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第三十二話 怨嗟の助長

 グレートロック籠城戦。表立って勝ち名乗りを上げたのは他ならぬドワーフ。

 魔王二体を退け、その内一体は撃破という人類の歴史上最大の功労を果たした。


 これを成し遂げるに当たってもっとも貢献したのは狂戦士ガノンだと言われている。ガノンは橙将との戦いに馳せ参じ、これを討ち取ったと世間一般に知れ渡っている。噂ではガノンのアシストを風神のアロンツォが行ったとか、天宝のナタリアが加勢したお陰だとか色々言われている。

 結局この戦いに白の騎士団が五人も参加した大きな戦争となっていて、カサブリアに続く二度目の魔王討伐に人類は湧き立ち、世論はこれが好機だと戦争ムード一色となっていた。


 これだけ騒がれはしたものの、無論、無傷という訳にはいかない。当然兵士として戦ったドワーフたちは壊滅の憂き目にあった上、人類の英雄と謳われる白の騎士団の一人を失う結果となった。

 彼の名は嵐斧のアウルヴァング。

 ドワーフ史上最強と名高い彼の力と技巧は後世に語り継がれるだろう。同時期に白の騎士団に加盟していた破壊槌ドゴールもその死を弔い、彼の墓にはドゴールが手ずから製作した斧が墓石に埋め込まれた。


 魔族側も人類側にとっても大きな損失となったこの戦い。突如参加した二つの要因は完全に秘匿された。



 三つ並べたベッドの上に腰掛ける包帯だらけの男、ガノンは不満顔で虚空を見つめていた。そのすぐ側にはガノンの相棒のアリーチェが座り、果物の皮をナイフで器用に向いていた。小さく一口大にカットすると、小さなフォークを用意してそのまま食べ始めた。


「……おい、俺にも寄越せ」


 果物を頬張りながらまだ剥いてない果物を手に取り、ポイっと投げ渡す。難なくキャッチしたガノンは、皮を剥いてない果物とアリーチェの手元にあるお皿の上の一口大の果物を交互に見る。鼻で笑った後、ギザギザの牙で皮ごとかぶりついた。


「なんふぁ、はおんひふんひょうをあはへふっへ(なんか、ガノンに勲章を与えるって)」


「……ふひんなはなふひへはらひゃへれ。なんへいっへうはわはんねぇ(口ん中無くしてから喋れ、何言ってるか分かんねぇ)」


 二人して果物を飲み込む。


「だから勲章。上の連中がガノン一人の手柄にしたいってさ」


 ガノンは怪訝な顔でアリーチェを見る。


「……言ったはずだぜ?俺は竜魔人どもを殺しただけだってな……橙将の野郎には……悔しいが完敗した。……ふっ、生き残りのドワーフから聞いたが、例の連中が倒したってな。俺には再戦の機会すら与えられてねぇんだ。そんな男に勲章だ?笑わせる……」


 ガブリともう一口齧った。


「でもさ、断ってもいいの?こういうのも箔付けになるって何でももらって来たよね。現にそれで値段交渉して来たし……」


 もしゃもしゃ食べていた果物を飲み下して前を見据える。


「……いらねぇ……」


「ま、ガノンが良いならそれで良いけど、どうせ勝手に「授与された」ってのが記録されるだけだよ」


 当然そうなるだろう。結局自分たちがやりたい様に世論誘導するのは目に見えている。ガノンとしても勝手にするならどうにでもしてくれと今まで放置して来たのだから、気持ちの有無に関わらず「受け取った」ことになる。


 コンコンッ


 ノック音が鳴り響く。アリーチェが「ん」と喉を鳴らすと、その声に反応して扉を開けた。


「よぉ〜、調子はどうだ?ガノン」


 そこには正孝が立っていた。ガノンは珍しいものを見た顔で正孝に目をやる。


「……あ?手前ぇ……もう大丈夫なのか?」


「まぁな。少なくともあんたよりは軽傷だよ」


 ベッドのすぐ側に備え付けられていたソファにドカッと座る。


「なぁそれ、俺にもくれよ」


 アリーチェの皿に乗った果物を指差す。「ああ」とカゴから新品の果物を取り出す。ポイっと投げると、正孝の手に収まった。


「いや、何でだよ。剥いてるのくれりゃ良くね?皮がついてちゃ食いにくいだろ……」


 彼女はまた「ああ」と言ってナイフを手に取った。


「待った待った待った!あぶねぇだろ!!それゼッテー投げんなよ!」


 彼女はナイフを見て肩を竦めると、元あった位置に戻してフォークに持ち替えた。無駄に疲れた様子の正孝は、果物を弄びながらガノンを見た。


「しかし面倒な相手だったよな。火に耐性があるなんざ生き物って言えるかよ。灼赤大陸ってとこの生き物だって聞いたぜ?今後ゼッテー行かねぇ」


「……手前ぇはよく戦ったよ。ちゃんと生き残るなんて立派なもんだ……」


「んだよ……ガキ扱いか?」


「……そうじゃねぇ、アウル爺さんの件だ。死ぬって分かってたら酒場で身銭を切ったってのに……しかも俺が寝てる間に国葬しちまったらしいじゃねぇか……残念極まりねぇ……」


