三十三話 足掻き
”綿雲の上”に到着するや否や入り口でミーシャに出迎えられた。
「遅いぞ!」
もう寝てるかと思っていたのに、しぶとく起きていた。
「魔王様。申し訳ございません」
ベルフィアは頭を深々下げ陳謝する。ラルフはその後ろから気さくに声をかける。
「ようミーシャ!なんだ待っててくれてたのか?」
その気安さからベルフィアは流し目でラルフを睨む。
「そうだ、早く報告を聞かせろ。私は早く寝たいんだ」
「はっ!すぐに……」
宿に入り、三階にあるスイートに行く。広い部屋を三つくらいぶち抜いて作った様な一人には広すぎる部屋である。ふかふかのソファに、大の字で寝ても手足がはみ出さないダブルベッド。大浴場に行かなくても個人浴室が完備。別料金ではあるが、室内保存用のお酒があり、店員を読んで冷えた飲み物を頼むこともできる。その他、室内で食事やマッサージなども用意可能だ。水差しが用意され、無くなったら呼んで補充させる。水差しの補充は無料である。スイートには魔道具である”呼び出しベル”があるので声を張り上げる必要もない。こういった設備やサービスにも魔道具の普及は表れていた。全てが清潔に管理され、埃もない。
「スイートを借りる”お客様”に満足いただけるよう誠心誠意尽くすというのが方針」らしい。
追加料金を払った為に簡易ベッドが二台用意されていた。ミーシャはソファに腰かけてふんぞり返り、上位者であるように振舞う。ベルフィアは着席せず、腰に手を当てて警備員のように立つ。ラルフは気にせず向かいのソファに座る。
「ちょっとラルフ、まだ着席を言明してないんだけど……」
「そうじゃラルフ。立て」
化け物二体は突然ロールプレイをし始めた。
「ええー?早く終わらせたいんだろ?面倒だしこのままやろうぜ」
「ダメ!やり直し!!」
ラルフは面倒臭がったが、結局ロールプレイに従って立つ。
「……魔王様。報告してもよろしいですか」
「うむ!座るがいい!」
とこんな具合に始まり、報告をした。口調は訂正されなかったので、いつもの様に報告する。
「じゃ、明日の朝に行動するのね?今すぐに何かあるわけでもないと……」
「それについては否定も肯定も出来ないと思ワれます。アルパザ ノ町民が何かしでかさぬとも限りませんし」
ベルフィアは気を緩めない。脅したとはいえ、店主が騎士団を逃がさないとは言えないからだ。保守派の店主が、秩序を正そうと動く事は大いにあり得る。しかしだからこそ自分の利にならない事をしないと信用すらしている。
「あの性格から考えると、お前が脅した時に勝負はついた。負ける事が濃厚な戦いは、避けるのがおっさんだ」
大きな混乱や、自分の権威が失墜する事態に陥っていない現在。大胆な行動は避けて、事態の鎮静化を図る。要するに”見て見ぬふり”をする事で、秩序を守るという事だ。
「そういうもノかえ?」
「なんにせよ警戒を厳として朝を迎えることが肝要と言う事ね?となると、警備を……」
「妾にお任せください。100年寝ていタノで、睡眠は不要でございます」
ベルフィアは自ら寝ずの番を買って出る。
「それはいいけどよ……部屋の中で立ってられると気になって寝られないんだが……」
「我慢せい。これは魔王様ノ為に行うノじゃ。そちノ我儘は聞かぬ」
ベルフィアは入り口の前に移動し、扉が開けられるようすぐ横に立つ。先ほどと同じように手は腰の位置だ。ラルフはどうしても嫌そうな顔になる。この状態で一晩過ごせたならこれ以降、信用できるだろうが、寝ている隙に血を吸われたら堪ったものではない。
「……どうしても嫌なのか?ラルフ……」
ミーシャが上目遣いでラルフを見ている。その様子は魔王などという絶対者ではなく、大人の癇癪を窺う可憐な少女である。
「いや……いやいや、そういうわけじゃないけどな」
庇護欲を助長する行動に、すっと近寄りラルフは思わずミーシャの頭を撫でてしまう。ベルフィアはその行動に身構える。”敵は内にこそあり”といった風でジャッという足を踏ん張る音が聞こえる程だ。ビクッとなって手が止まる。
「ベルフィア!お座り!」
ミーシャはベルフィアに命令する。「はっ!」という小気味いい返事の後、その場に正座する。
「……ラルフは……もっと撫でて……」
「お……おう」
子供をあやす父親のように、あるいは飼い主である者がペットを撫でるように愛情ある撫で方、なんて出来ないがそれっぽく優しく撫でる。ギリッという歯ぎしりが聞こえるが。ミーシャは気持ち良さそうにしているので続ける事にした。
その後、ダブルベッドにはミーシャとラルフが寄り添って寝ていた。簡易ベッドで寝ようとするラルフをミーシャが誘ったのだ。最初こそベルフィアの苦言が入り、ラルフも賛同したがラルフとベルフィアの抵抗むなしくこの形になる。腕枕にすり寄るミーシャ。体のいい抱き枕を手に入れたミーシャはすぐに寝てしまう。
