三十四話 報告 前
イルレアン国。人類最強の軍事力を持つとされる主要国家である。その事実上の頂点であるマクマイン公爵は今日という日を待ちわびていた。
数十年前に敗走した大戦争。当時の雪辱を晴らし、世界に人類の繁栄と平和をもたらせられるこの時を。
公爵は魔道具を起動する。この新技術を用いて作られた通信機は使用自体初めてなので、一応テストも兼ねている。もちろん開発の時に何度も試験はしていて全てに合格した上での起動だ。ゼアルが壊していなければ問題ないはず。心配事など飛ぶように魔道具は正常に作動した。
『お待たせいたしました。マクマイン公』
そこには国を出立する時と変わらない顔でいつもの様に挨拶するゼアルの姿が見える。
「いや、時間通りだ。息災のようで何より」
『はっ!』
足を揃えて、右手で拳を作り左胸に水平に叩きそのまま制止する、騎士団の敬礼を見せた。普段は一方的に任命するだけなので省略させているが、公の場では敬礼を徹底させている。一対一の単なる報告だけだというのに律儀なものだ。踵を合わせた時のカチンッという音と鎧をたたいた音が反響する。
「うむ、結構だ。直れ。それで……そう、報告を開始してくれ」
『はっ!それでは失礼いたします』
団長は手を腰に回して足を肩幅に開いた後、一拍置いて報告を始めた。
『現在、第二魔王は目下捜索中であり未だ姿を現しません。アルパザ周辺は粗方探索を終えたので、もう少し先まで捜索範囲を拡げる予定です』
公爵は顎に手を当て、考える素振りを見せる。
「なるほど……見当たらないか……血の痕や足跡などの痕跡もないか?」
『森に先に入っていた冒険者の野営地以外、特に見当たるものもなく鬱蒼とした森でした。目立つのは城くらいでして……本日、その城を探索に向かう予定です』
さらに情報が出てきた、冒険者と城。アルパザと言えばドラキュラ城が有名で不気味に聳え立つ廃墟だと認識している。
「……その冒険者とは?」
『はっ!同じく第二魔王を捜索する目的で雇い入れた男です』
公爵も探すなら闇雲ではなく、ある程度の知識人、あるいは裏社会を利用するのが妥当な判断だと報告が上がるたびに思っていた。今回、コネの合った「アルパザの底」を指名し、騎士団にも向かうよう通達していた。早い段階で協力者が出たのは、先に根回しをしていたのが功を奏したと言えるだろう。
「なるほど、了解した。ところで店主は元気だったかね?近頃は忙しくて周辺にすら行けてなかったのでね、挨拶も、ろくにしていないな」
公爵の、はははっ!という快活な笑い声が部屋に響く。団長もそれを微笑で返し
『ええ、裏社会で生きているとは思えない気品の良さに正直びっくりしました。話もうまく、取入れが鮮やかですっかり打ち解けてしまいました』
「そうなのだよ。口が上手くてな、前回も……」
取り留めない会話が続き。
「久方ぶりに顔でも見たいものだが……」
『良ければ店主を今すぐ呼びましょう』
公爵が遠慮する前に誰かに手招きをする真似をする。「?」と思っていると横から店主が出てきた。
『どうもマクマイン公爵。ご無沙汰しております』
店主が出てきた時に、公爵の態度は一変する。
「どういうことだゼアル団長。部外者を入れるなど……これは大変な問題だぞ?」
公爵のハッキリとした拒絶と指摘が入る。映像と抱き合わせの通信機は、今はまだ外に出せない技術であり、今回の起動は試験的な役割がある。それについては団長も承知の上のはずだ。あれほど公的な事に関しては口酸っぱく言ってきたのに今回の報告で何年ぶりの失態か……。
しかし団長はそれに対し堂々としている。店主は団長と比べて何かにおびえる様な平静を保てていない。思えば最初の敬礼といい、行動の不自然さが目立つ。
「……どうした?何かあったのか?」
『いえ、何もございません。配慮が足りず……大変失礼しました』
一度深々と礼をし顔を上げ、公爵と目を合わせる。その後すぐに団長は合わせていた目を外し、映像が映る後ろに目をやる。公爵は気づく。
(何かに脅されている?)
