第三十四話 ひと休み
戦場を後にしたラルフたちは大広間に集まって治療に専念していた。
エレノアは既に完治しているのだが、問題は第四魔王”竜胆”である。第十一魔王”橙将”に昏倒させられてから目を覚ます気配がない。アスロンとアルルがその原因を探っていた。
「いや、何でよ。すぐに殺してしまえば良いでしょう?」
それに端を発したのはナタリアだ。それはまさに正論と言える。魔王を生かしておいても百害あって一利なしだ。ミーシャとエレノアとベルフィアの三人は除く。
「そう簡単に殺したりすると情報を逃す可能性があるってのが分からないか?」
ラルフは常識のように返答する。
「つってもまぁ、こいつに関しては俺もあんたと同意見だけどな。連れて来たんだからついでに情報を吐かせちまおうってことだよ」
「……はぁ……あれだけ戦っといて危険であることを考慮に入れないわけね。これだからヒューマンは……」
「何ぃ?」
喧嘩腰の二人の間にブレイドが割って入る。
「二人ともやめてください。治療を進めている以上、争っても仕方ないことでしょう?」
「そういうことよな。余らは座して成り行きを見守るのみよ」
アロンツォは空王たちと共に優雅にお茶を嗜んでいる。エレノアとアンノウン、ジュリアも同席してみんなでゆったりしている。ミーシャとベルフィアは浴場に液体を洗い流しに向かったので二人の姿はない。
「そーそー。二人ともぉ座ったらどぉ?これ美味しいよ?」
「ちょっと、母さんは休んでなきゃダメだって。ほらっ部屋に戻るよ」
腹に穴が開いて苦しんでいたというのに、治ったからと余裕をぶっこいている。ブレイドは、そんなエレノアの手を引っ張るが「嫌ー」と子供のように駄々をこねた。
「というかお前らめっちゃくつろいでるけど、いつまでいるつもりだよ。もう南の島に帰っても良いんだぞ?」
ラルフの懸賞金を取り下げさせる名目でグレートロックに連れて来たのだが、戦争のゴタゴタで諸々忘却の彼方に飛んでおり、空王の姿を見てハッと思い出した。引き返しても良かったのだが、ブレイドから八大地獄の襲撃の件を報告され、ひとしきり悩んだ挙句離れることを決定した。
ここまで来たのが橙将と古代種の討伐のために来たみたいで癪だったが、エレノアが殺されかけたとあっては諦めざるを得なかった。
無論、ミーシャがいれば何ということもないのかもしれないが、犠牲者が出てからでは遅い。万が一にも備えてのことだ。
「全く……王の敬い方というのがまるで分かっていないようね。あなたが私をここまで連れて来たのよ?ならば送るのもあなた、役目でしょ」
湯気の立つコーヒーカップを傾けてお茶を飲む空王。侍女たちもすぐ側で頷きながらラルフを見る。
「えー?面倒臭いなぁ。あんなに離れたがってたのに、戻ってくるなんて思わなかったぜ……」
彼女たちは鋼王に助けを求めるためにグレートロックに侵入した。しかし中はもぬけの殻で、誰一人として残っていなかった。戦争だったのだから逃げ出すのは当然のこと。
しかし空王にとってはショックだったらしく、部下の制止を振り切って要塞に出戻りした。戦場に赴いたアロンツォとナタリアの生還だけが彼女の支えとなっていた。今ではすっかり元気を取り戻してお茶まで啜っている。何かしら吹っ切れたのだろう。
「みなさん、お茶のおかわりをお持ちしましたわ。たくさん淹れて来たので少し落ち着きませんか?」
デュラハン姉妹がぞろぞろと大広間に入って来た。すっかり大所帯となってパーティーでも開くのかというような雰囲気に辟易する。まだお茶を手にしていないナタリアやラルフにも手渡された。
「なぁ、イーファ」
ラルフにお茶を持って来たデュラハンを呼び止める。彼女は最初にラルフの世話を始めてからというもの、専属メイドのような扱いを受けていた。
「何か?」
「せっかくだからウィーも連れて来てくれ。いつもの鍛冶場にいるだろうからさ」
「……」
