第二話 期待とは裏腹に
ゆらゆら漂う海、晴れた空、白い雲に紛れる要塞。
空中浮遊要塞スカイ・ウォーカー。ここには雑多に種族が混在し、共同生活を送っている。つい最近ラルフ一行の一員となったティアマトは、そそくさと給仕のために動き回るデュラハンを物珍しそうに見ながら食卓に全員が座るのを待った。
この大広間の真ん中をドカッと占領する大きな長机には多くの料理が並び、見るものを圧倒することだろう。ラルフたちにとってはいつもより豪勢な程度でそこまで驚くこともない。
飲み物が並び、皆一様に席に着くとラルフが一つのお皿を穴が開く様な勢いで観察した。
「これが古代種の一体、リヴァイアサン……」
人一人覆えそうなほど一つ一つが大きい鱗。緻密な筋繊維が体の隅々まで隙間無く張り巡らされ、力強さを見せつける。ウツボ成分の多めな顔は間抜けに思えるが、しゃくれあがった立派な顎と頭に生えた太い角がドラゴンを想起させた。
攻撃方法は体内で圧縮させた水鉄砲。他にも鱗に水を溜め込んで体表に流しながら魔力で硬化させて、体当たりでの攻防を表裏一体とする。食いついたら二度と離さない咬筋力に全てを切り裂く鋭利な牙。全身を駆使した尾びれの叩きつけは山すら粉砕する。
それほど凄まじい相手が海という有利な場所で陸上の生物に攻撃を仕掛ける。リヴァイアサンに対する陸上の生物の勝率は皆無。本来同じ土俵に立つ海人族等の海の生物でも勝率は一割にも満たない。
こうしてじっと戦力を推察できる理由はただ一つ。リヴァイアサンがピクリとも動かず、お皿の上で小さな肉片となって乗っかっているからだ。
ティアマトの為の歓迎会を企画していた食卓に一品追加された料理、その名も「リヴァイアサンの蒲焼き」。
「……うーん、古代種の伝説も地に落ちたもんだ。魔王が四柱も揃えば敵なしだなぁ」
”触れるべからず”と称される最強の存在だったものの面影は無く、ブレイドが適当に作ったタレが良く染み込んだ美味しそうな蒲焼きとなってラルフたちの口に放り込まれる。
しかしその味は泥臭く、とてもじゃないが美味しくいただける様な一品では無かった。
「ううむ……これを食そうと思うならば、この臭みを何とかせねばなるまい」
苦い顔つきで肉片をフォークで弄ぶのは翼人族最強の兵”風神”のアロンツォ。
「まっずぅ……最低だよ」
ミーシャもペッペと舌を出して口の中に纏わりつく嫌な味を追い出そうと必死だ。他にも同じ反応を見せるが、唯一ゴブリンのウィーだけは平気な顔でもぐもぐ食していた。
カチャンッ
食器を投げて講義を示すティアマト。苛立ちから席を立つ。
「何よこれ……味見とかしなかったわけ?」
「あ、その……すいません。見た目が白身魚だったもので味も似たものかと……」
「はぁ?……食べられるものなんでしょうね?」
「それは大丈夫です。アルルに鑑定してもらってわかったんですが、毒もなければ寄生虫も居ません。流石に食物連鎖の頂点だっただけはあります」
「そういうの聞いてないから」
バシッと切って捨てるような言い方で牽制する。ブレイドはしょんぼり俯いた。
「おいおい、ティアマト……ブレイドに当たってもしょうがないだろ?それにお前だって食べたいって言ってたよな?」
確かにその通りだ。ミーシャが蒲焼きの話を持ち出したから食べる気になった。強いて悪い奴がいるとしたら、冗談でも祝いの席に並べるかを口に出した自分自身だろう。「うっ」と言葉に詰まったティアマトは、ムスッとした顔で席に着いた。
「な?全部食材が悪い。ブレイドお手製のタレは美味しかったんだし、それが全てだろ」
ラルフはイーファに目配せをすると、彼女は頷いて「リヴァイアサンの蒲焼き」を回収し始めた。姉妹たちもそれに倣ってお皿を回収する。
その様子を横目で見ながら空王はふんっと鼻で笑い、呆れたような素振りで口を開く。
「もう二度とこんな料理食べたくないわ。あなた方が古代種などと争っている間にこちらの料理も冷めてしまったのではなくて?」
チラッと目の前の料理を一瞥しながら文句を垂れる。
「それについては安心してください。敵が攻めてきた時に私の魔法で保護したので……と言っても一時的なものなので完璧に保温できているかと言うと少し不安ですが……」
アルルは最初こそ自信に満ち溢れた顔で言い放ったが、後半から声が小さくなっていった。
「聞こえたわよ」
そんなアルルにも不満があるようで、冷たい目で見下ろす。
「もーやめなさいよぉ。子供相手にみっともないでしょぅ?ここはぁこれだけの料理を作り、それを守ろうとしたことを褒めるところよぉ。感謝こそすれぇ、非難するべきではないわぁ」
エレノアは子供相手にあれこれとケチをつける大の大人を諭す。空王はこれに対して顔を背けて知らないふりをしてみせた。
