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第十九話 自分の力で……

 ゴオォッ


 竜胆から放たれた魔力のウネりは寸分違わずラルフに走る。そんなことはさせまいとベルフィアは左手を差し出した。放たれた魔力を手に纏わせた後、撥ね除けるように手を振るう。


「!」


 手に纏った魔力は振り払えはしたものの、あまりの熱に左手がグジュグジュに溶けて爛れ、真っ白な骨が覗いた。


「あノ魔力に触れルなっ!死ぬぞっ!!」


 それを見れば誰だって危険だと気づく。黄金の炎に誰しも距離を置く。


「ドウシロト?!ソレデハ攻撃手段ガ……!」


 ジュリアは格闘家。肉体による攻撃手段しかない以上、小石でも拾って指弾を撃ち込むくらいしか出来ないが、あれを見れば小石程度瞬時に灰となるのは火を見るより明らか。

 アンノウンは後方に下がり、召喚魔法を使用する。


「……っ!構築に時間がかかる……時間を稼いで!」


「言われずとも!!」


 ブレイドはガンブレイドを構えて魔力砲を撃つ。速射三連発。ビームのような直線的な魔力砲。その威力は魔族の体など立ち所に貫通する。

 それほどの高威力を竜胆が見逃すはずもない。二歩後退しながら魔炎を魔力砲に纏わせると、三発の魔力砲を魔炎で結び、上方に飛ばした。器用な魔力の使用方法に瞠目しながら再度ガンブレイドを構える。


 ゴォッ


 ブレイドはすぐに構えを解いて横転しながら炎を避けた。辺りに転がる死体に燃え移り、紙くずのように一気に灰に変えた。


「アルル!!」


 ブレイドはアルルの範囲攻撃を期待して声をかけた。


「無理っ!アンノウンさんの護衛で手一杯!」


 召喚魔法は状況を打開するかもしれない唯一の方法だ。邪魔するわけにはいかない。デュラハン姉妹も頼りは剣だけ。となれば自分よりも剣の腕がある彼女たちに頼るのは自殺しろと言うようなもの。遠距離攻撃を持つのは今はブレイドのみ。

 ラルフはダガーナイフを鞘に仕舞うと、両の指先にナイフを出現させる。小石でどうしようもなくても、このナイフなら一応届く可能性もある。自分の出せる目一杯の力でナイフを放る。

 そんな思いをあざ笑うかのように竜胆は炎の壁を作る。ナイフは火の勢いに押されて威力を殺されると、空中で溶けて地面に広がった。ため息を吐きながら肩を落とす。


「ったく……ようやく俺が活躍出来る場がやってきたってのに、なんでこう不向きな戦いを強いるかなぁ……」


「ふんっ、何ともそち(・・)らしいじゃないか。時にそノ能力はナイフを取り出すだけなノか?」


「あ?お前なぁ!この能力は物量に関係なく……!」


 ゴォッ


 炎の壁を手で突き飛ばすと丸く刳貫(くりぬ)かれたような後が出来、その火が突き飛ばされた勢いのままラルフに接近する。ベルフィアも二度焼かれるのは嫌がり、二人で左右に分かれながら避ける。


「っ物量に関係なくどんなものでも持ち運びが……!」


 ゴォッ


「っ持ち運びが……ってちょっと喋らせろ!!」


「黙れぇ!ゴチャゴチャとぉっ!!お前こそ今すぐ燃え尽きろっ!!」


 竜胆は体に纏った魔炎を前方に集めると、火炎放射機の如く勢いある火を発射する。迫り来る火炎は空気を焼きながら延々と伸びる。ラルフを骨の髄まで焼き尽くし、塵一つ残そうとしない。

 ベルフィアは腰に下げた杖を取り出そうとする。杖に転移魔法を組み込んでいる為、杖があればタイムラグなしで転移が可能だったが、(ほとばし)る炎はそれよりずっと早い。とてもじゃないが間に合わない。


「ラルフ……!!」


 アルルにも期待出来ない今、ラルフを救える存在はこの場にはいない。


 死を意識したのはこれが初めてではない。ミーシャと出会ってからはそれこそ頻繁に感じている。仲間になった奴らも命を狙ってきたし、その度に自分が生きている不思議を感じてきた。

 みんなに助けられて生きてきた。何一つ胸を張って自分の力で生き延びたと言えるものはない。だからこそ今がどういう状況か分かる。今ここで自分の力で何とかするのだ。それが出来る力は得た。