 盛大な国葬を開いて英雄を手厚く葬った。それを知ったのは国葬から三日後のことだった。一応国葬に参加し、遠目から見ていた正孝は苦い顔をして果物に目をやった。


「死ぬなんて分かんなかったろ。爺さんは食うだけ食って飲むだけ飲んでた。多分悔いは残ってねぇよ……」


 慰めのつもりだったが、ガノンは眉間にシワを寄せておし黙る。その様子に気づいたアリーチェは、フォークで果物を刺しつつ質問する。


「ねぇ、何考えてんの?」


「……そんなの決まってる。今後のことだ……」


「今後?」


「へっ、次はどこ行こうってんだよ」


 アリーチェも正孝もガノンの考えに耳を傾ける。


「……その前にマサタカ。手前ぇどこまで俺たちについてくるつもりだ?」


 その言葉に尻込む。


「お、おいおい、まさかここまで来て梯子外そうってのか?冗談よせよ……俺は行く当てがねぇんだから、駄目って言われてもついていくぜ?」


 正孝はハッキリとガノンのチームメンバーになることを宣言した。


「……こっから先はもっと地獄になるかもしれねぇ……それでもついてくるか?」


「……男に二言はねぇぜ」


 二人の間で交わされる視線。アリーチェは蚊帳の外でフォークに刺した果物を頬張った。


「……アリーチェ」


「ふぁっ?」


「……決めたぜ、勲章の使い道」


「……ふぁっ?」



 ガノンは鋼王に話し合いの場を設けさせ、善は急げと日を跨ぐことなく応接間に二人きりとなった。

 ソファに深く座るガノンと、部屋の端に備え付けた机の前に立つ鋼王。ズラっと並ぶ酒の中から、ウイスキーボトルの様なものを手に取ってコップに注ぐ。


「飲むかね?これがまた美味くてなぁ……」


「……いらねぇ……」


 鋼王は肩を竦めると、自分のコップを持ってガノンの向かい側に座った。そして開口一番感謝を述べる。


「そなたには感謝しておる。もしもそなたが不在であれば瞬く間にこの国は滅んどったことだろう……」


「……そんな話をしたくて俺が呼んだと思うか?」


「まぁ言わせてくれ。まずは国のために戦ってくれたことに国民を代表し感謝を述べる。ありがとう」


 頭を下げる王。この場に誰もいないからこそできる。公的な場で頭を下げていては国民に軽んじられる可能性があるためできないが、誰より頭を下げたかったのは事実。ガノンはそんな気持ちを鼻で笑う。


「……感謝はアウル爺さんにしな。本題に移るが、俺に勲章を贈呈する案が立ち上がってるらしいな……」


「ああ、そのことか。もちろん盛大に行わせてもらうとも。まだこの国には滞在するのであろう?」


「……俺は勲章なんざいらねぇ」


「それは困る。こちらとしては意地でも受け取ってもらわねば……」


「……話は最後まで聞きな。勲章はいらねぇが、発言権が欲しい」


 鋼王は言われた意味が分からず疑問符を浮かべる。


「……”王の集い”を招集し、俺に発言させろ」


 その言葉に目を剥く。


「馬鹿な……そなたは王ではない。そんなことは承認できん」


「……そうかい……なら、俺の言葉を伝えてくれ。白の騎士団を今いる全員招集しろ。集まる場所はそちらに任せる」


白の騎士団(そなたら)の招集?それも全員とな?……難しい話だが、一体何をするつもりか?」


「……ロングマンを殺す」


 ガタッと鋼王は立ち上がる。その名はマクマインから伝えられた「八大地獄」のリーダーの名前だ。アウルヴァングの直接の死因に繋がる男。この提案は即ち復讐。アウルヴァングの弔い合戦を想定した招集ということだ。


「それは……厳しい。儂個人ではそれに賛成したい。だが、彼らは既に同盟関係を結んでおる。今回の一件においては情報共有に誤りがあった。戦場の誰もが彼らの存在を知らず、敵だと思われて攻撃されたと本人から聞いた……となればこれは儂の失態。儂が殺したも同義……招集したとてそこを突かれてしまうだろう。聞けん相談じゃな」


「……鈍いねぇ鋼王……招集理由なんざ何でも良いんだよ。それこそ魔王討伐のための招集で良いだろうが。カサブリアん時と同じ様な……」


 鋼王はそれを聞いてストンと座る。注いだ酒をカッと呷って気を落ち着けた。


「魔王討伐か……それなら八大地獄の連中も招集できよう。更に戦う場を設ければ被害を最小限に抑えることもできる。しかし、勝てるのか?アウルヴァングを鎧ごと断ち切る様な連中に……返り討ちに合えば、それこそ今後の魔族との戦いに支障をきたす。感情で動くにはあまりに心許ない……」


「……感情で動かずしてどうするよ?要は踏み出す勇気だぜ、鋼王。たとえそれが蛮勇だろうとやる価値はある」


 鋼王は腕を組んで黙った。ガノンの自殺願望を飲み込むわけにはいかない。万が一の場合は足を掴まれ、道ずれになる。国を担保に復讐を遂げるなど正気の沙汰ではない。

 その意を汲んだガノンはため息をついた。


「……ドゴールはどこにいった?目が覚めてからあいつの姿を見てねぇ」


 鋼王は固く閉ざしていた口を開く。


「あの男は戦友の死から立ち直れておらん。酒を好まん男が連日酒場に入り浸っとると聞いたが……」


 ガノンはスッと立ち上がる。


「どこに行く?」


「……決まってんだろ」


「ドゴールを連れたところで勝ち目などない。それに彼は今やこの国の最大戦力。勝手に連れて出て行く様な真似はしない様に心がけてくれ」


「……聞けねぇ相談だな」


「待て!ガノン殿!」


 ドアに手をかけたところで止まる。振り返って不安いっぱいの鋼王に獰猛な笑みを見せた。


「……要は踏み出す勇気だぜ。たとえ蛮勇だろうとな」


 ガノンは鋼王の制止を振り切り、応接間を後にした。

 その日の内に彼は傷心のドゴールを引き連れてグレートロックを後にするのだった。

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