変に静まり返った空気の中、一拍おいてラルフが口を開いた。
「……ま、取り敢えず飯にしようぜ。口直しも兼ねてよ」
「そうよ。お腹すいた」
ミーシャもラルフの言葉に便乗する。
不味い蒲焼きのせいで変ないざこざを呼んだが、それ以降は忘れたようにブレイドの料理に舌鼓を打つ。黙々と食べるティアマトと空王を横目でチラチラと見ながら、ブレイドは終始おっかなびっくりしていた。
「……いや、お前らさ……何か言ったらどうだ?せめて一言感想をよ……」
知らぬ存ぜぬ。結局黙って食べ続ける二人を交互に見ながら「身勝手な連中だ」とため息をついた。
*
「この部屋を好きに使ってくれ」
パチっと部屋のスイッチを付けると、薄暗い部屋に明かりが灯った。ベッドとタンスくらいしかない部屋。魔王であり、金銀財宝に囲まれるべき存在であるティアマトが、こんなシンプルな部屋に通されるとは思いも寄らない。
「……トイレはどこ?」
「悪いけど個室にトイレは無いよ。通路にある。ほら、さっき見たろ?」
不満げな顔で入っていくティアマトを見送りながらミーシャと顔を見合わせる。ミーシャにもティアマトの不満が分かったようだが、それを解消する手立てはないので、首を振りながら無言で肩を竦めた。
「こればっかりはどうしようもねぇからな。みんな同じような部屋だしよ……掃除は行き届いてる。あの姉妹たちができる限りの仕事をしてくれてるからな」
それを聞いて真っ先にベッドの上に顔を近づけた。くんくん匂いを嗅いで一つ頷くと、そのまま腰掛けた。
「暇だったら大広間に来いよ。だいたい誰かしら居るから話し相手にはなってくれると思うぜ?飯に関しても全部そこで済ますから、飯時には集まってくれよ」
「……」
ティアマトは黙って爪をいじっている。
「……ねぇ、返事くらいしたらどう?」
ミーシャも少しイラっとしたのか、その態度を注意する。その言葉に反応してチラッとラルフたちを見ると、彼女はため息を吐いた。
「……話は終わった?用が済んだなら一人にしてくれない?もう休みたいのだけれど……」
「え?……まだ昼だぜ?」
ジロッとラルフを睨む。牙を剥いて威嚇する彼女の怖い顔を極力見ないようにそっと扉を閉めた。
「おっかねぇなぁ……」
「ちょっと優しすぎるんじゃない?ここは一発バシッと体に教えて……」
二人で身を寄せてコソコソ話していると、背後から袖を引かれた。見るとウィーが申し訳なさそうに立っているではないか。
「ウィーか。どうした?そんな顔して」
ウィーは言葉を喋れないので、どうしてもジェスチャーになるのだが、モジモジしていて要領を得ない。勿体ぶっている感じではなく、悪いことをしてしまったような空気を感じる。
「何でも鍛冶場ノ金属がほとんど無いヨうじゃぞ?」
そこにベルフィアが翻訳を買って出た。ウィーが伝えられないので一緒についてきたらしい。
「何だって!?あの……大量にあった金属がか?」
好きに打たせていたのが仇となったか。これでは武器を失った時が怖い。ウィーが落ち込んでいるのは使い込んで怒られると思ったからだろう。ベルフィアはラルフの驚愕の顔を見て嘲笑する。
「ふっ……ひょっとして、そちが悪いんじゃないかえ?」
ラルフはハッとする。
彼の最近手に入れた特異能力”小さな異次元”を有効活用すべく、グレートロック到着前に大量に作らせた投げナイフ。あれのせいでせっかくの素材が底を尽きたのだと気付いた。
そして丁度ドワーフの鉱山から離れてしまっている。引き返して金属を取りに行くことを一瞬考えたが、今から数日かけて行くのは面倒だと切り捨てる。
バツが悪そうな顔をしながら目を泳がせていると、ふと良いことを思い出した。
「あっ!おい、あれを加工できるんじゃねぇか?リヴァイアサンの骨!!」
古代種の骨なら良い素材になる。それにラルフの最近手に入れた”小さな異次元”にリヴァイアサンの死骸を丸ごと放り込んでいる。肉こそ食えないが、骨は有効活用可能。
「は?骨をどうやって形成すルつもりじゃ?ウィーが困ルだけじゃろ」
肝心の加工方法を失念していた。「あー……」と言葉に詰まっていると、アンノウンとジュリアが歩いてくるのが見えた。二人が笑いながら話しているのを見て、ジュリアの首元に目がいく。そこにあったのはジュリアの兄の遺物”牙のネックレス”。
「……じゃあ骨を形成できる技術を持った奴に聞きに行こうじゃねぇか?」
ラルフの視線の先を見て「いや、ジュリアではどうしヨうも無いじゃろ……」と呆れるが、余裕の表情で口角を釣り上げた。
「違う違う。古代種の一部を加工して武器を作った種族の元に行くのさ。目指すはクリムゾンテール!獣人族に会いに行くぞ!」




