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第二十三話 新たな脅威

「……おぉい、まだなのか?」


 海面スレスレを飛行する魔道具。その上に総勢八人と一匹が乗っていた。

 この魔道具を操作する十代の男の子は、その催促に眉を(しか)めた。


「誰のお陰で濡れずに移動出来てると思ってんだ?てか、寝転んでるばっかで幅取りすぎなんだよ。お前は自重して立ってろよジニオン」


 ジニオンは大欠伸(あくび)しながら指摘を無視する。

 八大地獄の駆るこの魔道具は、テノスという少年が操る第四の地獄”叫喚”を飛行形態にして移動を可能にしていた。見た目はB-2ステルス機のような平べったい形をしていて、魔法の絨毯のようにその上に立つという風圧だの何だのを一切無視した移動方法を取っていた。無論、薄い膜のような魔障壁で空気抵抗を無にしている。

 ずーっと休みなく飛んでいるので、ピクシーのオリビアだけが少女の胸ポケットでぐったりしている。その他は平気そうな顔で各々好きなことをしていた。


「テノスの言う通りじゃのぅ。というよりそろそろ大きな乗り物でも(こしら)えんか?いちいちこの小さな空間で移動するのは体に(こた)えるというものじゃて」


「おい、ふざけんなよトドット。俺の魔道具だぞ?」


「……いや、バカにしとるわけじゃなくて、ただ事実をな……?」


「ねー、まだなの?グレートロックは」


「うっせーなぁ、まだだよ。さっきの会話から察したらどうなんだ?」


 一人一人が個性的な面子ですぐにうるさく会話が始まる。大抵話を聞いていないパターンが多いので、何度も何度も同じ話になることなど日常茶飯事だ。

 そんな中で全く会話に参加しない仮面をつけた性別不詳の人”ジョーカー”が、何かに気づいたようにフッと顔を上げた。それと同時に、座禅を組んでいるように微動だにしなかった八大地獄のリーダー”ロングマン”も閉じていた目を開いた。


「……着いたか」


 スッと立ち上がって抱くように持っていた刀を腰に差した。


「え?どこどこ?」


 胡座(あぐら)をかいて鞭の手入れをしていたティファルは立ち上がってキョロキョロと見渡す。よく目を凝らして見ていると、薄ぼんやりと山が見えて来た。


「ほんとっ!やーっと着いたわね!」


 正直退屈すぎて死にそうだった面々は、その吉報に飛び上がるほど喜んだ。


「数日態勢変えてなかったから体がガチガチだぜ?おい。もっと飛ばせテノス」


「これが限界だっての。ったく、休まず飛んでた俺を誰も労わないんだな……」


「何を言う。感謝に絶えんよテノス」


「……あんがと」


 しばらくその調子で近づくと、空に浮かぶ要塞とグレートロックの全貌が見えて来た。


「なぁ、ロングマン。あれって前に言ってた彼岸花って奴じゃないか?」


「ふむ、そうだな。こうして見るとかなりの大きさがある」


 空中浮遊要塞”スカイ・ウォーカー”。詳細は一切知らないものの、空に浮かんでいるのを何度か見ている。それだけで何故だか馴染み深い雰囲気を感じていた。近づく度に色々気づかされることがある。