返事をすることもなくイーファは部屋から出て行った。ナタリアは訝しい顔でラルフを見た。
「あなたはさぁ……慕われてるの?それとも嫌われてるの?」
「……俺も分からん……仲間によりけりだな」
ナタリアの困惑はもっともだ。仲間に加入している大半がラルフの……いや、人類の敵だった。きっとヒューマン如きと見下されているのだろう。答えが気にならないように、その質問をそっと心に仕舞い込んだ。
バンッ
大きな音で大広間の両扉を押し開けた。そこには寝間着のような白いワンピースに身を包んだミーシャの姿と、付き従うベルフィアの姿があった。
「おう、ミーシャ。綺麗になったな」
「まーね」
ラルフの言葉を軽く流してアルルとアスロンの元に歩く。エレノアがミーシャの姿に気づき、懐かしさを覚えた。
「あらぁ、その格好ぉ久し振りじゃなぁい?」
「ん?ああ、そうかもね。でも外に出るわけでもないし、こんなんでいいでしょ?」
その言葉にエレノアは感心した。ミーシャは年がら年中同じ服を着ていた。聞いた話ではクローゼットは同じ服で埋め尽くされ、パーティードレスやオシャレ服など全く興味がなかったそうだ。
そんなミーシャが別の服を着ているのも珍しかったのに、いつものワンピースに戻ったと思いきや、これを部屋着用だと認識しているではないか。驚かないほうがおかしい。
そんな変化の根元にラルフがいるのだろうと、エレノアはチラッと彼を見た。
「どうした?」
「いやぁ……ふふっ……ただぁ、ミーシャも女の子なんだって思ってぇ……」
「ちょっ……おいおい、勘違いすんなよ?こいつの服は最初俺が揃えたんだ。ずっと無防備な格好だったしな。後からアンノウンの機転で服を大量に仕入れたから幅が広がっただけだぜ?今でも服に無頓着なんだから、その辺の女の子みたいなオシャレはとてもとても……」
「えぇっとぉ……そぉじゃないんだけどねぇ。言いたいのはさぁ……」
二人ですれ違いコントのようなことを繰り広げているのを尻目に、ミーシャは竜胆のすぐ近くにまで近寄った。
「まだ目が覚めないのか?」
「はい。体内に入った毒を中和するのに時間がかかっています。おじいちゃんがいてくれたお陰で最適な魔法を短時間で組めていますが、もう少し時間がかかるかなって……」
そんな会話をしていた時、アスロンが声を上げた。
「アルル!見よ!」
竜胆はうっすらと目を開けて、ぼんやりと虚空を見ていた。まだまだ中和には時間がかかるというのにもう意識が戻りかけている。流石は竜魔人の長。世界でも屈指の身体能力保有者というのは伊達ではない。
「もうすぐ起きそうだね。あ、そうそう。全部中和する必要はないよ。動き回られるのも面倒だし、夢心地の状態で話を聞きましょ」
「それは名案でございます。アルル、適当なところで切り上げて意識を覚醒させルことに専念せヨ」
ベルフィアの無茶振り。でもアルルは「やってみます」と強気の姿勢だ。遠巻きに見ていたラルフはミーシャに感心する。
「……俺のセリフを見事にとっていきやがった。成長したな、ミーシャ」
「まぁねぇ。あの子はぁ染まりやすいからぁ……」
「なるほどね、俺の背を見て育ったわけだ。悔しいがここはミーシャに譲るぜ」
エレノアはラルフにジトッとした目を向けた。「何で分からないの?」と言いたげだ。
その目に気づいたナタリアがエレノアに気の毒な目を向ける。
「……女心の分からない男。慕われてるか、嫌われてるか……どっち付かずなのが何となく分かった気がするわ」
「ふっ、それが男というもの。ラルフに限った話ではないぞ、ナターシャ」
アロンツォに返答することなく、ナタリアは腕を組んだ。アロンツォは肩を竦める。
「やはり余もどっち付かず。罪な男よ……」
それから一時間と経つことなく竜胆は半分覚醒した。その機を逃さず話しかける。
「おはようティアマト。元気?」
その質問に眠たげな声で応答があった。
「……最、悪……」




