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第三十話 心、技、体

 戦場の出会いは知己の縁か怨恨の助長か。


 出会った猛獣は己が力を試す為に牙を剝く。


「……アウルヴァング。貴殿の名で相違ないか?」


「おう、そう言うお前さん方は何者じゃ?見た所……儂らドワーフの敵で間違いなさそうじゃが……」


 斧を持つ手に力が入る。

 ロングマンたちの下に転がるのは部下の死体。それもどんな殺され方をしたらこうなるのかと不思議に思うような(むご)い亡骸だ。まるでぬいぐるみや人形を極限まで捻って元に戻らなくなったような、関節や骨を無視した曲げ方で一塊の肉塊と化している。


「……魔族でもそこまでの所業はせんぞ?」


「え?ふーん、そうなの?意外ね。魔族ってのは随分とお優しい生き物なのね。名前負けじゃない?」


 ティファルは仕舞いやすいように丸めた黒い鞭をかざしながら興味なさげに返答する。その答えで誰がこんな残酷な真似をしたのかがハッキリと分かった。


「その方、前に出よ!叩き斬ってくれる!!」


 その言葉にティファルの口角は異常なほど釣り上がる。三白眼の瞳は小さく縮小し、目の前のドワーフをどう料理するかで気が高ぶっている。前のめりになるティファルをロングマンが手で制した。


「ちょっと……!?」


「此奴は我が獲物。下がれ」


 せっかくのお楽しみに水を差されたティファル。すぐにでも突っかかって喧嘩になりそうだが、ロングマンの瞳孔が縮小したのを見て不服ながら下がった。

 一人一人が強者であり個性的な八人だが、ある一つの約束事があった。


 本気になったロングマンには逆らうな。


「我が名はロングマン。アウルヴァングよ、我と死合おうではないか」


「邪魔立てするか!!洒落臭(しゃらくさ)い!全員斬り伏せる!!」


 アウルヴァングは斧を振りかぶり、一気に振り下ろす。そこから発生するのは嵐斧の異名を欲しいままにした驚異の飛ぶ斬撃。魔力とも違う彼の奥義。


「ほう……?」


 ロングマンはスッと腰を切って刀を抜く。滑らかに露出した燃えるような刃紋は光を反射し、芸術品のような美しさをその刃に刻む。飛んでくる斬撃を見据えると、刀を構えながら前に出た。

 アウルヴァングは瞠目する。

 斬撃を避けようとする奴を五万と見てきた。避けきれずに切り裂かれる者、盾を構えて受け切ろうとする者、魔法や魔力で真っ向から立ち向かう者。この全てに共通するのは保身である。

 傷つかないことを前提とした攻防。当然だろう。戦場で傷を受ければそこから瓦解する。特にこの飛ぶ斬撃は誰もが嫌厭(けんえん)する攻撃。これに対し真っ向から身を投げ出す敵を見たのはこの男が初めてだった。


 ビュンッ


 飛んでくる斬撃を下段から上段に振り上げるように通り過ぎた。その瞬間、斬撃はただの風となる。

 先ほど水路側の戦いで活躍したこの斬撃を……圧縮された質量を持つ飛ぶ斬撃を、打ち合うことなく(ほど)けさせ、空気中に霧散させてしまった。


「馬鹿な……」


 ロングマンは一旦姿勢を整えると、両手で持っていた刀を右手に持ち、ゆっくりと歩き出した。

 まるで「もっと飛ばしてみろ」と言いたげな行動である。


「馬鹿にしおって!!」


 アウルヴァングは望み通り連続で斬撃を飛ばす。一気に飛ばせるのは三発、一拍おいてまた三発。計六発の斬撃が多少間隔をあけて飛んでくる。


「……陽炎(かげろう)


 ロングマンの体がブレる。まるで蜃気楼を見たような目の錯覚にアウルヴァングは混乱した。周りで見ていたドゴールもその姿に驚愕する。残像を残して斬撃を振り払う姿に、この世ならざるものを想起させる。

 そう、単純に速いのだ。ゆっくり動くことで相手に「遅い」と認識させ、動く瞬間に目にも留まらぬ速さで刀を振るう。そうすることで脳の処理が追いつかず、まるで陽炎のように不確かな雰囲気を感じさせるのだ。

