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第二十九話 大きな代償

 要塞に急いで戻ったブレイドたちは、アスロンの案内で一番被害箇所の大きい戦いの場にたどり着いた。

 しかしその時には既に拳が腹から引き抜かれ、血だまりの中にエレノアがいた。彼女の傷を目視した瞬間、間髪入れずにガンブレイドの切っ先はテノスに向けられた。


 ブレイドは、もう人の姿ではなかった。

 金色の瞳に縦長の瞳孔。体は浅黒く変色し、いつもの金の髪色は銀色に染め上げられていた。怒りで我を忘れそうになる。

 だが、この状態のまま放てばエレノアを巻き込む可能性もあった。破壊衝動一色の魔族の血に抗う人の因子。その冷静な心が殺意を抑え、エレノアに向けられた拳を消し飛ばすことに成功した。


 ピンポイントで右手を消されたテノスは痛みのあまり悶絶し、助けを求めるようにトドットの元へと覚束(おぼつか)ない足取りで向かう。

 エレノアから離れたのを確認したブレイドは、急ぎ彼女の元へと駆け寄る。


「母さんっ!」


「ブ、ブレイド……」


 絶望の淵から一転、希望の光がエレノアを救った。息子の温かい手に支えられながら戦線を離脱し、ブレイドの後からやってきたアルルたちに迎え入れられた。


「お義母さん!大丈夫ですか!?すぐに治します!!」


 アルルは焦りながらも懸命に治癒魔法をかけ始める。エレノアの応急処置が功を成し、致命傷はすんなり回避出来た。

 トドットはテノスを背後に庇いながら、前方にズラッと並んだ敵の姿を確認する。

 テノスが倒したエレノアを抜いても、その数は見えるだけで六人。魔族とヒューマンが混在した不思議な面子で構成され、敵意むき出しでこちらの動向を伺っている。


「……数の暴力なんぞ、儂らの前では無関係であると思っておったが……」


 エレノアの一撃に倒れたノーン。背後からの奇襲とはいえ、長年連れ添ってきた右手を失ったテノス。意識があり、五体無事であるのが一線を退いたような老人のトドット。今の面子を再確認し、非常に不味い状況だと結論付けた。

 身体能力が魔王に匹敵するテノスを、難なく欠損させる力を持つガンブレイド。まさに一撃必殺と呼べるそれを、ブレイドは容赦無く構える。先の稲妻などとは比べ物にならないレベルの脅威。


 敵側に余裕がない中、守るべき家族の無事に安堵したのか、ブレイドは多少心に余裕が出来ていた。戦況を見極め、会話が可能なトドットに声をかけた。


「……お前らは何者だ?」


「……ふっ、先ずは自分から名乗ったらどうじゃ?人に聞く前に〜とか聞いたことないかのぅ?」


 会話を仕掛けてきたブレイドの余裕に気づいたトドットは、会話の中から抜け道を探ることを思いつく。

 相手がほんの少し隙を見せるだけで良いのだ。その隙をついて逃げる。無様だが、ここを離れないことにはこの少年に殺されてしまう。

 ブレイドは少し考えるような間をあけて、ガンブレイドを構えたままゆっくりと歩き出した。先ほどエレノアとテノスが戦っていた場所の近くに歩を進めると、壁にめり込むようにもたれ掛かっているノーンにガンブレイドの刃先を向けた。人質である。


「……よぅ分かった、降参じゃ。儂の名はトドット。この者たちの仲間、兼保護者といったところかのぅ……」


「不十分だ。俺が知りたいのはお前ら(・・・)であって、お前一人のことじゃない。ビーチに出現した五人ともお前らの仲間だろう?全部で八人。八人で全員か?」


「はて……?その五人とはいったい……」


 トボけた老人にも分かるように、ぐったりとして動かないノーンの首筋に刃をあてがう。答え如何によっては喉を搔き切ると言わんばかりだ。


「おいおい、そう慌てるでない……ええい、分かった分かった。知りたいことは話す。じゃが先にその切っ先を彼女から離してくれんか?こう脅されたのではおちおち話も出来んて……」