「建造物だな。あのような形をわざわざ作り、空に飛ばすとは面妖な……」


「ほほう?……のぅ、もしやあれは移動可能ではないか?もしそうならせっかくのこの機会に奪ってしまうのはどうかの?」


 トドットの意見に全員の目が下に向いた。確かに今後のことも考えるなら奪っておいて損はない。


「ふむ……三人くらいで攻め落とすか?立候補したいものは挙手せよ」


 ロングマンが要塞への侵攻に立候補を求める。それに対して真っ先にテノスが手を挙げた。要塞に乗り込む面子の一人に彼が加わると思ったのだが、そうではないようだった。


「ちょっと待て、先に質問させろ。まずその前にその考えに至った経緯を聞かせろ。……何で全員”叫喚(こいつ)”を見たんだ?」



 エレノアは要塞の上で戦争の成り行きを見ていた。


「どうじゃ?下の様子は?」


 すぐ側に現れたアスロンを一瞥して、また視線を落とす。


「私に聞くぅ?知ってるくせにぃ」


「結果はの。しかしそなたの見解を聞きたいと思ってのぉ」


「見解?」


「ああ、そうじゃよ。何というか、今回の魔王はお粗末にすぎると思うてのぅ。そなたらに見てもらった限りでは魔王は二体おった。本来こんな簡単に勝てるとは思いもよらん。何故じゃと思う?」


「さぁ、ラルフが強くなってたのも大きいけどぉ、竜胆と橙将の足並みが揃ってなかったのが一番の敗因かなぁって思うよぉ?」


「確かに……動きが変であったのは何らかの事情あってのことじゃろうが、戦場で仲間割れとは……魔族も一枚岩ではないと思い知らされる事例じゃ」


「ふふ……だからさぁ、それ私に言ってんのぉ?」


 二人は下の様子に満足げだ。結局誰の犠牲もなければ、戦争での勝利も手にしている。

 エレノアが戦場に赴かなかったのはただ一つ。空王を監禁し、且つ守るためである。デュラハンを守りに据えても良かったのだが、ブレイドとアルルからの希望もあって残ることにしたのだ。

 エレノアの強さは目を見張るほどであり、戦場で暴れれば、エレノアの独壇場となるのは言うまでもない。

 しかし、対魔王となると互角の戦いを強いられることになりかねない。最悪怪我をさせられることもあるだろう。そう考えた息子たちに止められ、仕方なく残ることになった。

 こんな自分を心配してくれることには感謝しかない。魔族を裏切り、ブレイブを失い、自暴自棄になったこんな自分を……。


「あのっすいません」


 背後から声をかけられて振り返る。そこには空王の侍女が立っていた。


「なぁに?」


「戦争がどうなったのかを空王様がお知りになりたいとのことでして……」


「ああ、それだったらぁ……」


 エレノアが口を開きかけた時、アスロンが手を前に出した。


「……なぁに?」


「何かが接近しとる……儂は迎撃に向かう。そなたは空王の元へ」


 シュンッ


 アスロンは言い終わると同時に姿を消した。

 ただならぬ様子に不安になる侍女。アスロンの雰囲気を察したエレノアは急ぎ空王の元へと走り出す。次いで侍女もその後を追った。



「見よ。戦場だ」


 ロングマンは手を広げて微笑を(たた)える。砂浜に降り立ったのはロングマン、ジニオン、ティファル、ジョーカー、そしてパルスとオリビア。

 血湧き肉踊る戦場の空気を目一杯吸い込み、殺戮衝動を呼び覚ます。彼らにとってこの光景はさながらカーニバル。


「あははっ!こいつら皆殺しにしても良いんでしょ?そうでしょ?」


「最高だなぁ!おい!!」


 やる気満々のジニオンとティファル。

 今から動き出そうと一歩足を出したその時、空が赤く光り輝いた。突然何が起こったのか分からなかったが、その光は浮遊要塞から出ていることに気づく。と同時にブレイドたちの手は止まった。迎撃システムを発動させたことが嫌でも目についたからだ。


「……母さん」


 ブレイドは戦いそっちのけでアンノウンの元に走り出す。それに気づいたアンノウンは即座に召喚魔法を起動した。


 ズンッ


「!?」


 ブレイドの目の前に大男が現れた。巨大な筋肉の塊である男は大きな斧を軽々と振り回しながらブレイドを見下ろした。


「そんなに焦ってどこに行こうってんだ?坊や」


 邪魔された苛立ちがドス黒くブレイドの心を侵食しかけたが、目の前の大男の力量を肌で感じて押さえ込んだ。ガンブレイドを構えてギロッと睨みつける。


「退け。退かないなら、叩き斬るぞ」

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