 ラルフは両手をかざす。


「「ラルフさん!!」」


「「「「「ラルフ!!」」」」」


 仲間たちの声が響く。もう終わりだと悲観し絶望する声。

 しかし、それは覆る。


 ゴオオォ……


 炎は相変わらず竜胆の手から出続ける。竜胆は自身の勝利から薄ら笑いを浮かべている、はずだった。


「い、一体……何が……?」


 その顔は驚愕に染まり、この状況を理解しようと必死だった。だが無理だ。これを説明出来る存在がいれば是非紹介して欲しいくらいだ。

 突き出したラルフの両手の先に炎が吸い込まれている。側から見れば炎がラルフとの境界線を作り、それ以上の侵入を拒んでいるかのようだ。竜胆は不毛なことをやめて力を抜いた。

 全員が同じ顔でラルフを見ている。目をまん丸にして、ただただボケーっと見ている。


 パンッ


 ラルフが両手を閉じる。彼もみんな同様驚愕の眼差しで自分の両手を見ていた。


「で……出来た……はははっ……や、やって見るもんだな」


「何をした……何をした!?」


 竜胆は叫んだ。

 ドレイクの宝石から引き出した魔炎。その炎は敵を焼き尽くすことなく空間に飲み込まれた。屈辱的なことだった。


「何って?ふふんっ俺の秘密のポケットに入れたんだ」


 両手をニギニギしてぐるっと肩を回す。


「はぁ?だから、何をしたかと聞いているんだ!!」


「……おいおい、人の話を聞けよ。こいつは俺の能力”小さな異次元ポケットディメンション”。俺は別空間に物を仕舞うことが出来るんだよ。最近手に入れたんだ」


 ラルフは上機嫌でペラペラと自慢した。だが能力名やその特性を教えられても理解出来るはずがない。この場でピンっと来ているのは異世界からの転移者であるアンノウンだけだ。


「ポケ……何?」


「ポケットディメンション!ったく、分からねぇ奴だな。だから、お前の炎はこことは違う次元で彷徨ってるってことだよ!」


 バッ


 竜胆は感情的に踏み込んだ。炎では優位に働かないと見るや接近戦に切り替えたのだ。


 ドンッ


 その瞬間、ブレイドはガンブレイドから魔力砲を放つ。魔炎を失った竜胆にこれを止める術はない。両手をサッとクロスさせて防御姿勢を取る。硬い鱗に直撃し、後方に吹っ飛ばされた。地面を削りながら魔力砲の勢いを殺し、両手を広げるのと同時に魔力砲を打ち消した。

 打ち消したとは言っても、腕は当然無事に済まない。痛々しくも焼け焦げて鱗も何枚か剥がれる。


「炎がなければただの竜魔人と変わらない。ここで仕留める!」


「意気がるな人間が!!」


 ボワッ


 竜胆はまた黄金の炎を纏う。これではいつまで経っても倒せない。怒らせるだけ怒らせて魔力の枯渇を狙うか?そんな考えが頭を過ぎったその時、


「みんな、ご苦労様。ようやく構築出来たよ」


 アンノウンはアルルの魔障壁の中からニヤリと笑って竜胆を見据えた。


「ほんとか!?よっしゃ!やってやれアンノウン!」


 ラルフの言葉に頷くと、魔力を引き出した。足元に巨大な魔法陣が出現し、途轍も無い何かをしようとしている。竜胆は手をかざし、炎を投げた。アルルの魔障壁の前に魔炎は無力。弾かれ霧散し、その何かを止める事が出来ない。


「……行くよ。召喚獣”ウンディーネ”!!」


 ドッと凄まじい勢いで魔法陣から滝のような水が吹き出す。まるで間欠泉の如く吹き出した水しぶきの中に、水の精霊”ウンディーネ”の姿があった。髪は噴水のように盛り上がって流れ落ちるように垂れ下がり、体を覆い隠すほど長い。透き通るほどの青い肌、鼻筋の通った美人な容姿に深海の闇のような目。宝石のような貝殻を多量に着飾り、足は魚。

 まるで人魚のような美しさに男女関係なく見惚れてしまう。


「炎の反対は水!……って、安直すぎたかな?」


「何言ってんだよ。これは言うなれば「完璧」だぜアンノウン!!」

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