「交換条件を出すつもりか?住居に侵入し、俺の家族に手を出しておいて?……脅されているだけマシだと察しろよ。この女の命はお前の態度次第だ」


 顔が歪み、般若のような顔で睨みつける。テノスも大概だが、ブレイドの若さに似合わぬ凶悪な態度に流石のトドットも観念せざるを得なかった。


「……儂らは八大地獄。察しの通りビーチにおったのも儂らの仲間で、その名の通り八人で全員じゃ。あ、ちょい待ち。最近ペットも飼っておるから八人と一匹と訂正しよう」


 その名を聞いても特にピンと来ないが、やはりあの怪物はこいつらとも関わりがあった。何というか雰囲気が似ている。


「この要塞に侵入したのは何が目的だった?」


「こいつをかっぱらうのが目的じゃった。ここまで手酷くやられたからには諦めるしかあるまいが……」


 チラッと背後を見る。「フーッフーッ……」とヨダレを垂らしながら痛みを我慢するテノス。その目は虚空を見つめているが、痛みの他に怒りや憎しみが渦巻き、復讐の炎を燃やして血走っている。後少し痛みが薄らいだら動けそうな空気を感じ、もう少し時間を稼ごうとブレイドに焦点を合わせる。


「……実は儂らは移動手段に困っておってのぅ。そこな足元に転がっている魔道具を引き延ばして移動しとるんじゃ。どうも狭くて敵わんでなぁ、こうゆったりとした浮かぶ建造物に心惹かれたんじゃよ。まぁ、これに乗って思ったが、もう少し小さくて良いと思うのぅ。あまりに広すぎると迷うし、部屋が無駄に余るじゃろ?」


 移動手段にしているという魔道具をアンノウンが確認する。ジュリアも興味津々といった風で覗き込んだ。


「持ち運ぶには大きいけど、八人が乗るにしては小さすぎない?」


「魔道具ハ未知ノ部分ガ多イ。引キ延バスッテ言ッテルシ、変形スルンデショ」


 足元にある魔道具を拾って感触を確かめ、裏返したり継ぎ目を見たりする。


「これこれ!むやみに触らんでくれよ?そいつには呪いがかけられておるでな、命を吸われるぞ?」


「ちょっ……怖いこと言いますわね。ほら、二人とも。ああ言っていますし、そこに置いてください」


 メラは不用心にベタベタ触るアンノウンとジュリアに注意する。二人は単なる脅しだろうと考えたが、特に変化もなく、面白味のないものを持っていても重いだけなので通路の隅に立て掛けた。


「……さ、他に質問はあるかの?」


「それじゃ最後に、どうしてグレートロックに来た?まさか偶々(たまたま)なんてことはないだろ?」


 ブレイドは彼らの元々の目的にまで踏み込んだ。

 (さか)しい。要塞を奪いに来たという文句で手を打っておけば良いものをズケズケと聞いてきた。流石に調子に乗っているが、この状況の打開こそ急務。トドットは僅かな時の中で頭を捻った。


 ザッ


 答えを捻出する前にトドットの背後で(うずくま)っていたテノスが動いた。それは質問に困っているトドットの為ではなく、ブレイドに対する殺人衝動からだった。

 策などない単なる突撃。しかしその速度はエレノアの時に見せたテノスの出せるフルスピード。一瞬で間合いを詰めるその身体能力にはエレノア以外追いつけない。


 はずだった。


 ブレイドは完全に完璧にその速度に対応していた。

 迫り来るテノスに合わせたバックステップは、テノスが繰り出すはずだった最高の一撃のタイミングをズラした。光速の世界の中、テノスは驚きから硬直する。

 正直エレノアの強さにも驚いたが、目の前のこの男はさらにその上をいく。エレノアはテノスから見れば、守るので精一杯で、受け流すしか能のない奴だと感じていた。だからこそトドットの老婆心が鼻についた。一人で片付ける事が出来たのに邪魔をしたとそう思ったからだ。