 現にアウルヴァングは幽霊でも見たように体が硬直している。


「……強い!」


 ドゴールはアウルヴァングに加勢できない不甲斐ない自分に歯噛みした。しかしこの達人に二人で掛かって行って勝てる未来は想像できない。

 あと一歩近づけば間合いというところでロングマンは立ち止まった。


「……いい手品だ。大雑把で不器用だが、中々どうして味がある」


「儂の技を……どうやって……」


「なに、簡単なことよ。貴殿の斬撃は空気を圧縮させて飛ばしているのでな、中心付近に存在する複雑に絡み合った空気の糸を真っ直ぐ断ち切ってやっただけのこと。最初こそ驚いたが、タネさえ分かれば大したことはない」


 自分でも説明がつかなかった大技を、意味不明な言葉で説明されて余計分からず混乱を引き起こす。いや、そんなことは割とどうでも良くて、銀爪の魔力に打ち消されるまでは難攻不落だったこの技が、たった一本の刀で攻略されたことが問題なのだ。

 ロングマンは彼の腑に落ちない顔を見てあご髭を撫でた。


「ふむ……基本的に技とは磨き上げ、洗練していくもの。とどのつまりこの技は改良の余地があると我は睨んでいる」


「何だと……?儂が苦労の末に編み出した技に改良とな?」


「その通りだ。これで満足するようでは次の段階には行けぬ。そうさな……これに似た技を我も一つ持っている。ただ、飛距離は貴殿の斬撃に遠く及ばん。これを劣化と言うか、上位と見なすかは人それぞれだが……」


 ロングマンはそう言うと前を向いたまま後退する。四、五歩ほどさらに距離をあけると「この辺りか……」と呟いた。


「この辺りまでが必殺の間合いだ。見ての通り貴殿の斬撃より距離にすれば格が落ちる」


 腰を低く落とし、刀を半身で後ろに下げた。その型に矢を番え、引き絞った弓を幻視する。解き放てばどうなるか、想像の中では完結している。


「……が、切れ味は貴殿の斬撃の比ではない」


 彼の口ぶりを鵜呑みにするならば斬撃が飛んできてアウルヴァングは斬られる。

 これだけ離れていて?

 自分は飛ぶ斬撃を長年に渡り使用してきたので、自他共に何の疑いもなく、この距離で相手を斬ることは可能だと豪語できる。彼が白の騎士団に加盟できたのも、(ひとえ)に技が評価された結果だと言えた。ならば他の者が使えると言われて首を傾げてもおかしいことはない。


 ただ、そうは言っても相手はこの男。

 飛ぶ斬撃を初見で攻略し、それをまぐれだと思わせないほどの実力と自信。


 半信半疑。

 混乱の極みにあるからこそ動けないでいた。試し切りの(わら)(たば)や竹、木人の如く立ち尽くして彼の言う技を待っていた。

 ロングマンは細く長い息を吐く。その息が蒸気のように白く吐き出された時、異様な空気をこの場の全員が感じた。直接対峙しているわけでもないドワーフや生き残りの魔族も、彼の気に当てられて振り返る。


「……火閻(ひえん)一刀流……秘剣”火光(かぎろい)”」


 シャリンッ……


 美しい音色だった。鈴を鳴らしたような甲高い音が辺り一帯に響き渡る。いつまでも遠く響き、ゆっくりと消えゆく儚げな音色は、その残酷な技とはイメージ的にかすりもしない。


 アウルヴァングの斬撃はロングマンも指摘したように、空気を圧縮して飛ばすという誰もが分かる飛ぶ斬撃。だが、ロングマンの放った技はそれとは一線を画す。


 言うなれば真空波。


 ズルゥッ……


 アウルヴァングの上半身は袈裟斬りに真っ二つとなって、それが誰からも分かるように斜めにズレていた。前に構えた斧も、握りしめた手も、ドワーフ史上最高硬度と謳われた自慢の鎧も御構い無しに……()(すべ)もなく……。


 ガラァンッ


 立っているのは右上半身を失ったアウルヴァングの成れの果て。死して尚、丈夫な足腰だけが虚しく立ち尽くす。ロングマンの飛ぶ斬撃は地面にも綺麗な断面を残し、その威力を見せつけていた。


「……これが我が飛ぶ斬撃よ。ふむ、威力も申し分ないが、やはり飛距離はこの程度か。さらなる精進が必要と見える。貴殿もこれに懲りず、生まれ変わって出直すが良い」

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