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第三十八話 戦友への贈り物

「何?父上が戦場に?」


 オークルドの王位継承権第一位、ブドー第一王子。

 突如起こった戦争に混乱し、隠れて様子を見ていたのが功を奏した。父王が不運にも戦死すれば、ドサクサに紛れてそのまま王の座に座れる。

 第二王子と第三王子が各地にいる権力者を味方に付けて簒奪(さんだつ)を企てているのは、いつまでも群青が居続けているせいだ。


(好機っ!)


 ブドーは椅子から立ち上がる。


「俺も出陣する!出ている精鋭は「山斬り」だと言ったな?」


「はっ!山斬りです!」


「では俺の部隊である「闘牛隊」をすぐに召集せよ!出陣だ!!」


 ブドーはすぐさま準備を整えて城から出発した。王を殺し、すぐにも王位を継承したいという浅はかな気持ちで……。


 そしてそれは他の弟たちも同じだった。

 第一王子が出た直後、バックに着いていた権力者たちの入れ知恵から、王と第一王子の事故を狙って各地から凄まじい数の兵士を出兵させた。

 第二王子は便乗して出陣。第三王子は見に回り、この国の今後を左右する戦争に臨む。



 ロングマンは群青と対峙し、戦力を測る。

 鎧を身に纏わず、斧もハンマーも持っていない。昔ながらの棍棒を所持するロートル。

 しかし他と明らかに違うのはそのオーラだろう。

 壮大で雄大で、長きに渡る歴史がその顔のシワ、白く長い髭、何より自信に満ち溢れた表情から雄弁に物語っている。


「……ふむ、貴殿が魔王か。その風格はある。軍を率いて民を纏め上げるに足る存在だが、果たして実力はどうかな?」


 スッと腰を落とし、右足を半歩下げつつ、刀を後ろに下げて太刀の長さを隠す。その所作に静かなる殺意を感じた。


「ほう?技か!この儂に傷をつけられるというならば遠慮はいらん!やってみい!!」


 群青は自信満々に棍棒を振り上げた。その考えなしの行動にロングマンの顔から感情が消える。


「やはり豚か……」


 ゴッ


 振り下ろされる棍棒。大気を巻き込み、凄まじい風圧がただの棒と共に襲いかかる。

 力は一流、知能は三流。ロングマンは迫り来る棍棒に合わせて刀を振り上げた。


「……火輪(かりん)


 ギィンッ


 昇る刀は輪を描いて棍棒を真っ二つに斬り裂いた。


「ぬぅっ!!」


 群青はあまりの剣圧にニ歩下がる。棍棒と共に群青を斬り裂いたつもりだったが、鎧などとは比較にならない硬さを感じた。


「ほう?」


 ロングマンはあまりの頑強さに感心した。手の平の薄皮一枚が切れた程度の傷しか付いていない。

 群青は敵から目を離して右手を凝視した。その小さな傷を目の当たりにして小刻みに震える。


「ふは……ふはは……ふははははっ!!こ、この儂に傷を付けよった!!何百年ぶりのことか!!」


 彼は自身が傷つけられたことに感動していた。

 そう、彼は凄まじく硬い。特異能力と呼ぶべき生まれながらの鉄壁。族長を決める決闘で無敗を誇り、西の大陸での戦争は単眼巨人(サイクロプス)との戦いを除いて無敗。怪我も、サイクロプスとの一戦で殴られすぎて口を切った程度の軽傷。外皮に傷を付けられたのはこれが初めてと言えた。