 だがブレイドは違う。背後から撃たれた時は卑怯者だと感じたが、こうして相対すると技量の違いに愕然とする。

 トドットを脅す為にノーンの首筋に突きつけた切っ先を、テノスの接近で焦ったりして傷つける事なく冷静に外し、攻撃の間合いを踏み込みや迫る勢いから察して見事な足さばきで後退した。

 怒りが先行していたテノスの背筋も凍るほどの鮮やかな動きに、一瞬で理性を取り戻させた。いつの間に持ち上げたのか、剣は上段に構えられ、テノスの頭をカチ割ろうと必殺の間合いで待っている。その制空圏にとっくに侵入しているテノスは、ブレイドの無慈悲な剣に自分が倒れるのを幻視する。

 このままでは絶対に抗えない死が待っている。


 否。一つだけ方法があった。ただしそれを実行する勇気があればの話だが……。


 ザンッ


 ブレイドは不用心に間合いに入ったテノスに上段からの斬り下ろしを放つ。そして誤魔化しが効かないほどの手応えを感じていた。


 ドサッ


 鈍い音がその場に鳴り響く。

 そこにあったのは切り落とされた腕だった。手の先が無いことから、テノスの右腕だと察する。ビシャッと勢いよく飛び散った血が辺りを濡らす。肝心のテノスはノーンを回収してトドットの前まで戻っていた。肘の辺りから斬られたようで、痛々しく血が噴出している。右目付近に切り傷が見えた。右腕でガードしたが、あまりの威力に顔にまで被害が及んだと見える。血を出しすぎたのか顔面蒼白だ。


「テノスっ!おぬしっ……!!」


 命に関わる最悪の傷を負ったテノスにトドットも声をかけることしか出来ない。テノスはそんなトドットを無視して短くなった右手をかざす。


「来いっ!叫喚地獄っ!!」


 大声で叫ぶと、その声が届いたのか魔道具は起動した。光を放ち、テノスに向かって飛ぶ。射線にいたブレイドは何かあると踏んで叩き落とそうとするが、魔道具はその行動を読んでいたように攻撃の間合いから離れてテノスに向かう。意思があるような行動に度肝を抜かれて思わず見逃してしまう。

 魔道具は難なくテノスの腕にたどり着き、その勢いのまま変形した。


 ビキビキビキ……


 切り落とされた腕に魔道具を無理やりねじ込んでいくような痛々しい光景を目の当たりにする。テノスはその痛みからまた叫んでいるが、体勢を崩さないようにじっと手になる(・・・・)のを待っていた。右肩まで覆い隠したその機械の腕は、元の魔道具の大きさを捨て、テノスの腕のサイズに小さく(まと)まった。

 魔道具というのは凄く特殊で、所有者の大きさに合わせて形態を変化させ、より使いやすくなると言われている。この魔道具も例に漏れずに使いやすい大きさに変化したようだ。腕にくっついたと同時に止血が完了し、先ほどよりは動きやすそうにしている。

 神経をつないでいるのか、右腕と化した魔道具を通常の手のように動かしている。


「……ブレイド……そう言ったな?お前は俺の手で殺す。今すぐに……と言いたいところだが、血が足りねぇ。今回は俺たちの負けってことにしといてやる」


 それを告げると壁際に行き、右腕で力一杯壁を殴った。ボゴッと音を鳴らして崩れた壁の先には空が広がっている。トドットはノーンを背負い、先に空に向かってダイブした。


「じゃあな」


 後を追うようにテノスが飛び出す。

 敵のいなくなった要塞に静寂が舞い戻る。嵐のような時間は過ぎ去ったのだ。


 要塞の乗っ取りとエレノアの危機を救った面々。敵の裏をかく為に回り込んだデュラハンの残りの姉妹たちがようやく合流し、大きな壁の穴を見てあんぐりと口を開く。


「……これ……誰が直すと思ってんのよ……」


 シャークは悲痛な表情で、姉妹を代表してポツリと呟いた。

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