そういえば初日はずっと起きていた風だった。ミーシャも今のラルフ同様、警戒していたのだろう。今は甘えん坊の女の子だ。久方ぶりの女の感触に性欲も沸いてくるが、その思いなど吹っ飛ぶ。入り口付近で正座していたベルフィアがベッドの横に立ち、ラルフを見下ろしていた。
いつ近づいたのか、気配すら感じなかった。まるで”暗殺者”である。気が休まらぬまま、寝られぬまま朝を迎えた。ベルフィアに対し文句の一つも言いたかったが、熟睡してしまって遅刻する事を思えば良かったと自分を騙す事で気持ちの整理をつける。
早朝の行動は早かった。すぐさま身支度を済ませ、三つの影が宿を出る。ここで一旦ベルフィアと分かれてラルフとミーシャは店に直行。ベルフィアは店主が出発したのかどうかを確認に行く。店主も家から丁度出る所だった。バッタリ会ったので、連行して店までやってきた。
「ようおっさん!おはよう!」
「ちっ……そのお嬢さんは?昨日はいなかったが…」
「悪いなおっさん、自己紹介は後だ。先に店を開けてくれ」
鍵を開け中に入ると団長はぐったりしていた。
「……ん?ようやく朝か……待ちかねたぞ」
それもそのはず、折れた腕の痛みで寝ようとしても上手く眠る事が出来ず、その上、柱につながれて転ぶ事も出来ない。半ば気絶するように意識を飛ばしては覚醒するを繰り返していたのだ。店主によって縄を解かれる。
「良いザマじゃノぅ。剣がなければ何も出来ぬ」
ベルフィアは傷ついた相手にも容赦はない。ケラケラ笑いながら団長を罵る。団長は手を使う事なく体幹だけですくっと立ち上がる。疲れているはずだが、人前に見せる姿は堂々としていた。
「ふんっ!言っているが良いさ化け物……だが……そうだな、逆説的に剣さえあればおおよそ何でも出来るって事を言っておくぞ」
無事な左手を自分の喉に当て、横に切る。「お前を殺す」というジェスチャーだ。ベルフィアは喉奥を鳴らし、猛獣のように唸る。両者睨み合いが続く中、ラルフが声をかける。
「もうすぐ日の出だ。準備しろ」
手を差し出し何かを寄こせという感じだ。店主他、ベルフィアもミーシャでさえ何をしているのか分からなかったが、団長はその手を見て通信機を取り出す。阿吽の呼吸に近いが、これは団長の先読みを理解しての行動であり、部下を除けばラルフにしか出来ない。
そのラルフも見たことの無い通信機に目を丸くする。ネックレス型の通信機で、団長は首から下げていた。
「これは新型の通信機だ。最近導入されたから、見たことはないだろうが……」
ラルフの驚きに対して、すぐさま答える。団長と会話すると、先読みでセリフを取られそうだ。表情で読むから一方的会話になるだろうなとふと思った。
「そんな事をわざわざ言うって事は、もしかして旧型とは機能も違うのか?」
旧型の通信機は、その国とだけ通話が出来る、”双子”と呼ばれるもので、魔力を動力としている。”双子”は音波を感知する鉱石を用い、ある特別な術式を組んで反響を伝える事に成功した革新的な魔道具だ。その国限定ではあるものの通信範囲の広さは抜群である。
この技術を用い、軍部でも通信範囲は狭い”小型版”が採用され、昨日もベルフィア、ラルフ戦にて使用されていた。録音などが出来ない為、時間を合わせないと対話が出来ないのが難点ではあるが、遠くにいても話が出来ると言う事も在って上層部では通信機の使用は書状の交換以上に当たり前になっている。
「そうだ、その場の映像を映し出す。声だけで判別していた時と違い、現在の姿かたちを認識できる。相手はマクマイン公爵だ。この腕に関してもそうだが、剣がなければ怪しまれるぞ?」
さっきからちょっと余裕そうにしてたのは、マクマイン公に怪しまれるのを見越してだったようだ。だが腕を治し、剣を渡しては本末転倒である。一瞬でも可能性を見出せば、何をしでかすか分からない。
国の重鎮やそれに類する上層部は技術の進歩を隠したがるものだが、技術がここまで進んでいるとは思いも寄らなかった。これは確認を怠ったラルフのミスだが、このタイミングでネタ晴らしをした団長の采配も光る。これが人間同士ならの話だ。
「面倒な話ね。もう殺そうか」
ミーシャは考えるのも億劫になっていた。どうしてもバレたくないならいざ知らず、吹っ切れてしまえばこんな事をしなくてもいいのだ。
「妾にお任せください。魔王様ノお手を汚す事なく掃除いタします」
ベルフィアはウキウキしている。
「慌てるなよ。こいつに何が出来る?人質は二十人いるんだ。こちらの意に沿わない事をするなら目の前で……」
「やめろ!!……分かったから……」
当然ラルフも人間同士ならではの考えで動く。団長の使った手は、その身一つなら効いただろうし、赤の他人なら最悪切れるが、部下ともなればそうはいかない。団長もしてやったりの顔がすぐに焦りの顔に変わる。
「面倒ごとで俺らを困らすなよ……なぁ……このグダグダを終わらせようぜ。団・長・さん」
ラルフは団長の肩に手を置き、目いっぱい煽る。ラルフの手に握られた回復材を見て団長は、何も出来ぬ悔しさに身を焦がすのだった。