 拳を握りしめて振り下ろす。


 ズンッ


 地面を殴りつけたその瞬間、メキメキと音を立てて地面が割れた。


「良いぞ良いぞっ!はっはっはっ!愉快じゃ!!ロングマンッ!存分に殺し合おうっ!!」


「……なるほど、貴殿も生粋の無頼漢であったか。これは失礼した。弱者と侮った無礼を恥じるばかりだ」


 ロングマンは有るか無しかの微笑を(たた)えて刀を正眼に構えた。


「よぉロングマン。この野郎は見たとこ力自慢じゃねぇか。ここは一つ俺に譲らねぇか?」


 ジニオンは横から軽口を叩いた。ロングマンは横目でチラッとジニオンを見る。その目は鋭く冷たく、心臓を突き刺すほどの殺意を放っていた。


「……冗談だよ。ちっ、面白くもねぇ……」


 ジニオンは後頭部を掻きながらそっぽを向いた。


「仕切り直しだ。やるか、群青」


「うむっ!ほれほれ何をしとるかぁ!!もっと盛り上げていけ!!儂はこ奴とやる!他を完膚なきまでに叩き潰し、儂らオークの力を見せつけよ!!」


 群青は部下を焚きつけた。周りから「オオオオッ!!」と鬨の声が上がる。


「あぁんっ!良いじゃない!豚がはしゃいでるわぁ!」


「やめろよ姉ちゃん……その声キモいんだよ」


「テノスよ、その様な言い方はどうかと思うがのぅ……」


 オークたちに比べ、冷め切った対応の彼らだが強さは本物。精鋭部隊もまるで歯が立たず、一介のオーク兵の様に軽くやられてしまった。戦闘能力は物量を持ってしても圧倒的と言わざるを得ない。


「ふふっ……ティファルがキモいのは周知の事実でしょ?いくら取り繕っても無駄無駄っ」


 ノーンも体を動かしたお陰か元気を取り戻し、ようやく口を開いた。ニヤニヤ笑って軽口を叩いているところから、完全に調子を取り戻したと見て良い。


 ガンッ


 ジニオンは両拳を思いっきりかち合わせた。


「しゃーねぇ……魔王はロングマンにくれてやる。その代わり、こいつらは俺たちが全部もらうぜ?」


「ああ。存分に楽しみ、皆殺しにせよ。我らの戦いに入って来ん様にな……」


 六人は散開した。

 魔族の中でも上位に数えられるオーク。オーク一体に対し、騎士クラスの強者四人ほどで五分と言えるほどの力の差が人族との間にはあった。そんなオークが束になっても疾走する六人には敵わない。

 各々の武器を振るごとに吹き飛び、爆ぜ、斬れ、潰れ、青々とした草原は赤く濡れそぼつ。


 ブォンッ


 群青の剛力がロングマンのすぐ横を通る。着ている着物に触れるか触れないかの紙一重の回避。それに這わせる様な一振りは首、手首、腹などの急所を確実に狙い、命に届く一撃を放つ。だが、群青の硬さに弾かれて致命打には程遠い。


「ふははっ!!どうしたどうした!そんな攻撃では傷にならん!!痒いばかりじゃ!!」


 足を蹴り上げ、着地と同時にその勢いのまま拳を叩き込み、地面を抉る。老いを感じさせない華麗な動き。それ以上に流麗にロングマンは動き、繰り出す手と足に斬撃を合わせる。決して打ち合わず、伸び切ったところを斬り込む。まともに受ければ武器も体もお釈迦になる。

 それが分かっているからこそ群青も手を休めない。無尽蔵の体力はロングマンの命を刈り取るために使用された。

 ロングマンはバッと間合いを開ける。刀を片手に持ち替えてゆっくりと歩き出した。群青は牙を剥き出しに笑うと、突撃を敢行した。半トンを超える重量でショルダータックルを仕掛ける。


「……陽炎」


 ボッ


 奇妙な感覚だった。確かにそこにいたはずのロングマンの体をすり抜けた。と同時に体全身に走る斬撃の嵐。傷こそつかなかったが、驚きで急停止し、体全身で振り返る。そこには目の高さまで飛んだロングマンの姿。


「!?」


 ガィンッ


 目を狙って振り抜かれた刀は瞼に弾かれた。


「ぐっ……!!」


 それでも打撃程度には食らった様で、背後にぐらつく。何とか倒れない様に踏ん張ったが、ロングマンに胸を思いっきり蹴飛ばされた。踏ん張った足にさらに負荷がかかるが、この程度何ともない。

