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第二十一話 裏切り

 アンノウンの召喚獣”ウンディーネ”が手を天に掲げると、突如大量の水が発生する。

 それは洪水のように全てを飲み込み、竜胆の黄金の炎をかき消した。


「……ぷあっ!!」


 溺れそうなほどの強烈な勢いに必死に息を吸い込む。体から湯気が立ち、熱が奪われる。魔炎はもちろんのこと、身体強化の魔法や爪に宿した切断魔法に至る、体に纏った魔力の全てを洗い流されてしまった。

 ただただ疲労感だけが残る感覚に、酷い目眩(めまい)を覚えた。何故だかぐっすり寝ていたところを叩き起こされたような不快感が押し寄せ、立ってるだけでやっとといった風になる。


「……え?……あれ……」


 今まで動き回っていたはずなのに、目をしっかりと開けてハッキリとした憎悪で力を尽くして戦っていた。そのはずなのに……。


 困惑する竜胆を見て「今なら行ける!」と感じたデュラハン姉妹が剣を構える。ボヤッとした焦点の合っていない目と半開きの口に、彼女が現在放心状態であることを感じさせた。今までになかった明らかな隙だ。


「待て待て!ちょっと待て!」


 そんな千載一遇のチャンスに待ったをかけたのはラルフだった。今にも踏み出しそうだったメラたちはラルフの声でタイミングを外し、ガクッと前のめりに()けそうになった。


「ちょっ……ラルフ!!」


「何なんですの!?」


 怒りが喉から火を吹く。今なら自分たちの剣も通ると判断しての行動だったのに、ラルフのせいでその機会を失した。戦況を読めない戦争素人が邪魔をしている。

 そんな仲間たちのヘイトを稼ぎながらも、真剣な顔でラルフは右手を真横に制止を促す。


「馬鹿っ!接近戦は奴の独壇場だ!どんだけ隙が合っても近寄るんじゃねぇ!」


 ラルフはみんなに警告する。ここでやるべきは常に間合いを取って遠距離から滅ぼし切ることだと。あまりに隙だらけな顔をしていた竜胆に対し、油断を誘われたのだとラルフの言いたいことは理解出来た。

 しかしそれはあまりに慎重だ。攻撃手段が限られているのだから、魔王を休ませることなく潰してしまうべきだった。歯痒い気持ちを押し殺してブレイドに視線を送った。


「分かりました。俺が仕留めます」


 ガンブレイドの銃床を肩につけて狙いを定める。ラルフも魔力砲が外れた時用に投げナイフを用意しようと能力を発動させる。だがその瞬間、強烈な熱がラルフの手の表面を焼いた。


「あっつ!!」


 バッと手を振るって能力を閉じる。(まさか……)と思って目の前に異次元の穴を出現させ、中をチラッと覗き込むと、中には黄金の炎が絶えず燃え続けていた。もちろん中に隠していた大量のナイフは火に触れた順に溶けて液体となって漂っている。無事なナイフを見つける方が難しそうだ。


「うわぁ……どうしよこれ」


 ウィーにせっかく作ってもらった大量のナイフはそのほとんどが使われることがないままに溶けて無くなった。とりあえず火が消えるまでは放置しとかなければどうのしようもない。ラルフは穴をそっ閉じして前を見据えた。その時丁度ブレイドが魔力砲を発射させていた。


 ドンッ


 隙だらけの竜胆に迫る強力な魔力砲。ガードしなければあっという間に体を貫通し、風通しの良い体になってしまう。


 ギンッ


 それは難なく防がれた。竜胆の腕ではない。背後から伸びてきた刃先が魔力砲を真っ二つにし、竜胆への攻撃を防いだ。橙将の薙刀が光に反射し光沢を帯びる。さっきまで後方で戦っていたはずの橙将の登場に驚きを隠せない。


「感謝してほしいものだな。吾が来なければ貴様死んでいたぞ?」


 嫌味を感じさせるような言い方だが、ともかく竜胆の命は助かった。魔王が二柱となった今、戦力は単純に倍であると考えて良い。デュラハンたちは、こうなる前にリスクを承知で飛び込むべきだったと、先のラルフに従った自分たちに呆れた。やはり剣による波状攻撃で戦力を少しでも落としておくべきだったと後悔していた。


「おい、何とか言ったらどうなんだ?」


 橙将は反応の薄い竜胆に叱責するような口ぶりで声をかけた。髪から滴り落ちる水だけが彼女の心境を表しているようだった。

 橙将はこれに違和感を覚える。ここまで反応が薄かっただろうか?まさかとは思うが薬の量を間違えたかもしれない。

 自身の体から分泌する薬効。この特異能力は生まれた時からの付き合いだ。本来量を間違えるとは思えないが、グレートロックまでの短い船旅で一気に薬漬けにしたのが今になって反応をさらに薄くした可能性もある。一先ず興奮剤でも注入して、尻を叩く必要がありそうだ。そう思い竜胆の頭に手を伸ばした。