団長は演技もできて、肝も据わっているせいで普段と違う行動から読み取るしか術はない。しかしそれが一度だけなら今日は偶々とか、気分だったとかで自分を誤魔化してしまう。会話の流れから第三者を参加させて、さらに違和感を与える事で悟らせる。
「……いや、失礼した。店主殿。何分いきなりだったので驚いてしまったのだ。お詫び申し上げる」
『そんな滅相もない!公爵にはいつも良くして頂いているのに、しゃしゃり出てしまって申し訳ございません。失礼いたしました……』
店主はすごすご下がっていく。
「いるならいると早く知らせてくれ。突然では外行きの顔が出来ぬではないか」
先程の笑みが戻っている。団長は「流石公爵」と心で喜ぶ。先の言動で悟ってくれたようだ。普段ならこうもあっさり引き下がらない。下手をすれば店主の首が団長の手で物理的に飛ぶ所だ。これを好機と捉え、報告を続ける。
『申し開きもございません。名誉挽回にすぐにでも探索を終え、マクマイン公のお役に立てるよう、尽力いたします』
公爵は団長の言動に注視しつつ、探りを入れる。
「大丈夫かね?疲れているのではないか?貴殿に倒れられてはまずい。追加の人員を送ろうではないか」
『それには及びません。雇った冒険者もいます。ご安心を』
”雇った冒険者”、その人物が怪しい。一介の冒険者ごときに、あのゼアルをどうこう出来るとは思えない。が、助けを呼べず、演技が必要な相手となれば、数の暴力か、個の能力か。どちらにせよ不味い状況だ。
「その冒険者はどのような人物だ?名前は?今そこにいるのか?」
団長は写らない場所をチラチラ見ている。首を揺らしたりなどの怪しい行動の後、
『いえ、ここにはいません。名前はラルフです。城の探索のために用意している最中です』
出てくるかどうか無言の問答の後、結局出て来なかった。せめて名前だけでも聞けたのは僥倖だった。
「ラルフ……か……聞いたことはないが、腕は立つのかね?」
『はっ!盗賊スキルを用い、探索に長けています。他にもモンクと魔法使いがいて、チームで行動しています』
(三人パーティー……?)
それで二十人超の騎士団をやり込めたのか?それだけの腕なら有名になってそうだが、聞いた事がない。
(”鏖”を捜索中だというのに面倒な真似を……)
しかしここである一つの仮説が生まれる。
(人間ではないのかもしれん……)
だが魔族ではあの魔剣には敵わないはず。あの”銀爪”に止めの一撃を与えた魔剣の威力を考えれば魔族はないだろう。ならば吸血鬼だったらどうか。あり得ない。絶滅した生物の存在に何を期待する?もしそうならどんなメリットがある?この通信は何故通常通り行われた?
分からない事だらけだ。とにかく今ある情報を総合して考えねばならない。
「冒険者というのは未開なものだな……たった三人で冒険など出来るものなのか?野盗や族の方が人数を集める分気持ちが分かる……」
『公爵は国を動かされる立場上、仕方ない事だと思われます。少数精鋭であれば、後は経験で何とかなるものだと知り合いに聞いた事がありますので、三人でも問題ないのでしょう』
どうもしっくりこない答えだ。投げた言葉が悪かった。公爵は顎に手をやり探りながらまた言葉を投げる。
「そういうものかね?チームと言えば最近では他種族で固まることもあるそうだが、ラルフのチームはどうなのだ?」
団長の目が外れる。後ろにいるラルフに確認しているのだろう。これはいい質問だった。団長が悩んでいるふりをすると、ガチャリッという扉を開ける音が聞こえる。通信機から離れた所で声がする。
『あっ団長。今いいっすか?』
『……ラルフ。すまないが今取り込んでいる。後で……』
『なんだよそれ!すっげぇ装置だな!』
ズカズカ歩く音が聞こえ、すぐ側でゴソゴソ音が聞こえる。と、人影が大きく映し出され、団長が一瞬隠れる。
『やめろ!通信機が壊れる!』
『え?これ通信機なの?なんかおじさん映っているけど誰なんすか?』
呆れたようなため息が聞こえ、
『マクマイン公爵だ』
と一言。
『マジ!?団長さんの上司?すんません!俺全然知らなくて!失礼しました!!』
出ていこうと音がまたも足音がズカズカ鳴る。
「待ちたまえ」
公爵はラルフに声をかける。当然足音が止まる。
「ラルフ君といったか?良ければ一緒に報告をお願いしたいのだが、いいかね?ゼアル団長?」
団長は一瞬目が見開き、いつもの顔に戻る。
『異論はありません』
『は!?俺が?……わ……分かりました』
ズカズカ歩いて団長の真横に出てくる。ラルフの風貌はくたびれた茶色いハット、やたらポケットがついている機能的なジャケットを羽織り、肩掛けのカバンを斜めにかけた黒い髪で無精ひげの男。中肉中背で長い耳や牙といった特徴のない様子はラルフをヒューマンであると認識させる。
この芋臭い演技をしてまで自分に引き留めさせようとしたのなら、その策に乗ってやろう。