 目が見えることを確認しロングマンを見据えると、一定の距離を取り、刀を構えて静止しているのが見えた。


火閻(ひえん)一刀流……秘剣”火光(かぎろい)”」


 シャリンッ……


 ドワーフ最強の一人、嵐斧のアウルヴァングを屠った飛ぶ斬撃。


 ブシュッ……


 その時、群青の体から血が吹き出した。サイクロプス以来の出血に、目を剥いて不思議そうに傷を指でなぞる。これでも致命傷にはならない程度の傷だが、彼の感じた衝撃は思考を停止させるほどだった。


「これでようやく傷がつくのか……まぁ良い。攻略の糸口は見えた」


「……何という男だ……儂の体にこれほどの傷を……あの単眼巨人すら成し得なかったことをやってのけるとは天晴れ!称賛に値する!!」


 ミギッ


 体全身に力を入れると瞬時に出血が止まった。筋肉で傷を塞ぐことに成功したのだ。


「儂が出会った敵の中では古代種(エンシェンツ)を除けば間違いなく最強じゃ!ぬしに出会えた幸運に感謝する!!」


「……我も感謝しよう。貴殿の様な猛者に出会えた幸運に……」


「……出来れば儂と共にこの世界の統治を目指さんか?ぬしになら儂の持つ全てを継承しても良い!この西の大陸全てをぬしにやろう!!どうじゃ?」


「ふむ、光栄だな群青。しかしそんなものはいらん。欲しいのは貴殿の命……それ以上でもそれ以下でもない」


 群青は肩を竦める。


「残念じゃ……ぬしを殺さねばならない不運を呪う」


 ロングマンは鼻で笑う。


「全ては巡り合わせであり、別れもまた同様である。冥土に向かう貴殿にせめてもの手向けだ。我が全身全霊の技でこの世を去るが良い」


 刀を下段に構えて右足を引く。ゆっくり腰を落として突きの構えを取ると、ピタッと静止した。


「しゃあっ!!来ぉい!ロングマン!!」


 胸をドンと叩いて両手を広げた。群青が狙うはカウンター。拳を振り回して当たらないなら、後の先を取ることを選択したのだ。


「火閻一刀流……奥義”星火燎原(せいかりょうげん)”」


 ヒュンッ


 刀を構えた男の姿が消える。後から踏み出した箇所の地面が、まるで地雷でも起爆したかの様に土煙を上げて上空に伸びる。群青はその姿を一度たりとも捉えることは叶わなかった。


 トンッ


 群青の鳩尾(みぞおち)に刀が突き立てられていた。そう感じた時には群青の体は背後に吹き飛ぶ。

 群青に比べれば小柄なはずのロングマンの突きに、反撃どころか堪えることも出来なかった。空中で何とか体勢を整えて倒れない様に着地する。

 じわじわと広がっていく腹の痛みに、手を添えた。しかしその手に腹の感触はない。不思議に思い、顎から伸びる長い髭を横にズラしてようやく理解した。土手っ腹に大穴が開いている。魔法でなければ修復不可能なほどの大穴がぽっかりと。


「なん……?」


 群青は膝から崩れ落ちる。痛みからそれ以上言葉が出ない。


「……この技は特別製でな。当たることで真価を発揮する。最初の傷口から踏み込んだ風圧やそれに生じて巻き起こる真空波を体内に侵入させ、時間差で暴発させることで致命の一撃を与えるのだ。言うは簡単だが、行うは難し。まさに奥義に相応しい」


 いきなり説明されても、何を言っているのか全く分からない群青は、穴という穴から多量の血液を放出する。


「ゴフッ……」


「……痛いか?安心しろ、すぐに介錯を行う」


 ロングマンは手をついて見上げる群青の首を狙って刀を振るう。


「火閻一刀流……火車(かっしゃ)


 ギャリンッ……ゴトッ


 まるで車輪が回る様に、一瞬で同じ場所を幾重にも斬りつけるこの技は、ロングマンが放てば一つの音にしか聞こえないレベルで速い。群青が誇る皮膚をいとも簡単に貫通し、ついに首を取った。


「別れとは寂しいものよな……いずれ我もそちらに逝くことになろう。その時は顔を突き合わせて語らうとしようぞ、戦友(とも)よ……」

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