見て団長は首を微妙に降る。


「……どうした?言ってみてくれないか?」


『いやね、団長さんにも言ったんでさぁ。こんな所に第二魔王なんているわけがないって。アルパザの近郊には彼の竜がいますからねぇ、魔族でも恐れて来ないっつって』


 公爵は演技だと分かっているが、あえて聞く。


「話してないのか?彼の竜が第二魔王に屈服した。その直後に裏切りがあり、死にかけの第二魔王がその近辺にいるかもしれないと確かな筋(・・・・)で報告を受けたからこそ君にも仕事が与えられているのだよ。そうでなければ、辺境に最強の騎士を派遣するかね?」


『そこなんだよなぁ……確かな筋ってのが怪しいっていうか。ぶっちゃけ誰なんすか?』


 ぬけぬけと聞いてくる。ラルフもこの状況を理解してきたのかノリノリである。


「それは国家機密でね。答えられないが、第二魔王は必ずそこにいる。とにかく何でもいいから痕跡を見つけろ」


 公爵は椅子に座り直し、机の書類に目を向け始めた。


『おや?逃げるんですかい?』


 聞き捨てならない事を聞いた公爵は、一度ピタッと動きを止めた後ラルフに目を向ける。その目は憤怒に彩られていた。


『俺は真実しか報告してないんですがね~。その点、公爵はどう考えてるんです?はぐらかすなんてこれじゃ俺、信用出来ないっすよ~』


 ラルフは竜の逆鱗を、ぬるぬるべちゃべちゃの油まみれの手で撫で上げるがごとく公爵の心に寄りかかっていく。公爵は肘をつき指同士を絡めて、前のめりに体重を預ける。


「ラルフ君……人を煽る時は考える事だな。今君に身を守れる壁や武器がない事は承知かな?それに契約で動き、給金を出すこちらに逆らうと生活に支障が出るだろう。もう少し賢く生き給え」


『これでも結構、賢い方ですけどね。しかし給金云々で言論封殺とは、これはマジですねぇ……俺の見立てでは組んじゃいけない勢力と手を結んじゃってるんじゃないかって憶測があるんすよね?たとえば……いや、よしとこう。これ以上深入りはまずいっすよねぇ?』


 ラルフは自分に危害がないからと調子に乗っている。これ以上面倒な事を言われる前に通信を切ってしまうのが得策か。本当は団長に斬り捨てるよう厳命したいが、何らかの形で団長の弱みを握っているであろう現状それは出来ない。


「……ラルフ君の言いたい事が分からないが、これ以上は追及しない……。私も忙しいのでな。今後はゼアル団長に任せる。いい結果を期待しているぞ」


 というセリフの後、公爵は一方的に通信を切る。結局、団長が脅されている事、その主犯がラルフである事、この二つがまぎれもない事実のようだ。通信が人間による策略であるならば、おのずと答えが出る。


 公爵は席を立ち、窓の外を眺める。


(彼奴は何事もなかったように振舞おうとしたのだろう。知られてはいけない何かを見つけた。騎士団を脅し、団長すら丸め込む何か……)


 魔剣はいつも通り携えていた。普段通り動いていたし、怪我の類もない。部下は消耗品であり、人質に取られても強行するだけの気概は持っている。果たして、見た目通りなのか?例えば部下を全員人質に取られ、怪我もしていて魔剣が偽物なら?荒唐無稽な考えだが、これならしっくりくる。

 なら知られたくない何かとは一体……。分からないと言う事は、時に大きなストレスとなる。


「……ラルフ」


 心の奥底から湧き上がるのは、目の前にいる害虫をひねりつぶしたい衝動。鍛え上げられた筋肉が強張り、徐々に熱を帯びていく。公爵はこの日を待ちわびていたはずだった。最強の騎士を送り込んだのも、あれに止めを刺す為だし、この日の為に準備は入念にしてきたはずだった。

 魔剣”イビルスレイヤー”の能力を遺憾なく発揮し、バラバラの死体を拝めるはずだったのだ。握りこぶしは血が滲み、太い首には血管が浮き出て歯が軋むほど噛み締める。今日ほど人を恨んだ事はない。いや、これほど怒りを感じた事がない。”(みなごろし)”によって負けた戦に関して、諦めの方が強いからだ。あれを殺す悲願を達成しうるなら、命をも惜しくはない。


 だがラルフだけはこの身滅ぼうとも必ず殺す。決して逃がしはしない。


 公爵が新たな誓いを立てた頃、部屋に置いていた高価なオルゴールが突然鳴り響く。それは単なる調度品ではなく、彼の国との通信機であり、ある細工をしない限りは単なるオルゴールの機能として使用出来る。


「どうしたというのだ?」


 予定にない突然の呼び出しに驚きつつも緊急である事を理解し通信機を取る。そこで聞いた事は、お気に入りの書斎を破壊し手を血だらけにしても怒りが収まらなかった。公爵はその日の内に残った黒曜騎士団を率いてアルパザに向け、イルレアン国を出立した。

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