三十二話 脅し
ミーシャはドラキュラ城にあった、かび臭いベッドを思い出し、今寝転ぶベッドの気持ち良さに酔いしれた。ここは”綿雲の上”というアルパザ屈指の高級宿である。ミーシャは宿の料理を目いっぱい食べて、身も心も満たされていた。
「ふあぁぁっ……」
欠伸をして夢心地の気分を味わっている。黒曜騎士団団長が普段使えない高給を今がその時と使って借りた部屋を横取りしたのだ。追加料金を支払って、食事の量と寝床を増やしラルフとベルフィアも一緒に泊まれるように用意させた。
現在ラルフはベルフィアを引き連れて、騎士の連中を「アルパザの底」に連れて行っている。今後の事も話し合うと言う事で任せる事にした。
「早く戻ってこないかなー……」
ミーシャはウトウトしながら二人の帰りを待つのだった。その頃、ラルフとベルフィアは「アルパザの底」で店主に脅しをかけていた。
「ヨうもふざけタ真似をしてくれタノぅ。ええ?こらぁ……」
「ひぃ!勘弁してくれぇ!!」
ベルフィアは牙をカチカチ音を出しながら、店主に詰め寄る。それを本気で嫌がりながらラルフに助けを求める。
「ラルフ!俺が悪かったから、やめさせてくれよぉ……」
「何言ってんだよおっさん。誇れよ。人類的に当然な事したんだし、それもこれも町の為だろ?」
ラルフは騎士団を「アルパザの底」の地下にある魔獣用の檻に武装解除させた後、収監し戻ってきた。
「そんな事言うなよぉ……そうだ!あの品を換金する!な?檻だって貸してるんだし、頼むよ……」
「換金を渋っタのもおどれかぁ……許せんノぅ次は妾が持ってくルから、いい金額を頼むぞ?」
とにかく脅しをかけまくるベルフィア。店主はベルフィアに睨まれて「えっ!?」っと固まってしまう。
「換金か……ま、それについては後だ。それより定時連絡とやらを確認しないとな。なぁ団長さん?」
騎士団長は内臓付近の傷を回復させられ、右腕は折ったまま、接ぎ木で応急処置をし、店内の柱に縄で縛られ、放置されていた。もちろん魔剣を奪い、仕込み剣や装備していた物を何から何まで没収している。ベルフィアを前にすれば何も意味はないが、ラルフには簡単に致命傷を与えられる他、逃げられるのを防いだ形だ。
「私はその情報について黙秘権を行使する。」
唯一の武器は情報を秘匿する意思のみだ。とにかく抵抗してやるという意地を感じる。
「そんな強がらずに……というか黙秘権って……この状況をなんだと思ってるんだ?ここはあんたの知る国じゃない。この場所は治外法権だぜ?」
「治外法権だと?意味を分かって言っているのか?俺はイルレアンの黒曜騎士団団長だ。治外法権など断じて認めん」
ラルフはため息を吐く、団長の前に立ちパァンと張り手をくらわせる。ベルフィアはその様子に目を丸くするが、すぐにニヤニヤ笑い始める。店主は驚愕に彩られた。
「貴様……!何をす……」
パァンッ
もいっちょパァンッ
団長は両頬を赤くしながら睨みつける。ラルフは冷ややかな目で団長を見下していた。
「立場が分かっていないようだな。あんたの天下は縄で縛られた時点で消失している。今この場で立場が上の俺らの言葉が何より優先される」
顔を寄せて、威圧する。
「いや、いいんだぜ。別によ…あんたが吐かなくても他に二十人の代わりがいる。三、四人くらいベルフィアの餌食になれば、誰かがコロッと吐くだろうしな」
「貴様それでも人間か!!」
ガタンッと威勢よく跳ねて抗議する。頭突きを食らいそうになりすぐさま避けて間合いを開ける。
「おっと、あぶねーあぶねー。危うく頭がぶっ飛んで死ぬ所だぜ?なぁ……団長さん?」
こめかみ部分を人差し指でトントン指す。そこは先の戦闘で剣を振るった箇所だ。実際ミーシャが来なければラルフは先の一撃で絶命していた。
「ちっ!」
団長はその事を指摘されバツが悪そうにそっぽを向く。
「ふふ……ふはは!」
ベルフィアはラルフの陰湿さに笑いが込み上げる。自分に向けられると、とことん不快だが、これが共通の敵なら話はまるで違う。少しラルフが好きになって来ていた。
「これで分かっただろ?あんたは部下を守るために自分を犠牲にするしかない。それは尊いことだろ?地位を取るか、部下の命かだ」
「……分かった……教える……」
ラルフは今一度、団長の目の前に顔を近づける。
「分かってないな……教えるんじゃなく、あんたが報告するんだ。嘘の報告をな。それについて情報共有があるなら受け付けるぜ?いつ頃、何で報告するんだ?書状で報告するんだろ?違うのか?」
「それは……」
室内が静かになり、一瞬空白が生まれる。
「……ベルフィア―」
「!?分かった分かった!!魔道具だ!通信装置で知らせる!時間は……日の出とともに知らせることになっている……」
ラルフは団長の肩に手を二回ほどポンポンたたき、受付に歩きだす。
「……報いを受けさせてやるぞ……ラルフ……」
怒りが腹から込み上げてきて、今すぐラルフに伝えなければ気が済まなくなり、我慢が出来ずにつぶやく。
「ラルフ ヨ。そちも隅に置けんノぅ~。男にまでモテモテじゃないか?……ふふ。……今ここで殺しておくノがそちノ身ノ為じゃと思うが?」
ベルフィアは嘲笑し揶揄しながらもラルフの身を案じる。ベルフィアの中でラルフはすっかり仲間になっていた。
「残念だが殺せないだろ。報告の必要があるしな。俺だって身の危険は減らしたいが、そうもいかないさ。……ああは言っても従わざる負えないからな」
ラルフはわざと聞こえる声で団長を煽る。自分が殺されそうになったのを根に持っていた。
「さてと、俺らはそろそろ宿に行くわ。おっさんも今日は店じまいだろ一緒に行こうぜ」
店主に余計な真似をされると敵わないので行動を共にすることにした。といってもアルパザに自宅のある店主はそこに帰るので、実質一緒に外に出るだけだが。
「ああ……そうだな……」
歯切れの悪い店主。団長にチラチラ目配せしている様子を見て、ベルフィアに刃物を渡す。
「えっ!おい、な……何する気だよ……」
「なんじゃラルフ?妾に殺せというノか?」
ベルフィアは投げナイフを受け取ると店主に向き直る。店主はラルフとベルフィアの事を交互に見ている。
「いや、ただ見せてやってほしくてな。馬鹿な真似をしてもお前には絶対勝てない証明を」
その話を聞き、ベルフィアも理解する。ベルフィアはおもむろに自分の首をかき切った。その行動に唖然とする店主。だがラルフに驚きはなく、ただ静観している。その様子を焦りながら見ていた店主もようやく理解する。伝説は本当だったと。団長はうつむき、少しの希望も失ったといった顔で絶望している。
「妾は死なぬ。妙な事は考えルな」
三人は騎士団を残し、店に鍵をかけて離れる。店主を自宅に送り届けた後、宿に直行した。