 バッ


 竜胆は橙将の手を振り払う。


「!?」


 その瞬間、警戒心を持って薙刀に手を伸ばした。


 ズンッ


「かっ……!?」


 動きが遅かった。ガラ空きだった脇腹に手刀が叩き込まれた。正気に戻った竜胆は真っ先に自分を薬漬けにした橙将に復讐すべく、致命の一撃を放った。例え戦火の中にあったとしても、例えそれが自分を不利にさせたとしても、どうあってもやるべきことだった。


「よくもやってくれたな橙将……お前はもういらない。ここで名誉の戦死を遂げさせてあげる」


「ティアマト……貴様ぁ……!!」


 竜胆はさらに前に出て、橙将の脇腹に深く爪を差し入れた。


「私の名前を気安く呼ぶな!」


 本気で命を取ろうとする行動に周りで見ていたラルフたちも困惑を隠せない。橙将は彼女を助けようと魔力砲を弾いた。と思えば、竜胆はそれを感謝することもなく殺しにかかる。仲間割れにしても不可解な行動にどう動くか迷う。

 手刀を深々と刺された橙将は竜胆の腕を掴む。


「ぐっ……この馬鹿が……貴様のやっていることは円卓に弓引く行為だと理解しているのか?」


「……挑発し、怒りを焚きつけ、竜魔人(わたしたち)を薬漬けにし、意のままに操るのが元々の魂胆だったんでしょ?先に裏切ったのはどっちよ」


「くくくっ……気づいたか……ならば今この状況も貴様にとって危険な状態だと気づいているのだろうな?」


 その言葉にハッとする。竜胆は急いで腕を引き抜こうとするが、掴まれた腕を離してはくれない。

 橙将の体液は毒にも薬にも変化する。やりようによっては体液を気化させ周りに毒を巻くことも可能だ。その結果、竜魔人を一網打尽にすることも出来たのだ。体に手を突き刺しているということは皮膚浸透から毒を注入可能ということ。

 竜胆が今更慌てたところで何にもならない。毒を注入された竜胆はヘナヘナと体から力が抜けて地面に倒れこんだ。


「今は寝ていろ。貴様の処遇は後だ……」


 血液を凝固させ、無駄な出血を止める。出て行ってしまった血を元には戻せないが、出血多量になる前に止めることは出来る。

 傷ついた体でも体裁を保つ為、ギロッとラルフたちを睨んだ。


「何が起こったのかよく分からねぇが、ともかくまだ戦う意思はあるようだな」


「当然だ……吾は魔王”橙将”。貴様らの息の根を止め、ドワーフどもを滅ぼす」


「仕事熱心だな。でも見ろよ、お前の同胞がその辺にゴロゴロ転がってるぜ?部下も数少なくなったってのに、お前だけで俺たちに勝てると思ってんのか?その怪我で?」


「無論」


「なるほど……じゃあ遠慮することはねぇな?」


 ラルフは腰に下げたダガーナイフの柄を握る。橙将も薙刀を構えた。

 ラルフを守る為、この戦いを終わらせる為、ベルフィアたちも構える。

 一対多。橙将に勝ち目などないに等しい。しかし、この状況は船の中で行なった竜魔人とのいざこざの風景によく似ている。そう、一発逆転の目は橙将が握っている。

 毒を気化して相当量振り撒けば、竜魔人同様ここにいる全員が倒れ伏す。出血が多い今、毒を振りまく行為は自殺行為に相当するが、やらなければそれこそ自殺と同じ。

 いつでも来いと言わんばかりの橙将にラルフは大声を出した。


「お前らっ!手を出すなよっ!こいつに試したいことがあるからよっ!」


「なっ!?」


 一気に攻め込まれると思っていたから、近寄った途端に噴出するはずだった毒の調整を狂わされる。毒が散布されることには気づいていないだろうが、何とも間の悪いことだ。

 だがラルフが一人でかかってくるならば、これだけの傷を負っていても勝てるだろう。タイミングを外されて全員でかかって来られても既に調合した毒を散布すれば決着はつく。遊んでいる暇などないが、一網打尽にする為には少し手を抜く必要があるだろう。橙将は構えを少し変えながらラルフが飛び込んでくるのを待った。


「よし、準備は整った。あっ聞きたいことがあるんだけどさ。オーガって火に耐性があるんだっけ?」


「何を……吾らは灼赤大陸で生まれ育った。火は吾らのゆりかごだ。こう言えばそんな間抜けな質問など意味がないと分かってもらえるかな?」


「……ああ、よく分かったよ」


 橙将の鼻持ちならない態度に苦い顔をしながら、ダガーナイフから手を離した。両手を前にかざすとしたり顔でニヤリと笑う。


「じゃあこの炎は耐えられんのか?」


 ゴォッ


 ラルフの両手から突如黄金の炎が放たれた。魔力の流れ、魔法に変換する溜めや練りと行った作業を一切無視した突然の炎。橙将の体はあっという間に炎に包まれた。


「うおおあああぁっ!!!」

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